風の遺跡の決着と各地で動き出す者たち
地に伏したソーンヴェイルの唇が微かに動く。
「……あの時……そうか……」
声はかすれ、弱々しいが、確かな後悔と覚醒が込められていた。
「……俺が……あの事故を起こしたのか……」
微かに震える瞳が、目の前の虚空を見つめる。
そこにはもういない、誰かの姿を思い出しているかのように。
「破壊神の力……その因子を俺は……最初から持っていた」
「だから……精霊の力を制御するための抑制すら……俺の中で壊れていた……」
記憶の中の一瞬が蘇る。
暴走のただ中、周囲の景色が崩れ去っていく中で、ただひとり――
精霊が、彼を守ろうとしていたことを。
「……精霊の暴走なんかじゃなかった……」
「暴走していたのは……俺のほうだった」
血に濡れた手を見つめながら、ソーンヴェイルの心に激しい痛みが走る。
「俺は……助けようとしてくれた精霊を……自分の手で殺した……」
「なのに……それすらも、精霊のせいにして……」
震える声で、吐き出すように言葉を紡ぐ。
「……破壊神の力……それを復活させようとしていたのか、俺は……」
「精霊の仇を討つつもりで、実際には……精霊が最も恐れるものを、俺自身が選んでいたのか……!」
その事実は、ソーンヴェイルにとってあまりにも残酷だった。
けれど、今やっと、彼は自分と向き合うことができた。
静かに降り注ぐ風が、その悔悟の想いを包むように舞った。
その風には――ほんの一瞬、優しい気配が混ざっていたようにも思えた。
アルノアはその姿を見つめながら、目を伏せる。
そして、ひとつだけ呟く。
「気づけたなら……まだ、お前は終わってない」
ソーンヴェイルは、ゆっくりと立ち上がる。
その体は既に限界を超え、崩れかけていたが、彼の瞳には確かな意志が宿っていた。
「……俺は、間違っていた」
低く、しかしはっきりと響くその声に、風の遺跡にただならぬ静けさが広がる。
「精霊の力を……奪い取り、霞滅に利用させてしまった。自分の罪を、精霊に擦りつけながらな」
彼はかつての自分をかみ締めるように言葉を続ける。
「だが……今の俺には分かる。
ここ、風の遺跡に宿っていた力……お前たちが試練を乗り越えたことで、その残された力はお前たちに受け継がれた。
だが、俺が最初に来た時……すでに一部の根源の力は霞滅に奪われた」
アルノアたちは目を見開く。
風の根源の力が……霞滅の手に渡っている。
「霞滅の目的は、破壊神の完全なる復活。そして……その力をもってこの世界の根本を“再編”することだ」
「精霊の根源の力は、破壊神復活のための“鍵”にも、“封印”にもなりうる」
ソーンヴェイルは震える手を胸元に当て、残る生命の鼓動を感じながら言った。
「俺は……この命の尽きるまでに、精霊の力を守るために動く」
「それが……俺が唯一償える道だからだ」
リヒターは黙って頷く。
シエラは目を伏せ、静かに精霊の気配を感じ取る。
アルノアはまっすぐにソーンヴェイルを見据える。
「……分かった。なら、俺たちはその“残された力”を使って、霞滅を止める」
「そして、破壊神の復活も——絶対に阻止する」
彼らの前に立ちはだかる運命は、あまりに巨大だ。
だが、もう迷いはない。
ソーンヴェイルの贖罪の意志が、新たな決意の火を灯したのだ。
――――――――――
そのころ——
大陸の中央都市、ランドレウス。
王宮内の最奥、作戦会議室では、国の命運を担う者たちが一堂に会していた。
巨大な円卓のまわりには、フレスガドル王国の国王を筆頭に、
王族の中でも武に優れた王弟セルヴァン、近衛騎士団長レオニス、
魔導技術に長けた王立魔術師団長ゼフィリア、
そして外部から招かれた高ランクの冒険者たちや、ギルドマスターたちの姿もある。
重く張り詰めた空気の中、王弟セルヴァンが静かに口を開く。
「——各地のダンジョン、特に上位階層にて、“霞滅”の痕跡と思われる活動が確認されている。
これは偶然ではない。奴らは何かしらの目的のもと、世界中のダンジョンを狙って動いている」
壁に映し出された地図には、いくつもの赤い印がつけられていた。
それは過去数ヶ月で“異常現象”が報告されたダンジョンの位置であり、
そのすべてに霞のような瘴気の痕跡、あるいは“謎の強者”の目撃情報があった。
王立魔術師団長ゼフィリアが淡々と続ける。
「……彼らは単なるテロリストではありません。
その動きはあまりに組織的で計画的、そして“力”が規格外です。
すでに我が国の調査隊の一部が接触し、……全滅しました」
部屋に低くどよめきが走る。
「……では、“破壊神”復活の噂は……」
と、ギルド連盟の高官が震える声で言った。
王は一呼吸置き、静かに頷く。
「確定ではない。だが、精霊と世界の力の均衡を崩そうとしていること、ダンジョンで何かしらの実験をしているのは間違いない。
我々は今後、各国と連携し、『霞滅』殲滅作戦の準備に入る」
その名が、ついに公式の場で掲げられた。
その時、ひとりの伝令が慌ただしく部屋に飛び込む。
「報告! 風の遺跡にて、アルノア・グレイ一行が霞滅の一人との戦闘を経て、遺跡の試練を突破! 同時に、重要な情報を入手し、フレスガドルに帰還中とのことです!」
一瞬静まり返った後、再びどよめきが広がる。
王は重々しく椅子から立ち上がると、短く命じた。
「……フレスガドルのギルドに迎えの準備をさせよ。アルノアたちはあの大会の日から希望となり始めている。」
――――――――――
ランドレウスから遠く離れた大地の広がる大陸——
地の聖天アリシア・グラントは、乾いた峡谷地帯の奥深くに存在する古代の遺跡へと足を踏み入れていた。
彼女が受けた報告はひとつ。
「この地にも“霞滅”の気配が現れた」と。
大地の力を司る者として、彼女は地脈の乱れをすぐに感じ取っていた。
本来、静かに脈打つはずの地の鼓動が、何かに掻き乱されている。
このままでは——地そのものが、腐る。
アリシアは岩の剣を携え、音もなく洞の奥へ進む。
その瞳には一片の迷いもなく、ただ敵の存在を見据えていた。
そして同じように——
聖天と呼ばれる伝説級の戦士たちが、それぞれ霞滅の痕跡を追って動いていた。
彼らの共通の目的はただ一つ。
——「破壊神の復活を阻止すること」
霞滅という謎多き組織に対抗するには、もはや伝説の強者すら総動員せざるを得ない。
そして、それぞれの戦場で、彼らもまた、“異変”に気づき始めていた。
・地脈の逆流
・精霊の狂乱
・消えた守護者たち
それはまるで、世界そのものが破壊神の「目覚め」に怯えているかのようだった。




