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そばにいた力

白光が唸り、風が震え、雷が裂ける。

 その中心にいるのは――アルノア。

 だが、もはや彼の動きは“アルノア”だけのものではなかった。


 「……合わせるぞ、エーミラティス」


 『心得ておる、アルノアよ。――ゆけ!!』


 エーミラティスの力が、アルノアの神経と肉体を伝って瞬時に指先まで駆け抜ける。

 その動きは古の戦神が数千の戦場で磨いた“神技”。

 だが、アルノアは一瞬のうちにその動きへ“適応”した。


 踏み込み、回避、重心移動。

 そして肉体強化による膂力で放つ拳と、最小の詠唱で撃ち込む魔法――


 雷が迸り、氷が舞い、斬撃が風と共に唸りを上げる。

 それはもはや、一個人の戦いではなかった。

 戦神と英雄の卵の力が融合した戦闘機構――まさに隙のない動き。


 「――くっ……!」


 ソーンヴェイルはその猛攻を受けながらも、後退しない。

 その瞳には、静かなる覚悟が宿っていた。


 「ならば……俺も限界を超える!!」


 彼の身体を包む精霊の力が、異様な濃度で膨れ上がる。

 周囲の風が逆流し、地面が悲鳴を上げる。

 その身に宿るのは、倒してきた幾多の精霊の力。

 本来、外部の存在と融合することを拒むはずの精霊の核――それを、無理やり自分の“内側”に組み込んでいる。


 「これが……俺の……生き方だッ!!」


 しかしその身体は、強大すぎる力に軋みを上げていた。

 皮膚はひび割れ、体内からは蒸気のように精霊の魔力が漏れ出していく。


 『やはり……精霊の力は“支配”されるためのものではない……』


 エーミラティスが言葉を紡ぐ。


 『おぬしの中で、精霊の力が拒絶を始めておる。――その身体では長く保たぬぞ、ソーンヴェイル』


 だが、ソーンヴェイルの笑みは止まらない。


 「……それでもいい。どうせ俺の命は精霊に喰われるだけの器だ。

 だったら……せめて、お前たちを道連れにして……」


 その言葉が終わる前に、彼の背後で“茨”が蠢いた。

 巨大な罪の茨が再び姿を見せ、今度は暴走した精霊の核の力でより凶悪に進化している。


 ――戦場が、真の修羅場と化す。



 風が止み、空気が震え、時さえも沈黙する。

 決戦の気配が、遺跡全体を圧倒するように支配していた。


 ソーンヴェイルが怒声を上げ、罪の茨が暴風の中でうねりを上げる。

 その一本一本が精霊の核による魔力を帯び、巨大な質量と速度で空間を切り裂く。


 「リヒター、上から回り込め! シエラは援護を!」

 アルノアが即座に指示を飛ばし、自らは前方から突撃する。


 白く輝くその身に、エーミラティスの力が宿る。

 振るうは愛用の大鎌・黒穿こくせん、放たれる一撃は魔力の奔流を引き裂きながら進む。


 ――ギィイン!!


 茨と刃が激突。火花と風圧が爆発する。


 「はっ!」

 上空からリヒターの声。

 空間を捻じ曲げるような風魔法――《暴嵐烈破ぼうらんれっぱ》。

 複数の風の刃が渦を巻き、茨を切り裂きながらソーンヴェイル本体へと迫る!


 「……甘い!」


 ソーンヴェイルの周囲に一瞬で茨の盾が展開され、風の刃が寸前で遮られる。


 だが――


 「《フレイム・スパイラル》!」


 その隙を逃さず、シエラが詠唱を完了していた。

 火の精霊たちが同時に発現し、渦巻く業火となって茨の防御を焼き払う。


 「ぬうっ……!」


 防御が崩れた瞬間、アルノアが白の魔力をまとった突撃を放つ。

 “戦神の一閃”。

 大鎌の一撃が茨の間を縫い、ソーンヴェイルの肩口を切り裂いた。


 「ぐっ……!」


 血飛沫が舞う。しかし、倒れはしない。


 「……やるな。やはり、お前たちは本物だ」


 その目に宿るのは――焦りではない。高揚だ。


 「だがまだだ……!」


 ソーンヴェイルが地面に手をかざすと、大地が膨れ上がる。

 精霊の力が根から吸い上げられ、全ての茨が巨大な一本の“魔樹”となって再構成されていく。


 《贖罪樹・ベルフェーグル》。

 ソーンヴェイルの奥義。融合した精霊たちの命を、最後の一撃に変える技。


 「ここで、精霊の力も、お前たちも、終わるのだ!!」


 巨大な茨の魔樹が、天空を貫かんとそびえ立つ。


 だが――三人の目に、恐れはない。


 「なら、全力で叩き潰すだけだ」

 アルノアが叫ぶ。


 「吹き飛ばす準備はできてる」

 リヒターが構える。


 「……終わらせましょう」

 シエラが精霊たちと心を重ねる。


 ――そして、三つの力が同時に解き放たれる。



風がうねり、雷鳴が轟き、魔力の奔流が地を裂く。


アルノアとエーミラティスが一体となった動きはもはや人間の域を超えていた。肉弾戦と魔法の応酬、そのすべてがまるで長年連携を積み重ねた戦士同士のような完璧さを持って繰り広げられる。


シエラは高空から精霊魔法を連続して展開。火・風・氷の複合魔法が次々とソーンヴェイルへと襲いかかる。彼女の心には今も、ソーンヴェイルの言葉が引っかかっていた。「制御できぬ牙」。だが、だからこそ、彼女はその力と正面から向き合っている――その想いが、精霊たちの力をより強く引き出していた。


リヒターは背後から暴嵐烈破を放ち、空間ごと破壊するような嵐を展開。風の力の真髄を極めたその魔法は、ソーンヴェイルの茨の防御すら抉り取っていく。


それでも、ソーンヴェイルは立ち上がる。血を流し、茨の棘に身を包みながら。


「……ならば、これをもって終わりにしてやる」


彼は自らの命を賭し、全ての精霊の力をその身に宿そうとする。


しかし――その瞬間だった。


彼の体内から、光が溢れ出す。


「やめろ、ソーンヴェイル……!」


声が響いた。


それは彼の中に潜んでいた、かつての事故で彼の大切な人を巻き込んでしまった精霊の声だった。


「俺が……この声を……?」


ソーンヴェイルは愕然とする。ずっと憎しみの対象だった精霊が、自分の中にいた。そしてその精霊の想いが流れ込んでくる――


あの事故は、自分の中の力の暴走だった。精霊のせいではなかった。


「嘘だ……! 俺が……俺が殺したっていうのか……!」


精霊は叫ぶように、彼の魔力暴走を止めようとする。命を賭けて、魂をもって。


「やめろ! お前に……お前に止められるわけが……!」


――だが止まった。


彼の全身にまとっていた精霊の力が崩れ落ちる。


そして残ったのは、一人の人間。憎しみを抱え続け、誤解と痛みに支配されていた、ただのソーンヴェイルだった。


アルノアは彼を見つめる。


「……それでもお前は、何かを選べる」


その言葉に、ソーンヴェイルは目を伏せたまま、答えることができなかった。



──風が止み、空が静寂に包まれた。荒れ狂っていた精霊の力の奔流は徐々に鎮まり、ただ、残響のような微かな声が響く。


「……彼は、生まれながらにして、破壊の器となる運命を持っていた」


それは、ソーンヴェイルの中に長年潜み続けた精霊の、最後の“残り香”──魂の記憶のようなもので語られた言葉だった。


「精霊の暴走は、外部からの強大な干渉……あるいは、内に秘めた“器”が限界を超えることで起こる」


ゆらりと、光の粒が舞い上がる。その声はどこか優しく、悲しげだった。


「……彼は、何もできない落ちこぼれと蔑まれていた。力がなく、何も発現せず、周囲から疎まれていた。でも、それは違った。彼は“持っていた”……ただ、その力があまりにも特異で、常人には見えなかっただけ」


その言葉に、アルノアの中に過去の記憶が蘇る。自分もかつて、「何も持たない」と思われていた少年だったことを。


「破壊の器としての彼の肉体は、成長と共に“耐性”を得ていった。破壊の魔力、精霊の奔流、常人なら精神を壊すそれに、彼は適応し始めた。力は、段々と“使える”ようになっていった……」


淡く輝く精霊の光がソーンヴェイルの傍に舞う。


「私は彼に、ずっと寄り添っていた……。でも、彼の中に溢れた憎しみと痛みが、私の声を遮った。どれだけ呼びかけても、届かなかった」


光はふわりと揺れながら、アルノアたちへと向かって語りかける。


「さっき……彼が命を賭けて、精霊の力と融合しようとした時。ようやく、深くに沈んだ私の声が、彼に届いた。遅すぎたけれど、あの瞬間だけは……彼と繋がることができた」


ソーンヴェイルは地に伏したまま動かない。だがその表情は、どこか安らかにさえ見える。


「精霊は、人にとって“牙”であると同時に、“祈り”でもある。選ばれし者にしか、力を貸さぬのではなく、選ばれることを、ずっと待っているのです……」


風が流れ、精霊の光が消えていく。


アルノアはその場に立ち尽くし、そっと拳を握る。

――ソーンヴェイルの過去は、歪んでいたが、それでもどこか、自分と重なる部分があった。


リヒターとシエラもそれぞれに、胸の中で言葉を反芻する。

精霊とは何か。力とは何か。

そして――この先、霞滅とどう向き合うべきか。

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