戦の神と茨の道を歩みし者
茨の蔓が戦場を覆い尽くした次の瞬間、空気が異様なほど重くなる。
「感じるか……この圧力」
ソーンヴェイルの声が空気に溶け込むように響いた。彼の両手が広がると、周囲の魔力がうねり、圧倒的な質量をもって凝縮されていく。
「――茨嵐・崩葬の庭」
その瞬間、上空に現れたのは茨で形成された巨大な球体。無数の棘と精霊魔力を内包したそれは、まるで星のように空に浮かび、重力すら歪めながらゆっくりと降下を始めた。
「これは……質量が……っ!」
リヒターが圧に押されて膝をつきそうになりながらも、目を見開く。
シエラも精霊たちとの連携が途切れがちになり、額に汗が滲む。
「これが……お前の精霊魔法……?」
「違うな。これは“精霊の死骸を編んだ魔法”だ。精霊を殺し、喰らい、その骸を術式として重ね続けた……俺の“結論”だよ」
アルノアはその言葉に怒りを感じながらも、冷静に視線を上空に向けた。
――まるで天から落ちる隕石のような圧倒的破壊。
これが落ちれば、風の遺跡ごと吹き飛ぶ。
「逃がす気はない。お前たちはここで死ぬ。そして俺は進む。霞滅の中でも――最も深き“破壊”へと」
ソーンヴェイルの魔力がさらに燃え上がる。
茨の球体の中心から、禍々しい光が迸る。
「……来るぞ!」
アルノアが叫び、黒穿を強く握りしめた。
リヒターが魔力を解放し、嵐の盾を築く。
シエラも、数体の風の精霊を呼び出して迎撃態勢を取る。
――この攻撃を止めなければ、何もかもが終わる。
だが、それと同時にアルノアの目は燃えていた。
「……この程度じゃ、俺たちは止まらない。全力で――迎え撃つぞ!」
⸻
《罪の茨》が地を這い、天を裂く。
だが、アルノアたちは怯まなかった。
「シエラ、頼んだ!」
「ええ――燃やす!」
シエラの指先に炎の精霊たちが集い、輝く炎の矢となって茨へと向かっていく。
その一撃は、ただの火ではない。風の試練を越えた彼女の魔力と、精霊たちの力が融合した、純粋な“精霊の怒り”そのもの。
「紅蓮・火穿――!」
巨大な茨の一部が爆ぜるように焼き尽くされ、黒い灰となって空へ舞った。
「チッ……! 精霊を使って、俺の茨を焼くか……!」
ソーンヴェイルが顔を歪めたその刹那――
「こっちも遠慮しない!」
アルノアが白く輝く大鎌《黒穿》を振るい、雷と氷を纏った斬撃を同時に放つ。
氷は茨を凍結させ、雷はその内部から破壊する。
精霊の力を吸収して肥大化した茨にこそ、属性の衝突は絶大な効果を与えていた。
「白雷氷刃――!」
破壊された茨が激しく崩れ落ち、ソーンヴェイルの肩を僅かに切り裂く。
「くっ……!」
「まだまだ――吹っ飛ばすぞ!!」
リヒターが大きく魔力を開放する。
風が竜のように渦巻き、周囲の砂と瓦礫を巻き込んで暴風と化す。
「暴嵐烈破・双陣!!」
両腕から放たれた二本の風竜が、茨を捻じ曲げるように吹き飛ばしていく。
その風はただの突風ではない。嵐の中に無数の風刃が混ざり、茨の根本を切り裂いていった。
「……貴様ら、本当に“駆け出し冒険者”か?……!」
ソーンヴェイルが呻くように呟いた。
だが、まだ終わらない。
「次の一撃で決めるぞ!」
三人が視線を交わし、力を合わせて一つの連携技へと向かっていく――
⸻
《罪の茨》は崩れ落ち、焦げ、砕けていく。
だが、ソーンヴェイルはまだ戦意を失っていなかった。
「……ならば、こいつはどうだ!」
彼の周囲に再び風が渦巻き、雷と炎、水そして風の精霊力が複雑に絡み合っていく。
それはかつて精霊を狩り続け、奪い取ってきた者にしか成し得ない、複合属性の精霊魔法――
「連鎖穿界・断絶――!」
大地が裂け、空間が軋むような音と共に、無数の属性がぶつかり合いながら一斉にアルノアたちへと襲いかかる。
だが――その一瞬前。
「……全て、無意味だ」
エーミラティスの声が静かに響いた。
顕現した白き戦神降り立ち、その身に純白の魔力を纏う。
あらゆる魔力、あらゆる属性を無力化するような“白”の波動が、ソーンヴェイルの魔法を次々と霧散させていく。
「なっ……!?」
風が砕け、雷が消え、炎も凍りついたかのように力を失っていく。
断絶の嵐は、音もなく、崩れて消えた。
そして――戦神の双眸がソーンヴェイルを捉える。
「貴様が精霊を消そうとしているのは――」
その声音は深く、重く、戦場を制するように響いた。
「――儂には、どうでも良いことじゃ」
ソーンヴェイルが目を見開く。
「……何?」
「お前は精霊を助けようとしていたでは無いか?」
「じゃがな、ソーンヴェイル。貴様ら霞滅が行っておること――破壊神の復活。
それは、かつて儂が命を賭して止めた“災厄”の再演に他ならぬ」
エーミラティスは、静かに一歩踏み出す。
その白き気配は、空間ごと塗り替えるほどに重厚だった。
「世界が再び混沌に陥ること、それだけは……決して、許せぬ。
だからこそ、儂は再び戦っておるのじゃ――!」
⸻
霧散した魔法の残滓が風に舞う中、ソーンヴェイルは険しい視線でアルノアを見据えた。
その目は混乱と、ほんの僅かな畏怖の色を帯びている。
「……今のお前は、誰だ?」
問いかけは、静かだが鋭かった。
「精霊と共に歩もうとしていたはずのお前が――“どうでもいい”などと吐くか?」
アルノアは黙して応えない。ただ、白き魔力の光が彼の体を包み込んでいた。
「先程の声……明らかに“お前”の意志ではなかった。
精霊がどうなろうと知ったことではない。――そんな言葉を、お前自身が口にするわけがない」
白き光の中心で、アルノアの瞳が微かに揺れる。
だがその口は、どこか異なる存在のような厳粛さで開かれた。
「……察しが良いな」
その声は確かにアルノアのものだが、響き方は異質だった。
まるで何か――いや、誰かが“内側”から語っているような。
「儂の名はエーミラティス。古の時代、破壊神と相対した戦神なり。
アルノアという少年の器を借り、この世に再び顕現しておる」
ソーンヴェイルの顔が強張る。
「……戦神だと?」
「そうだ。精霊の行く末など、儂には本来興味はない。
だが、破壊神の復活――それだけは断じて許してはならぬ。
それが、儂が今ここに在る理由よ」
ソーンヴェイルは無言のまま、睨みつけるようにアルノア――いや、エーミラティスを見据える。
「そういうことか……。霞滅にも目をつけられし器、アルノア。
そして、破壊神に抗う古の神、エーミラティス。
“ふたり”の意思が、今、同じ肉体の中で戦っている……」
彼の目に宿る狂気が、一層深みを増す。
「ならばやはり――お前たちはこの世界にとって“危険”だ。
精霊の力を正義と錯覚した者の中で、最も“強くて、厄介”な存在……!」
ソーンヴェイルの腕に再び魔力が渦巻く。
「だからこそ今ここで――お前たちを何がなんでも殺す!!」




