霞滅との戦いの幕開け
激しい魔力の衝突音が、風の遺跡に響き渡る。
アルノアの風刃が舞い、リヒターの嵐が唸る。
そしてシエラの精霊術が、空間を満たす──
だが、ソーンヴェイルは一歩も退かない。
彼の全身から放たれる禍々しい風は、ただの魔力ではない。
怒り、憎しみ、そして……悲しみ。
「どうした、風の試練を突破した者たち……!その程度かァッ!!」
怒号と共に、風が暴走する。
その一撃が地を抉り、アルノアが飛び退く。
「……やはり、ただの敵意じゃない……!」
戦いながら、アルノアはソーンヴェイルの“奥”を探る。
すると──風の中に、断片的な“記憶”が流れ込んでくる。
――花畑で笑う女性の姿。
――寄り添うソーンヴェイル。
――空から降る光の柱。
――突如、彼女を貫いた“風の槍”。
「やめろ……戻れ……っ!ああああああああああ!!」
ソーンヴェイルの魔力が爆ぜる。
歪んだ風が、感情を乗せて荒れ狂う。
「俺は……すべてを見たんだよ……!!」
「“信じていた精霊”が……ッ、彼女を殺した瞬間をッ!!」
「……!」
アルノアたちの動きが一瞬止まる。
「彼女は、ただ微笑んでいた。……それだけだ。
だが、隣にいた精霊は──その力を制御できずに、魔力を暴走させた。……いや、違うな。アイツは……本能で“殺した”んだ」
ソーンヴェイルの瞳が、深く黒く染まっていた。
「その日からだ。俺は……“精霊狩り”を始めた」
「最初は下級の精霊だった。痛みも感じず消えていくヤツらは、すぐに倒せた」
「だが、それだけじゃ足りなかった……ッ!」
「……!」
「俺は知りたかったんだ。精霊の“限界”を。
本当に心があるのか、本当に善意で寄り添っているのか……!」
彼の風が膨れ上がる。空間が軋み、空気が裂けていく。
「だが今やどうでも良い……俺は“霞滅”だ。
精霊を完全に消し去る唯一の方法……
そして、俺の渇きを癒してくれる“証明の場所”でもある!!」
怒りが、憎しみが、そして“執着”が──彼の魔力を突き動かす。
「アルノア、お前は俺の“理想”の邪魔だ。
お前のような“精霊と手を取る者”が生きている限り……俺の信念は、否定され続ける!」
アルノアは静かに構えを取り直し、応える。
「なら──俺が止める。
過去に囚われて、未来を壊そうとするお前を……!」
戦いの激しさは頂点へと達しようとしていた。
⸻
アルノアたちの連携に押され始めたソーンヴェイルだったが、
その瞳には一切の迷いも後退も見えなかった。
「ふっ……ここまで追い詰められるとはな。だが──まだ終わっていない」
彼の掌に浮かぶのは、風の遺跡の中枢から奪い取った精霊核のかけら。
それを握りしめた瞬間、空間の風が震え、遺跡全体の気流が逆巻く。
「……それは……!」
シエラの目が見開かれる。
それは、風の遺跡を守るはずだった精霊の心臓部。
破壊神の力で無理やり引き出され、精霊は消え、力だけが彼の中に取り込まれていた。
「お前、まさか……!」
「精霊の力を……!? お前がそれを使うなんて……!」
アルノアが言葉を詰まらせる。
「言ったはずだろう? 俺は精霊を消し去ると。
──だが、それは同時に支配し、貪ることも含まれている」
ソーンヴェイルの身体に風の紋が浮かび上がる。
それはまるで、憎しみによって歪んだ“風の加護”だった。
「皮肉だろう? 精霊を否定しながら、俺は……その力に縋ってる」
「矛盾していると笑うか? いいや、それが人間だ。
奪い、否定し、理解せずに利用する。……俺はその“本質”を受け入れたにすぎない!!」
叫ぶと同時に、彼の背後に暴風の羽が広がる。
精霊そのものを模したようなその力は、遺跡を軋ませながら吹き荒れる。
「この力で──お前たちを消す。
そして霞滅の指導通り、この遺跡の全てを“実験場”として完成させる!!」
「精霊の力に取り込まれながら、精霊を消そうとするなんて……」
シエラはつぶやくように言う。
「それは……壊れてるよ」
だが、ソーンヴェイルは笑っていた。
「──ああ、とうに壊れたさ。あの日、……俺から“全て”を奪った瞬間にな」
そして、空が裂けた。
精霊の核を媒体とした、巨大な風の顕現が形を成す。
この力を止めなければ、遺跡も、周囲の自然も、すべてが巻き込まれる。
アルノアたちは覚悟を決めた。
「……なら、俺たちが止める。
その歪んだ風を、風を愛していたあのグリフォンの代わりに──!」
⸻
「強い……っ!」
リヒターがそう漏らした瞬間、風が壁のように吹き荒れる。
ただの風ではない。精霊の気配を濃密に帯びた暴風。
それが生き物のようにうねり、意志を持ってアルノアたちを飲み込もうとしていた。
「これが……ソーンヴェイル……!」
アルノアの眼前で、ソーンヴェイルのマントがはためく。
風の魔法という域を超えた“精霊の暴威”ともいえる力。
その腕に刻まれたヴァルディアの鎖の紋章と、首からぶら下がる十字架が、薄暗い光を受けて揺れている。
「私たちが戦ってきた魔物や能力者とは……格が違う……!」
シエラが魔力を込める手を震わせながら言う。
「……わかってる。スプラグナスも、バルボリスも……。
あのとき正面から戦ってたら、俺たちは間違いなく全滅していた」
アルノアが唇を噛みしめる。
霞滅──その正体が徐々に明らかになるにつれ、
それがただの破壊を企むカルト集団などではなく、戦闘集団としてSランク級の力を揃えた異常な存在であることが浮き彫りになっていく。
「スプラグナスも、バルボリスも……すでに異常だった。
だが、今目の前にいるソーンヴェイルも……同じだ。」
彼は精霊を忌み、精霊を狩ることで力を蓄えてきた。
皮肉にも、最も精霊と交わり、関わってきた者こそが精霊に近づく。
その結果、彼の中に流れる風の力は、すでに“精霊の加護”ではなく“精霊そのもの”に近い。
「……俺は、精霊に選ばれたのではない。
俺が、精霊を“利用し尽くして”手に入れた力だ──」
ソーンヴェイルが地を蹴った瞬間、遺跡の床が風圧で砕けた。
「来い、アルノア。お前の白き力が本物なら──その矛盾を、俺に示してみろ」
その叫びとともに、暴風の槍が空を裂いた。
アルノアたちは迎え撃つ。
だが、その奥底で確信する。
──これは、ただの戦いじゃない。
霞滅という“脅威”との本格的な戦いの、始まりに過ぎない。




