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ソーンヴェイル

風の加護を受けた三人は、風の試練の間を抜け、遺跡の出口へと向かっていた。

蒼穹がのぞく空間に、ほのかに光が差し込み、静寂と神聖さが満ちていた。


だが──


その空気を断ち切るように、足音が遺跡の奥から響く。


「……誰か、いる」


シエラが低くつぶやき、リヒターが警戒の構えを取る。

その視線の先、風の遺跡の最深部の暗がりから、一人の男が姿を現した。


黒いマントを羽織り、顔の半分をフードで覆っている。

その胸元には、銀に光る十字架のネックレスが揺れていた。

さらに、風に揺れた袖口から覗いた腕には──


“ヴァルディアの鎖”の紋章。


かつて世界を騒がせた危険な組織。すでに滅んだはずの存在。


「……まさか、お前……」


アルノアの瞳が鋭くなり、短剣を構えた。


「ソーンヴェイル……生きていたのか」


その名を告げると同時に、男はフードの奥から笑みを覗かせた。


「おや……懐かしい名を知っているとは。生憎と、死に損なってしまいましてね」


その声に、リヒターも目を見開く。


「ヴァルディアの……本当に、生きていたのかよ……」


そしてアルノアは、男の背後に漂う気配に確信を持った。

黒い瘴気、禍々しい空気、そして──その十字架。


「やはり……霞滅の一員だったか」


その言葉に、男──ソーンヴェイルは満足げに笑った。


「正確には、“招かれた”のです。私のような者を、必要としてくれた方々がいた」


「破壊神復活のためにか……!」


「察しが良い。……君たちにはここで少し、足止めになってもらおう」


風の遺跡に再び重苦しい風が巻き起こる。

ソーンヴェイルの手が空へと掲げられると、風の中に黒い魔力の渦が現れ始めた。


「さあ、続きをしましょう。私が消えた理由──そして、再び現れた意味を」



崩れかけた遺跡の奥。

石畳の割れ目から吹き上がる風の向こうに、黒き影が立つ。



「よくぞ私知っていたな。貴様らのような若造に、まだ俺の名が通じるとは」


「……あんたの悪名は今も語り継がれてる。消滅したはずの“ヴァルディアの鎖”の首魁として、な」


リヒターが歯を食いしばりながら呟く。

シエラの指先には、すでに精霊との契約の気配が集まり始めていた。


「けど、どうして……あんたが“霞滅”に……?」


アルノアの問いに、ソーンヴェイルは一歩踏み出す。

その視線は鋭く、そして異様なまでの確信を帯びていた。


「精霊は、世界の歪みだ。人の手に余る奇跡にすがり、進化を止めた存在たち……。我々が進むべき未来の障害でしかない」


「それが……あんたの信念か」


「そうだ。精霊という存在を、この世界から消し去る。それこそが俺の“意志”だ。」


彼の言葉には迷いがなかった。むしろ──狂信すら漂っていた。


「“霞滅”が目論む破壊神の復活──それに伴う世界の再構築は、精霊をこの現世から切り離すに十分な歪みをもたらす。俺が奴らに加わったのは、その一点に尽きる」


「……精霊を消すためだけに、あんたは世界を壊そうとしてるのか」


「壊す? 違うな。ただ、理想の未来へ“再構築”するだけだ」


ソーンヴェイルの声は静かだった。

だが、その奥に潜む異常な執念に、アルノアは背筋が冷えるのを感じた。


「それに──貴様らが“グリフォン”を正気に戻したこと、実に愚かな行為だった」


「……!」


「試練の守護者はもうすぐ“霞滅”の術式の一部に組み込まれるところだったのだ。

だというのに、お前らはそれを……“救った”だと?」


その瞬間、ソーンヴェイルの全身から噴き出すように魔力が解き放たれる。

黒く、冷たく、まるで風すら悲鳴を上げているかのような気配。


「貴様らの行動が、我々の計画を遅らせた。──許される道理などない」


「だから、ここで俺たちを……」


「──消す。世界の“再構築”の障害は、一つ残らず排除する」


彼が手をかざすと、周囲の風が逆巻く。

重力すら歪んだかのように、空間が軋む。


「やれるもんなら、やってみろ」


アルノアが応じる。白雷の魔力を指先に灯し、精霊の加護をその身に集める。

隣でシエラが無言で頷き、風の精霊と心を繋ぐ。


リヒターは既に魔法陣を展開し、風の嵐を纏いながら前線へ。


巻き上がる風と魔力の渦の中、対峙する二つの意志。


ソーンヴェイルは一歩前へと出る。

その表情には怒りでも嘲笑でもない──まるで、絶望を知った者だけが持つ“確信”の色があった。


「……精霊を“救う”などと……」

「お前たちは、本質を見誤っている」


「……本質?」

アルノアが目を細めると、ソーンヴェイルは声を低くして続ける。


「いいか、今でこそ精霊は人間に寄り添い、力を貸す存在として崇められている。だが、それはただの“都合のいい幻想”だ」


「精霊は元々──元素を支配する捕食者。

この世界のバランスを、自らの意志で好き勝手にねじ曲げる、脅威そのものだった」


「……!」


「火山を噴火させ、大地を割り、風を引き裂き、海を飲み込んだ。

それがかつての“精霊”の姿だ。そんな存在が、今は何だ? 人に従い、従順に見える……が、その本能は眠ってなどいない」


沈黙。


「いずれまた、牙を剥く。お前たちの“希望”は、いつか“災厄”となって返ってくる」


その言葉に、シエラの心がざわつく。


──その光景が、脳裏をよぎる。

制御しきれず暴走した精霊。

吹き荒れた力が味方さえ巻き込み、破壊の渦となった。

そして、恐怖に足がすくんだ自分を──アルノアが助けてくれた、あの瞬間。


「……ッ」


表情の変化に気づいたのは、アルノアだった。

彼はちらりと隣を見るが、シエラは目を伏せ、強く唇を噛む。


「……それでも、俺は精霊を信じる」


アルノアが前へ出る。


「牙を持ってるからって、すべてが敵になるわけじゃない。

暴走する力があるからって、それを抑え、共に歩もうとする意志まで否定する理由にはならない」


「……甘いな、少年。信じたいという希望で現実を見失えば、いずれ足元を掬われるぞ」


「その時が来たとしても、俺は諦めない。

精霊がそうならないように、俺たちが努力すればいいだけだ」


静かにぶつかる信念。


そしてソーンヴェイルは、ついに“敵意”を明確にする。


「その理想を貫きたいなら──ここで倒してみろ。

だが俺は、世界を精霊の呪縛から解き放つために、お前を“消す”」


次の瞬間、風が荒れ狂うように巻き起こり、戦の幕が切って落とされる。

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