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次の冒険へ

夜も更け、皆がそれぞれの部屋で休息を取っている中。

アルノアは宿の中庭に出て、一人、短剣を握りしめながら夜風に身を委ねていた。


風は優しく吹き、草木を揺らす。だが彼の内心は穏やかではなかった。

リヴァイアサン戦の記憶、カイアスの最期、そして自らの力――


「……守れた、けど……守れなかった」


小さく漏らしたその言葉に、背後から足音が近づいた。


「あなたがこんな時間に外にいるなんて、珍しいわね」


振り返れば、そこにはシエラがいた。

髪が風に舞い、月光の下でその瞳が淡く輝いている。


「……眠れなくてな」


「……そう。私も同じ」


二人は言葉少なに並んで腰を下ろす。しばし沈黙が流れたが、やがてシエラが静かに言葉を紡ぐ。


「……あの時、リヴァイアサンの咆哮に押されて、私、ほんの一瞬、身体が動かなかったの。

でも、あなたが前に出てくれた。魔力を全開にして、私たちのために立ち向かった」


「……無我夢中だった。怖かったけど……誰かがやらなきゃって」


アルノアは自嘲気味に笑う。だがシエラは、それを真っすぐに見つめて言った。


「私は……あの時、あなたを信じて動けた。

一人で戦うんじゃなくて、あなたとなら、ちゃんと“戦える”って思えたの」


アルノアの目がわずかに見開かれる。


「私は……これまで、自分の力が誰かを傷つけるのが怖かった。でも、あなたと一緒なら……前を向ける。

それに、今のあなたなら――私がいても、負担にはならないと思える」


その言葉に、アルノアの胸の奥が少しだけ熱くなる。


「……そんなこと、最初から思ってなかったけどな。

お前の魔法、助けられてばっかりだった」


「ふふ……ありがとう。そう言ってくれると、少し安心する」


そして、シエラはほんの少し、アルノアの肩にもたれた。

月明かりの下、風が二人の間を穏やかに吹き抜けていく。


静かで、温かい、ひととき。


それは確かに――

戦いの中で生まれた、ささやかな絆の芽吹きだった。



リヴァイアサン戦から数日。パーティはそれぞれの地元に戻りつつも、短剣の正体や黒いオーラに関する情報を集めていた。


アルノアは宿の一室で、再びエーミラティスと対話していた。


「……あの短剣。あれは風を操る者が、破壊神に立ち向かった証だと言っていたな」


《ああ。あの短剣に宿る風は、おそらく“名もなき勇者”のもの。

私と同じく、破壊神に抗い、消えていった者がいた。》


「名もなき……」


アルノアはそっと短剣を取り出す。かすかに風が巻き起こり、刃が淡く光る。

それはまるで――今もなお、彼に力を貸そうとする意志の現れだった。


《その者が、風を極めたからこそ、あの短剣は今でも反応する。

力を引き出したければ、風と向き合い、己の中に風を通すしかない》


「……風を、通す」


それが今後の鍵になるのだと、アルノアは確信した。



次の日、パーティは再び集まっていた。

情報を持ち寄り、黒いオーラに関しての断片的な手がかりも集まりつつあった。


「どうやら、黒いオーラは“破壊神の影”のようなものらしい。ダンジョンや魔物に寄生することで力を歪めてるんだ」


そう語ったのはエギル。彼の伝手で手に入れた禁書の情報だ。


「このままだと、他のダンジョンやモンスターにも広がっていく可能性がある」

「そしてその中心に、何かがいる……そう思ったほうが自然だろうな」


ラウドとガレスも顔を引き締める。


「その“中心”に迫る手段はあるのか?」アルノアが問う。


「ひとつだけ、可能性があるわ」

シエラが取り出したのは、精霊たちからの導きで得た、地図のようなものだった。


「これ……風の精霊が示した“風の遺跡”の場所。もしかすると、風の力の根源がそこにあるのかも」


アルノアは短剣を見た。そして静かに頷いた。


「……なら、行くしかないな。カイアスが命を懸けて託したこの剣の意味を、俺が見つけてみせる」


その言葉に、皆が真剣な表情で応える。


こうして、アルノアたちは次なる目的地――“風の遺跡”へと旅立つ。


それは、過去と未来を繋ぎ、世界の謎へと迫る、新たな冒険の始まりだった。



朝の潮風が、まだひんやりと肌を撫でていた。

海沿いの港町。リヴァイアサンとの激戦の話題がそこかしこに広がる中、冒険者たちは次なる道を歩む準備をしていた。


「……本当に、行っちまうのか。もう少し一緒でもよかったのに」


エギルが腕を組みながら言うと、隣のラウドが口元をほころばせる。


「こいつらは風を追うそうだからな。縛っても無駄ってやつだ」


「……ありがとう、みんな」


アルノアは深く頭を下げる。

その隣で、シエラも静かに会釈した。


「私たちは、一度フレスガドルへ戻るわ。……この短剣のこと、そして、これからのことも、ちゃんと考えたいから」


「シエラ、お前がそう言うってことは――相当大事なことなんだな」


ゼルドが真剣な眼差しを送る。

ミアが目元を拭いながら小さく手を振った。


「無事に戻ってきてね。また、みんなで並んで戦いたいから……!」


エリスは優しく微笑んだ。


「二人の旅路に、癒しの光があらんことを」


「……風の行く先に何があるかはわからない。でも、君たちなら辿り着ける」


ガレスの大きな手が、ポンとアルノアの肩に触れる。


「それじゃ、俺たちは俺たちの航路を進むぜ。また、どこかでな」


エギルの声とともに、蒼波の羅針盤の面々が歩き出す。


その背を、アルノアとシエラはしばし無言で見送った。


波音だけが、静かに別れを包み込んでいた。



【フレスガドルへの帰還】


旅人の馬車に揺られ、長い道のりを経て――二人がフレスガドルに帰ってきたのは、ちょうど夕日が塔の影を街に落とす頃だった。


かつて慣れ親しんだ通り。

市場の喧騒、行き交う冒険者たちの声。

何も変わっていないようでいて、二人の胸にある風景はもう、以前とは少し違っていた。


「ただいま、って感じ……かな」


「……ああ。だけど、ここが終着じゃない。始まりだ」


アルノアが腰の短剣をそっと握る。

風の精が囁くように、鞘の奥からかすかな音がした。


「まずは準備。それと、答えを探そう。あの剣が、何を見てきたのか――その先に何が待っているのか」


シエラはうなずきながら、そっとアルノアの隣に立つ。


二人は言葉を交わさぬまま、夕暮れの街を歩き出した。

風が、また新たな冒険の始まりを告げていた。


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