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報告と進展

帰還後、冒険者ギルド本部の一室。

周囲に聞かれぬよう防音魔法が張られた部屋に、アルノアたち討伐メンバーと、ギルドの上層部が集まっていた。


重苦しい空気の中、最初に言葉を発したのはエギルだった。


「……まず、今回のリヴァイアサン。あれは単なる魔物の進化じゃない。明らかに“何か”に干渉されていた」


「“黒いオーラ”だね」

ミアが言葉を継ぎ、テーブルの上に置かれたスケッチを示す。

現場で観察していたエリスが、黒いオーラに包まれた状態のリヴァイアサンを描いたものだ。


「オーラってより……まるで、あれ自体が“異物”に取り込まれてるような感じだった」

ラウドの声には、確信と一抹の恐怖がにじんでいた。


「オーラは最初薄く、戦いが進むにつれて膨張していった。あれは単なる魔力ではない。何か別の、根源的な力……」

ゼルドが呟くように言うと、アルノアも静かに口を開く。


「“神気”に近い。けれど神のそれとは違う。“歪んでいた”」


沈黙が落ちた。


アルノアの語る“神気”という単語に、部屋の空気が一瞬にして張りつめる。


「……君は、その手の力に詳しすぎるな」

エギルが慎重に言うと、アルノアは視線を逸らさずに応じた。


「俺の攻撃が通ったのは、“あの黒い力”と、俺の中の力が“相反するもの”だったからだ。

……少しだけ、破壊神のことを知っている」


その言葉に、ラウドが眉をひそめる。

「破壊神? ダンジョン内でも話してくれたが……いや、まさか」


「詳細は言えない。ただ、リヴァイアサンは“その存在”の影響を受けていた可能性がある。

そして、それに干渉できたのは、俺が……“選ばれた”側だったからだと思う」


「短剣のことも関係あるのか?」

ゼルドが問いかける。アルノアは腰に差した黒い短剣をゆっくりと抜き、テーブルに置いた。


「この短剣……街で買った時はただの装飾品だった。けど、リヴァイアサンのオーラに反応して“目覚めた”。

俺の力と共鳴したんだ」


「あの戦いの最中、突如として“風そのもの”のような力を放ち始めた」


「確かに、最後……あれで風が割れたような感覚があった」

ゼルドが思い返すように呟く。


短剣の刃先は淡く、翡翠色の風の魔力を帯びていた。

だが、その色はどこか儚く、どこか寂しげでもあった。


「……カイアスが、最後の瞬間に使ったときだ」

アルノアは静かに言葉を継ぐ。


「俺が使っていた時は、共鳴するだけだった。けどカイアスは……短剣の力を“完全に解放”した。

まるで、彼に応えるように。いや、もしかすると……“彼を選んだ”のかもしれない」


刃の根元に、小さな風の紋章が浮かび上がっている。

それは戦いの後に突然刻まれたものだったという。


「この短剣……“風の守護”の力を持っていたんだと思う。

リヴァイアサンの水の奔流を裂き、黒きオーラを貫いた風の刃。

カイアスは、風と共に戦い、風に還ったんだ」


静寂の中に、誰かが小さく息をのむ音が聞こえた。

エリスはそっと手を伸ばし、その短剣に触れようとして――しかし、寸前でやめた。


「触れられないな。これは……彼の意志そのものだから」


風の短剣は今も、カイアスの想いと共にそこにあった。

風の加護を宿すその刃は、まるで彼の意志を引き継ぐ者を待つかのように、静かに輝いていた。



夜、ギルド宿舎の一室。

仲間たちがそれぞれの部屋で休息を取る中、アルノアはただ一人、窓際で月を見上げていた。


リヴァイアサンとの戦いが終わっても、心の奥に渦巻く感情は消えなかった。

カイアスの最期、スプラグナスの謎、そして――あの力。


手のひらを見つめる。

その中心から、白い魔力の気配が、かすかに指先へと広がっていく。


「……聞こえているか、エーミラティス」


静かに名を呼ぶと、頭の中に澄んだ声が響いた。


『ああ、アルノア。ようやく呼んでくれたな』


その声は、どこか誇り高く、そして哀しみにも似た静寂を纏っていた。


「お前は……俺の中で、何を見ていた」


『すべてを。お前が怯え、怒り、そして……抗おうとする姿を。

だがそれでいい。お前はまだ、すべてを知るには早すぎる。』


「破壊神とは、何なんだ。俺が放った魔力は、どうして“黒いオーラ”に通用した」


しばらくの沈黙の後、エーミラティスは応える。


『お前の力は、“根源の魔”に干渉する。

あの黒いオーラ――あれは、この世界に本来存在してはならぬ“異なる秩序”の残滓だ。

神々すら恐れた“混沌の始祖”から分かたれた力、とも言える』


「俺は……そんなものに、触れてしまっているのか?」


『触れただけではない。お前はそれに“対抗できる因子”を、既にその身に宿している。

だが使い方を誤れば……お前自身がその混沌に取り込まれるだろう』


アルノアは拳を握る。

その魔力は未だ不安定に揺れていた。


「……選ばれたわけじゃない。ただ……巻き込まれただけなのに」


『だからこそ、お前が必要なのだ。

巻き込まれ、傷つき、それでも歩む者だけが、“真実”に手を伸ばす資格がある』


アルノアは瞼を閉じた。

深く、深く息を吸い込み――そして開く。


「それでも、進むよ。仲間がいる。支えてくれる人がいる。

……そして、カイアスが“背中を預けてくれた”」


その言葉に、エーミラティスの声が微かに柔らいだ。


『ならば私も応えよう。お前の覚悟に――この力を』


一瞬、部屋に風が吹いた。

白い羽根のような粒子が、アルノアの肩に舞い降り、静かに消える。


その夜、アルノアの魔力はほんの少しだけ“純度”を増していた。



アルノアの肩に白い粒子が降り注いだ後、ふと彼の腰に吊るされた短剣が淡く光を放った。

気づいたアルノアがそれに視線を落とすと、エーミラティスの声が、再び静かに響いた。


『……その刃。今やお前の力と深く結びついているが――元々は私と同じく、“破壊神に抗った者”の遺したものだ』


「……抗った者?」


『ああ。かつてこの世界には、いくつかの“因子”を持つ者たちがいた。

その者はおそらく風を操る猛者であり、破壊神に立ち向かい……そして敗れた。

だが、完全には屈しなかった。最後の意志を、その刃に宿してこの世に遺した』


アルノアは短剣を取り出し、月光のもとにかざした。

その刃は、まるで風が渦巻くように光を帯び――まさしく、風の気配を纏っていた。


「じゃあ……あの時、カイアスがこの短剣を使ってリヴァイアサンを――」


『あれは、あの者の力を瞬間的に呼び覚ましたのだ。

だが、お前がこの刃を真に扱いたいと願うのなら……“風の力”を強化せねばならぬ。

風と調和し、導く者として、その意思に応えなければならない』


「風を……強化する……」


アルノアは静かに頷いた。

ただの買い物の中で手にした武器――だと思っていた短剣が、今や自分と深く関わる“意志ある武具”だった。


そして、それを“繋いだ”のはカイアス。

彼が残してくれた最後の意思が、アルノアの中で確かに鼓動を打っていた。


「……わかった。なら、強くなる。風の力を磨いて、この短剣と向き合う。

そして、もう誰も……失わせないために」


その決意に呼応するように、短剣の刃が、ひときわ強く煌めいた。


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