導かれし者たち
カイアスの記憶を頼りに進んでいくと、迷路のようだったダンジョンは嘘のように一直線に道を開いた。
まるで、彼の帰還をダンジョンそのものが認識しているかのようだった。
「この先に……見覚えがある。あのとき、俺は――」
カイアスが呟きながら先導を続ける。その足取りには迷いがなかった。
しかし、進むごとに周囲の空気が変わっていった。
水の気配が薄れていく代わりに、異質な魔力が肌を刺すようにまとわりつく。
「……おい、あれ見ろ」
ラウドが唸るような声で指差す。
水辺の魔獣――ではない。
爛れた肉体を持ち、異形と化した炎の精霊獣、さらには地属性の巨人の亜種のような存在。
どれもこのダンジョンにいるはずのないモンスターばかりだ。
そしてそのすべてが、禍々しい“黒いオーラ”を纏っていた。
「……完全に侵食されてる。属性に関係なく、何かがこのダンジョンの核に干渉してるわ」
シエラの精霊たちすら、そのオーラを避けるように距離を取っていた。
敵は強く、鋭く、そして異常な再生能力を持っていた。
だが――アルノアの放つ魔力だけが、それらを確実に穿っていく。
「氷封の刃――!」
氷を纏った刃が、黒いオーラごとモンスターを切り裂いた。
蒸発しきる前に凍り付き、砕け散る。
「すげえな……あいつ、普通の魔法とはまったく違う力を持ってやがる」
ラウドが言葉を漏らす。
「この黒いオーラは、属性に対する耐性を異常に高めている。でも……アルノアの魔力はそれを貫く」
エギルも状況を分析しながら叫ぶ。「つまり、こいつらと戦うには――」
「アルノアの力が必要ってことだ」
ミアが鋭く言葉を重ねる。「私たちがどれだけ攻撃しても、黒の層に阻まれて深く届かない」
戦況は明白だった。
アルノアの存在が、すでにこの攻略の要となっている。
エギルは唇を噛みながら、それを受け入れた。
「……認めざるを得ない。今の俺たちじゃ、ただの補佐だ。だが、だからこそ――」
彼は剣を振るい、目の前のモンスターを吹き飛ばす。
「お前が全力で戦えるように、サポートに全力を尽くす!」
「回復と遮断、私に任せて!」
エリスが即座に動き、アルノアの背後の空間に守りの結界を展開した。
ぜルドの目が鋭く光り、敵の増援を察知して即座に警告を飛ばす。
「上からも来る! 三体、速いぞ!」
「オッケー! まとめて吹っ飛ばす!」
ラウドの火炎が咆哮し、天井を焼き払うようにして飛来する影を阻む。
その中で、アルノアは前へと進んだ。
黒き侵食の正体――その核心へと、仲間たちの力を背に受けて。
静かだった。
さっきまでの激戦の余韻が嘘のように、ただ水の滴る音だけがダンジョンの奥に響いていた。
「なぁ、アルノア」
エギルが口を開いた。いつもより慎重な声音だった。
「さっきの魔物、黒いオーラを纏っていたやつ……俺たちの攻撃はほとんど通らなかった。けど、お前のだけは、まるで…“浄化”するみたいに通ってた」
その言葉に、他のメンバーも静かに頷いた。
皆、疑問を抱いていた。それでも言い出せなかったことを、エギルが代弁したのだ。
「一体、お前の力はなんなんだ? どうしてあいつらに効く?」
アルノアは少しだけ視線を落とし、しばらく沈黙したままだった。
そして、ゆっくりと口を開く。
「……全部は話せない。というか、まだ自分でも分かってないことが多い」
低く、静かな声だった。だがその言葉には、明らかな重みがあった。
「ただ、一つだけ言えるのは――“あの黒い力”は、世界の理に背いている。
本来あるべきものじゃない。“存在してはいけない”ものだ」
ラウドが眉をひそめる。
「じゃあ……その正体ってのは?」
アルノアはわずかに言葉を選ぶようにして、口を開いた。
「破壊神……という存在がいるらしい。古い文献の中にしか出てこないような、神話の話だ。
でも……それが単なる作り話じゃないかもしれないって、最近気付き始めた」
一瞬、空気が張り詰める。
「その神は、“壊すこと”そのものが目的なんだ。世界の秩序や命、魔力の流れ、全てを“無”にする。
俺の力は……もしかしたら、それに抗うものなのかもしれない」
彼の目が静かに光をたたえていた。
仲間たちはただ黙って、その言葉を聞いていた。
その時、隣にいたシエラがそっと口を開いた。
「……アルノアの力は特別。私もそれを傍で見て、感じてきた。
精霊たちがあの黒いオーラに怯える中で、彼の魔力には不思議と安心して集まってくるの。
まるで、“世界の正しさ”が宿ってるみたいに」
「シエラ……」
「だから、私は信じてる。彼の力は、あの黒い力に“選ばれなかった”力なんだって」
沈黙がまた場を包む。
だが先ほどの緊張とは違う。そこにあったのは、仲間たちがアルノアの“力”を受け入れ、そして頼ろうとする空気だった。
「……話してくれてありがとう」
ミアが優しく言った。「あんたが何者であろうと、あんたが味方である限り、それでいいよ」
エギルも頷いた。「この先は、お前が鍵になる。そんな気がする」
静まり返った空間に、カイアスの声が落ちるように響いた。
「……破壊神、だと?」
一同が彼の方に目を向ける。
カイアスは険しい表情で、記憶を掘り起こすようにゆっくりと続けた。
「そういえば……俺がリヴァイアサンに襲われたあの時。あの船にいた仲間の一人が――そんなことを言っていた」
「言ってた?」アルノアが静かに聞き返す。
カイアスは頷いた。
「渦の中心が見えた時だった。船が傾き、皆が恐怖に叫ぶ中、そいつだけが……笑ってたんだ」
「笑って?」エギルが眉をひそめた。
「ああ。まるで、待ち望んでいたみたいに。『ついに選ばれし者が集う時が来た』……確かに、そう言っていた。
“力に選ばれし者が、破壊神の導きで集まる場所がある”――そんな、訳の分からないことを」
その言葉に、場の空気が再び変わった。
「もしかして……その“集う場所”って、このダンジョンじゃ……」ミアが呟く。
「偶然とは思えない」カイアスの声は硬かった。「俺が渦に飲まれてここに来たのも、お前たちがこのタイミングでこの場所へ来たのも。
何か大きな意志に導かれている気がしてならない」
「……破壊神の力が関わっているとしたら、偶然なんてありえない」
アルノアの声が低く響く。「これは……試されているのかもしれない。俺たちが、何に抗えるのかを」
シエラがそっとアルノアの隣に立ち、目を伏せるように呟いた。
「選ばれた者たちが集う場……それがもし、破壊神の“器”を探すためだとしたら……」
「そんな危険なこと、許しちゃおけねぇな」ラウドが声を荒げる。
「でも、それならなおさら先に進まなきゃ」エギルが静かに言った。「真相を突き止めるまで、ここで止まるわけにはいかない」
アルノアは黙って前を見据えた。
かつて得た知識と、自らの力――それが今、何かに呼ばれている気がしてならなかった。
“選ばれし者が集まる”
それは希望のためか、それとも破滅の始まりか――
水の奥底で蠢く闇は、まだその正体を明かしていない。




