不思議な短剣とダンジョン
その日は リドルスの街 に泊まり、翌日、蒼波の羅針盤とともに ダンジョンへ向かう ことになった。
目的地は 街から半日ほどの距離にある中規模ダンジョン。
このダンジョンは リドルスに大きな影響を与えている 重要な存在であり、街の経済や冒険者たちの活動にとって欠かせないものだった。
アルノアとシエラは、翌日に備えて 武器の手入れ を済ませると、街の様子を見て回ることにした。
フレスガドルとは違い、リドルスは 港町 ならではの雰囲気を持っていた。
海風が吹き抜ける通りには、潮の香りが漂い、漁師や商人たちが活気に満ちた声を上げている。
市場には 港町特有の物品 が多く並んでいた。
新鮮な魚介類や 海獣の素材、珍しい貝殻を加工した装飾品、さらには 海流を利用した特殊な魔道具 まで――フレスガドルではあまり見かけない品々が目を引く。
「面白いものが多いな」
アルノアは店先に並んでいる 水属性を帯びた武具 を手に取りながら呟いた。
リドルスでは 海を活用した武器 が多く流通しており、特に 水や氷の属性強化 に関するアイテムが豊富だった。
「こっちには魔法触媒の素材もあるね」
シエラは 精霊魔法向けの道具 に目を向ける。
この街では、海に宿る精霊の力を引き出すための特別な魔法具 も売られており、シエラにとっては興味深いものばかりだった。
そんな中、二人は 一つの店先で立ち止まる。
そこには、ひときわ異質な 漆黒の刃 を持つ 奇妙な短剣 が置かれていた――。
アルノアが 漆黒の刃を持つ奇妙な短剣 に目を向けた瞬間、彼の意識の奥で微かな 揺らぎ を感じた。
――この武器には何かが宿っている。
そんな直感を抱いたとき、彼の持つ 大鎌・黒穿 の中から、小さな光の粒子が舞い上がるようにして、一つの存在が現れた。
「ふむ……」
それは、黒穿に宿る戦神魂エーミラティス だった。
エーミラティスは短剣をじっと見つめ、低く唸るように言う。
「この武器……何かが宿っておるが、壊されておるな」
「壊されている?」
アルノアが問い返すと、エーミラティスは頷いた。
「ああ、もともとこの刃には“何か”が込められておったようじゃ。しかし、その核となる力が断たれ、いまはただの抜け殻になっておる」
シエラも短剣を覗き込みながら、魔力を込めて分析する。
「確かに……精霊魔法を通すと、微かに残滓が反応する。でも、今のままじゃほとんど機能しないね」
アルノアは短剣の柄を握り、慎重に魔力を流してみる。
すると、ほんの一瞬だけ、刃の表面に 細かな紋様 が浮かび上がった。
それはまるで、かつて存在していた力の 名残 だった。
エーミラティスは静かに言葉を続ける。
「アルノア、お主ならこの武器を元に戻せるかもしれん」
「俺が?」
「うむ。お主は普段から“わし”を使い続け、魔力を通し、わしの本来の力を目覚めさせた。おかげで、こうして自由に話すこともできるようになった」
エーミラティスが目を細めるようにして、続ける。
「この武器も似たような状態にある。何かによって力を奪われ、今は沈黙しておるが……お主が適切に力を注げば、再び目覚めるかもしれんぞ」
アルノアは短剣を見つめた。
“この武器に眠るものは何なのか?”
“何の目的で封じられたのか?”
――そして、もし力を取り戻したら どうなるのか?
それはまだ分からない。
だが、アルノアの中で この短剣を修復する価値がある という確信が生まれ始めていた。
アルノアは店主に交渉し、漆黒の刃を持つ短剣 を買い取った。
価格は決して安くはなかったが、アルノアの直感がこの武器を 「持っていくべきだ」 と強く訴えていた。
シエラもまた、その武器に何かしらの異質な魔力を感じ取っていたが、アルノアが決断したことを尊重し、特に反対はしなかった。
「まるで、何かに導かれてるみたいだね」
シエラがそう呟くと、エーミラティスが静かに言葉を継ぐ。
「ふむ……ダンジョンでこの武器が何かを示すのかもしれんな」
アルノアは短剣を慎重に鞘へと収めると、それ以上の詮索はせず、その日は休むことにした。
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翌朝――ダンジョンへ出発
朝日が港町 リドルス の海を黄金色に染める頃、アルノアとシエラは 蒼波の羅針盤 のメンバーと合流し、ダンジョンへ向けて出発した。
目的地は 街から半日ほどの距離にある中規模ダンジョン 。
リドルスに住む人々の生活にも密接に関わる場所であり、定期的な探索と管理が必要なダンジョンだった。
道中、エギルがアルノアたちに説明する。
「このダンジョンは水属性の魔物が多く生息している。湿度が高く、足元が悪い場所も多いから気をつけろ」
ミアも続ける。
「それと、最近になって深部で異常が報告されているわ。魔力の流れが変わったみたいでね……ただの定期探索じゃ終わらないかもしれないわよ」
アルノアは腰の短剣をそっと握る。
――やはり、この武器を持ってくるべきだった という直感は、間違っていない気がした。
ダンジョン《深潭ノ渦》
アルノアたちはついに リドルスの中規模ダンジョン へと到着した。
このダンジョンは 水属性の中でも特に規模が大きく、危険度の高い場所 として知られている。
その特徴から 《深潭ノ渦》 と呼ばれていた。
目の前に広がるのは、まるで地底湖のような空間。
通常のダンジョンとは違い 通れる道はごくわずか で、大半は 深く冷たい水で構成 されている。
さらに、ダンジョン内部には 無数の渦潮 が発生しており、うかつに近づけば 渦に飲まれ、深層へと引きずり込まれる危険 があった。
エギルが周囲を警戒しながら言う。
「さて……ここからが本番だ。準備はいいか?」
アルノアは腰に下げた 漆黒の短剣 に一瞬だけ視線を落とす。
――このダンジョンで、この武器が何かを示すのかもしれない。
「ええ、行きましょう」
シエラが静かに頷き、一行はダンジョンの奥へと足を踏み入れた。




