sランクパーティのラウド
リドルスの街へ到着したアルノアとシエラは、港町独特の潮風を感じながらギルド支部へと足を運んだ。石造りの建物に木の装飾が施されたギルドは、海の男たちが集う場にふさわしく、活気に溢れている。
街の住人や冒険者たちは、見慣れない2人の姿にちらちらと視線を送っていた。アルノアはそれに慣れているため気にしなかったが、シエラもまた普段と変わらぬ無表情で、人々の視線を意に介していないようだった。
ギルドの扉を押し開くと、中では多くの冒険者たちが依頼を受けたり、情報を交換したりしていた。その中でひときわ目を引くのは、受付のカウンターの前に立つ屈強な男だった。
背は高く、鍛え抜かれた筋肉に加え、鋭い眼光を持つ男。彼はアルノアたちが入ってきたのを確認すると、すぐに口を開いた。
「お前らがアルノアパーティだな?」
低く響く声に、アルノアは軽く頷く。
「そうだが……あんたは?」
男は腕を組みながら、不敵な笑みを浮かべる。
「俺はこのリドルス支部のギルドマスター、グレッグだ」
そう名乗ると、周囲の冒険者たちがざわついた。どうやらグレッグは相当な実力者らしい。
「お前らのことは本部から聞いてる。フレスガドルのギルドマスター、アイズからの紹介だな」
グレッグはカウンターに寄りかかりながら、じっとアルノアたちを見つめる。
「支部長自ら出迎えてくれるとは光栄だな」
アルノアは軽く言葉を返しながらも、相手の視線に潜む意図を探る。
「……お前らの実力がどれほどのものか、確かめる必要があるからな」
グレッグは意味ありげに言うと、受付の奥へと歩き出した。
「ついて来い。詳しい話をする前に、まずはお前らの力を見せてもらおうか」
そう言い残し、ギルドの裏手へと向かっていく。アルノアとシエラは視線を交わし、無言のまま後を追った。
ギルドの他の冒険者たちは、グレッグが直接新参の冒険者を相手にするという異例の対応に驚きを隠せなかった。
「おいおい、支部長自ら相手するなんて珍しいな」
「誰なんだ、あの目立つ二人組は?」
「フレスガドルの推薦って言ってたぞ」
「フレスガドルの推薦ってことは、相当な実力者ってことか?」
ざわつくギルド内で、特に注目されていたのは白銀の髪を持つ青年――アルノアだった。その特徴的な髪色を見た冒険者の一人が、ふと呟く。
「あの白髪……どこかで見たような気がするんだが……」
噂話が広がる中、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「おう、ラウドじゃねーか!」
入ってきたのは赤い髪の短髪を持つ青年だった。彼の背には大きな剣が背負われており、全身から力強い雰囲気が漂っている。
彼がギルドに入るや否や、周囲の冒険者たちは軽く手を挙げたり、挨拶を交わしたりしていた。どうやら、このギルドでは顔馴染みの存在のようだった。
「なんでお前、今日は一人なんだ?」
仲間の一人が問いかけると、ラウドと呼ばれた青年は肩をすくめながら答えた。
「今日俺たちのパーティをサポートする奴らが来るんだとよ」
そう言ってギルドの中を見回し、すぐに目を細める。
「……あれか?」
彼の視線の先には、グレッグについていこうとしているアルノアとシエラの姿があった。
「おい!」
ギルド内に響く大声に、アルノアとシエラは足を止めた。
「お前たちがフレスガドルから来た冒険者か?」
赤髪の青年――ラウドが腕を組みながらこちらを睨むように見つめている。
グレッグと共にいたアルノアは、その視線を正面から受け止め、冷静に答えた。
「そうだ」
ラウドは答えを聞くと、眉をひそめ、じっくりと二人を観察した。
(……こいつらが俺たちのサポートに?)
彼が想像していたのは、もっと経験を積んだ熟練の冒険者だった。しかし、目の前にいるのはまだ若く、どこか駆け出しの雰囲気を感じさせる二人。
ラウド自身も若いが、彼はSランクパーティの正式な一員だ。両親が設立したパーティに幼い頃から関わり、手伝いながら成長してきた。その中で経験を積み、ついにSランクの一員として認められたばかりだった。
それだけに、今回のサポート役として送り込まれた二人が、自分と同じような実力者とは到底思えなかった。
(こんな駆け出しっぽい奴らが、本当に俺たちの助けになるのか……)
ラウドの胸には、どうしても納得できない思いが渦巻いていた。
「グレッグ支部長!」
ラウドが鋭い視線を向けながら詰め寄る。
「こいつら、本当に強いんだろうな? 俺たちのパーティの状況を変えられるくらいに?」
ギルド内にいた他の冒険者たちも、その言葉を聞いてざわつき始めた。Sランクパーティへの支援と聞けば、当然、それ相応の実力者が来るものだと思っていた。しかし、目の前の二人はどう見ても若く、まだ経験の浅い駆け出しに見える。
「フレスガドルのマスター直々の推薦だ」
グレッグは腕を組みながら断言する。
「冒険者になってからはまだ日が浅いからランクはそれなりだが、確実に役に立つと評価されている」
「……それじゃあ、支部長も本当にこいつらの実力を把握してるのか?」
ラウドが不満げに問いかけると、グレッグはニヤリと笑ってみせた。
「まぁ、俺も気になったから一応実力を確認しに行くつもりだ。お前も見に来るか?」
「当たり前だ!」
ラウドは食い気味に答える。
「弱いやつにサポートなんかされたら、負担が増えるだけだからな!」
その言葉を聞いても、アルノアは特に表情を変えなかった。しかし、隣にいたシエラが淡々と口を開く。
「Sランクパーティは確かに強いと思うけど……あなたよりはアルノアの方が強いと思うよ?」
煽るような感情も乗っていない。ただ事実を述べただけといった口調だった。
だが、そのあまりにも素っ気ない言葉に、ラウドは瞬時に反応した。
「はぁ!? 俺よりそこのヒョロっちいのが強いわけねぇだろ!」
ラウドの顔が一気に赤くなる。自信と誇りを持ってSランクパーティの一員を務めてきた彼にとって、それは到底受け入れられない言葉だった。ギルド内の冒険者たちも驚きの表情を浮かべ、さらにざわめきが広がる。
一触即発の空気が流れる中、アルノアは小さく息をつき、静かにラウドを見据えた。




