冒険者となる~別れと新たなる仲間
フレスガドル学園に戻ったアルノアは、まるで英雄のように迎えられた。
戦技大会の優勝者、そしてランドレウスでの激戦を生き延びた者として、彼の名前は学内でも一躍有名になっていた。
廊下を歩けば、後輩たちが尊敬の眼差しを向け、クラスメイトからも祝福の言葉が絶えない。
「アルノア先輩! サインしてください!」
「大会の決勝、すごかったです!」
「霞滅ってどんな奴らなんですか?」
そんな声があちこちから飛び交い、普段は冷静なアルノアも少し困惑していた。
一方で、アルノアやユリウス達には冒険者ギルドや有力なパーティからの勧誘が殺到していた。
「君の実力なら、どの国でも一流のパーティに入れるぞ」
「うちのギルドに入れば、最高のサポートを約束する」
「Aランクのパーティだけど、いずれSランクを目指すつもりだ。君が来てくれたら百人力なんだが」
手紙や直接の勧誘が絶えず、アルノアは対応に追われた。
しかし、彼自身はすぐに決めるつもりはなかった。
霞滅の動向も不明なまま。
そして、塔の攻略の道もまだ終わっていない。
彼にはやるべきことがあった。
そんな中、アリシアとの話し合いの時が来た。
学園の中庭。二人はいつものように並んで座っていた。
アリシアは静かに切り出す。
「アルノア、私はしばらく聖天の役目に集中することにしたわ」
霞滅の動きが活発になり、各国でもその名が広まりつつある。
聖天として、その脅威に立ち向かわなければならない。
「だから、私たちのチームは解散ね」
アリシアは寂しそうに微笑んだ。
アルノアもまた、それを理解していた。
彼女には彼女の戦うべき場所がある。
「……分かった」
それ以上、余計な言葉は交わさなかった。
お互いの道を認め合い、それぞれの未来へ進むために。
こうして、アルノアの学園生活が終わり冒険者となる。
――――――――――
アルノアは冒険者としての活動を本格的に始めていた。
フレスガドル学園を卒業し、ランドレウス王の推薦を受けて Bランク冒険者 として登録された彼は、魔物狩りの依頼をこなしつつ、タワーの攻略を進めていた。
まだSランクやAランクの冒険者たちが挑むような超高難度の依頼には手を出していない。
今は、着実に経験を積み、実力をさらに高める段階だった。
そんな彼の姿を、じっと見つめる者がいた。
シエラだ。
フレスガドルの精霊術士であり、かつてフレスガドル代表決定戦でアルノアと戦った少女だ。
彼女は冷静沈着で、感情を表に出すことがほとんどない。
だが——
(……どうして、私は彼のことをこんなにも気にしているのだろう?)
シエラは自問する。
彼女がアルノアに対して特別な感情を抱き始めたのは、代表決定戦の決勝 での出来事がきっかけだった。
試合中、彼女の精霊が暴走し、制御不能に陥った時——アルノアは迷わず彼女を助けた。
普通なら、試合である以上、敵の隙を突いて勝利するのが当然だ。
しかし、アルノアは 「試合よりも、お前自身が大事だろ」 と言わんばかりに、精霊の暴走を鎮めるために動いていた。
シエラは、あの瞬間のことを今でも鮮明に思い出す。
彼の目に浮かんでいたのは、純粋な 「助けたい」という意思 だった。
それが、シエラの心を揺るがせた。
(私は……彼に恩を感じているだけなのか? それとも……)
答えはまだ出ない。
けれど、アルノアが塔に潜り、魔物と戦い、冒険者として成長していく姿を見ていると、どうしても視線が追ってしまう。
シエラは決意する。
(もう少しだけ……彼を見ていたい)
そう思ったシエラは、ある行動に出る——。
「——アルノア、一緒に冒険者をさせてほしい」
シエラは静かながらもはっきりとした声で言った。
アルノアは目を見開いた。
目の前の少女は冷静沈着な精霊術士であり、フレスガドルでも屈指の実力者だった。
だが彼女が自ら他人と組もうとするのは珍しい。
「……急にどうしたんだ?」
「別に急じゃない。私はずっと考えていた」
シエラは一歩近づく。
その背後で、彼女の契約している精霊たちが、目に見えぬ囁きで 「押せ! 押せ!」 と彼女を煽っていた。
(うるさい……)
心の中で精霊たちを軽く睨みつつも、シエラは改めてアルノアを見つめる。
「アルノア、あなたは今、パーティを組んでいないわよね」
「ああ。霞滅の騒動で破壊神のことが広まりはしたけど、ほとんどの人間はまだおとぎ話程度にしか思ってない。俺の目的は破壊神の復活を阻止すること。だから中途半端な覚悟の奴と組むつもりはないんだ」
アルノアは真剣な眼差しで答える。
破壊神の話は確かに霞滅の事件で一部には広まった。
しかし、ほとんどの人間は 「そんな話、信じられるか?」 という態度を崩さなかった。
塔の攻略や冒険者としての仕事をこなすうちに、アルノアの知名度は上がっていた。
だが 「破壊神を阻止するために戦う」 という目的を聞いても、すぐに納得してついてくる者はいなかった。
だからこそ、アルノアは1人で動く道を選んでいた。
シエラはそんな彼を見据え、言葉を続ける。
「その話を聞いた上で言っているの。私はあなたと一緒に戦いたい」
「……なんで俺なんだ?」
シエラは少しだけ目を伏せ、ゆっくりと言った。
「理由は……私自身にも完全には分からない。だけど、私はあなたに助けられた。代表決定戦のとき、精霊が暴走した私を、あなたは迷わず助けてくれた」
「……あれは当然のことだろ」
「当然ではない。普通の人は、私を攻撃して勝とうとしたはず。でもあなたは違った。目の前の人間を助けることを優先した」
シエラの声は少しだけ熱を帯びる。
彼女にとって、アルノアの行動はただの親切ではなかった。
彼が持つ 「人を助ける」という信念 に、彼女の心は揺さぶられたのだ。
「それに……」
シエラは小さく息をつき、彼の目をまっすぐに見た。
「私はあなたが戦う理由を知って、放っておけなくなったのかもしれない」
「……シエラ」
アルノアは少し言葉に詰まる。
彼女の瞳には迷いがない。
「確かに、破壊神の話は多くの人には信じられていない。でも、あなたが信じて戦う理由を、私は否定しない」
「……本気で言ってるのか?」
「当然よ。私はあなたの目的を理解した上で、それでも一緒に戦いたい」
シエラは静かに言い切った。
背後の精霊たちは 「よく言った!」 「押せ押せー!」 と無邪気にはしゃいでいるが、それを無視してシエラはアルノアを見つめ続ける。
アルノアは少し考えた。
確かに、彼女と組めば大きな戦力になる。
シエラはフレスガドルでもトップクラスの精霊術士。その実力は決して低くない。
さらに、彼女はすでにアルノアの考えを理解し、受け入れている。
だが、それでも——
「……簡単には答えを出せない」
アルノアは慎重に言った。
「俺は今、破壊神を阻止するための道を探している段階だ。どんな危険が待っているかも分からない。それでもお前は、本当に俺と一緒に来る覚悟があるのか?」
シエラは少し微笑んだ。
「そういうところがあなたらしいわね。……でも、覚悟なら最初から決まっているわ」
そして、シエラは静かに手を差し出した。
「アルノア。私と組んでくれない?」
アルノアは少しだけ考え——
そして、その手を取った。
「……分かった。これからよろしくな、シエラ」
こうして、アルノアとシエラの冒険者としての新たな旅が始まった。




