戦神のごとし
「倒さなければならない——!」
竜が纏う黒いオーラは、まるで空間そのものを蝕むかのように揺らめいていた。
その禍々しい力を前にして、アルノアとアリシアは臆することなく前へ進む。
——このまま放置すれば、甚大な被害が出る。
ならば、ここで倒すしかない——!
「白雷氷刃!」
アルノアの足元に白い雷と氷が舞い、彼の身体が一瞬で加速する。
戦場を駆け抜けるその姿は、一条の閃光のようだった。
竜が動く。
——ドォン!!
巨大な腕が振り下ろされ、その鋭い爪がアルノアへと迫る。
「甘い!」
——ガキィィィンッ!
寸前で割って入ったアリシアの剣が、竜の爪を弾き返す。
「……ッ!!」
竜が一瞬ひるむ。
だが、その瞬間、黒い尾が背後から鋭く突き刺さるように迫る。
「今度はこっちか!」
アルノアは即座に反応し、身体を捻りながら剣を振るった。
——ゴォン!!
しっぽの軌道を変え、誰もいない方向へと受け流す。
2人は一言も交わさない。
だが、互いの動きを完全に理解していた。
攻撃を受けず、かわし、弾き、受け流す。
最高の連携で、竜の攻撃を潜り抜ける。
そして、ついに——2人は竜の身体へと到達した。
「アリシア、いくぞ!」
「ええ、決めるわよ!」
王者たちの剣が、竜の核心へと向けられる——!
アルノアとアリシアは、一瞬だけ視線を交わした。
互いの魔力が共鳴し、膨れ上がる。
「白雷氷刃——」
「瑠璃閃光——」
「絶天凍破!!」
アルノアの白雷氷刃が極限まで鋭さを増し、氷と雷の刃が天を断つように竜へと奔る。
同時に、アリシアの瑠璃閃光が純粋な魔力の奔流となり、全てを切り裂くように収束する。
——ゴォォォォォォォォ!!!
2つの技が重なり合い、竜の胴体に直撃する。
その瞬間、黒いオーラが防壁を形成し、必死の抵抗を見せた。
「くっ……!」
「負けるもんですか!」
2人は魔力をさらに絞り出し、押し込む!
竜は咆哮を上げ、最後のあがきのように暴れ狂う。
巨大な爪が振り下ろされ、しっぽが荒れ狂う嵐のように振り回される。
しかし——
「そうはさせねぇよ!」
ロイがしっぽの軌道を変え、カイゼルが竜の足に噛みつく。
戦場にいる仲間たちが2人の邪魔をさせまいと、全力で動いた。
「アルノア、アリシア! 決めろ!」
「やっちまえぇぇぇぇぇ!!」
「うおおおおおおおおお!!!」
2人の魔力がついに黒いオーラの壁を打ち破る——!!
竜の身体に深く刻まれた亀裂の隙間から、黒い魔力が渦を巻くように溢れ出していた。
それはまるで、絶えず苦しみながら囚われていた竜の魂が助けを求めているかのようだった。
(かなり破壊神の魔力に侵食され、ほぼ身体は食われているのぅ……)
(解放してやるんじゃ、アルノア)
エーミラティスの声が、アルノアの意識に響いた。
「……あぁ」
アルノアは静かに頷く。
手にした大鎌の魔力がさらに膨れ上がり、白雷と氷の輝きが刃を包み込む。
「楽になれ」
その言葉とともに——
大鎌を一閃!!
刃は竜の身体を切り裂き、黒い魔力の核を断ち切るように上へと切り上げる。
——シュウウウウウ……ッ!!
黒い霧が溢れ出し、まるで囚われた魂が解放されるかのように空へと消えていく。
竜の瞳から最後の光が消え、残されたのは静寂だけだった。
そして——
周囲にいた魔物たちも、その霧に紛れるように次々と消滅していった。
まるで戦いそのものが幻だったかのように、戦場から黒い魔物たちの姿が消えていく。
「終わった……」
アルノアが静かに息を吐く。
疲労が一気に押し寄せるが、それでも彼の瞳は確かな勝利を映していた。
戦いの余韻が残る競技場に、ランドレウスの兵士たちが次々と駆け込んできた。
「大丈夫か!?
一体何があった!?」
兵たちは荒れ果てた競技場の光景に驚愕し、すぐさま周囲の状況を確認し始めた。
「Sランクの冒険者はどこだ!」
彼らは、観客席近くで王を守っていたアイク・ストラウスに説明を求める。
しかし、アイクは静かに首を振った。
その目は、戦いを終えた若き冒険者たちへと向けられている。
「……私は王と観客を守るので精一杯であった」
そう言ったアイクの言葉に、兵士たちは驚いた表情を浮かべる。
Sランク冒険者ですら防衛に専念せざるを得なかったのなら、いったい誰がこの戦場を守ったのか——。
アイクはゆっくりと視線を巡らせ、静かに続けた。
「……そこにいる若き冒険者たちが、皆を守るために戦ってくれた」
その言葉に、兵士たちは一斉にアルノアたちの方へと目を向ける。
そこには、疲れ切りながらも誇り高く立つ若き戦士たちの姿があった。
「それは——ここにいるみんなが見ていたことだ」
観客席のあちこちから、深く頷く人々の姿が見えた。
戦いの最中、恐怖に震えながらも、彼らは確かに目撃していたのだ。
この競技場に集った若き冒険者たちが、命を懸けて戦い、人々を守ったという事実を——。
その時、ランドレウス国王が前へと進み出た。
「……彼らは既に素晴らしい者たちだ」
その言葉が響くと、観客席から静かな感嘆の声が漏れた。
王は続ける。
「表彰も途中になってしまったな。
だが、今ここで賞賛すべきは、ただの勝者ではない。
この場にいるすべての者たち——
人々を守るために戦い抜いた、誇り高き冒険者たちだ」
王の言葉に、観客の中から少しずつ拍手が湧き始める。
それはやがて大きな歓声となり、競技場全体に響き渡った。
「改めて時間を作ろう。
この戦いの英雄たちに、正当な敬意を払うために——」
王の宣言とともに、アルノアたちの戦いは、歴史に刻まれるものとなった。




