サーシャの奥の手
ランドレウス側は魔力にまだ余裕があり、エマの風、サーシャの水、ロイの炎が三方向からアルノアとアリシアを襲う。
対するアルノアとアリシアは、既に魔力のほとんどを使い切っていた。通常ならば魔法で攻撃を捌くべき場面だが、二人は違った。武器による純粋な技量と経験で、それらの魔法を突破することを選んだのだ。
アルノアの大鎌が白銀の軌跡を描きながら炎と風を切り裂く。アリシアの剣が水の刃を弾き、地を蹴って反撃に移る。
「まさか、魔力なしでここまでやるなんて……！」 エマが驚きを口にする。
確かに状況だけ見れば魔力を多く残しているランドレウスが圧倒的に有利だった。だが、アルノアとアリシアの技術と経験がそれを覆していた。彼らは攻撃の流れを読み、最小の動きで回避しながら距離を詰めていく。
「……このままじゃ押し切れない！」 サーシャが焦る。
ロイは拳を握り直しながらも笑っていた。
「でも、燃えるな。このまま殴り合いでもいいんじゃないか？」
だが、サーシャは違った。彼女は冷静に、しかし確信を持って決断する。
「……なら、私は奥の手を使う。」
エマとロイが彼女の言葉に振り向いた。
サーシャの周囲の魔力が一変する。水と聖なる光が混ざり合い、まるで天上の領域が地上に降りてきたかのような神聖な雰囲気が広がる。
「我が身を捧げ、天の力を降ろす――」
彼女の背に光の輪が浮かび上がる。そこから柔らかくも荘厳な光があふれ、徐々にその姿が変わっていく。
サーシャの身体が光に包まれ、純白の魔力が溢れ出す。
ロイとエマはその異変に気づき、驚愕の表情を浮かべた。
「……おい、サーシャ！ 何をしてる！？」
ロイが焦ったように声をかける。
しかし、サーシャは静かに目を閉じたまま、まるで天へと祈るかのように両手を組む。
「この力……まさか……！？」
エマも目を見開く。サーシャの背中から光が形を成し、まるで天使の翼のような輝きを放っている。
「ちょっと待てよ……サーシャ、こんな魔法が使えたのか？」
ロイの声には驚きだけでなく、動揺も混ざっていた。
サーシャはゆっくりと目を開ける。彼女の瞳は淡く光り、神聖な力を宿していた。
「……ずっと隠してたわけじゃないわ。ただ、使うべき時が来るまで黙っていただけ。」
「……まじかよ。」
ロイは信じられないものを見るような目をして息を呑んだ。
エマも口元を押さえ、今にも歓声を上げそうな表情だった。
「そりゃあ驚くわけだよ……ロイ、これ、サーシャの本気ってやつじゃない？」
「いや、そうなんだけどさ……こんな隠し玉、聞いてねぇよ……！」
サーシャは一歩前に進むと、アルノアとアリシアを見据えた。
その姿は、まるで本物の天使のようだった――。
観客席がどよめいた。実況も驚きを隠せない。
「こ、これは……！？ サーシャ選手、まさかの”天使降臨”の魔法を使用か――！？」
サーシャの髪がふわりと浮かび、まるで天使のような羽の形をした光が背後に現れる。
「天使顕現――『セラフィム・ディセンド』。」
その瞬間、戦場が聖なる光に包まれた――！
サーシャの背後に浮かぶ光の翼が、柔らかな輝きを放つ。
その中心から、透き通るような声が響いた。
「……まさか顕現させてしまうとは思っていなかったのですが。」
サーシャは静かに目を閉じながら、心の中で応じる。
「でも、ロイもエマも、踏ん張っている。そしてアルノアも……強くなって帰ってきたのを見て、私だけ隠しているのは申し訳ないと思ってしまって……。」
ふわりとした風が吹き、光の翼がゆっくりと揺れる。
「良いのですよ。たまには顕現しないと、私も鈍ってしまいますから。」
どこか楽しげな声がサーシャに語りかける。
「それに――」
天使の声は優しく、けれど確信に満ちていた。
「あなたにこの力を与えようと思ったのは私ですから。あなたが望むように使う力ですよ。」
サーシャは静かに目を開く。
「……ありがとう。」
その声には、感謝と、そして決意が込められていた。
サーシャの身体を包む光がさらに輝きを増し、神聖な気配が辺りを満たしていく。
驚きを隠せないロイとエマが目を見開く。
「サーシャ……！ お前、そんな力を――」
ロイが思わず言葉を詰まらせると、エマも頷く。
「ずっと一緒に戦ってきたのに、知らなかった……。」
サーシャは静かに二人を見つめ、柔らかく微笑んだ。
「ごめんね。実は、私が聖魔法を使えるのは――天使と契約したからなの。」
その言葉に、周囲はさらにざわめく。
「普段は回復やバフしか使えないけれど……顕現させた今は違う。」
光の翼が大きく広がり、サーシャの周囲に無数の光の刃が浮かび上がる。
「圧倒的な攻撃すら可能！」
アルノアとアリシアが身構える。
サーシャは真っ直ぐに二人を見据え、力強く言い放った。
「アルノア、アリシア様――あなたたちは本当に強い！」
光の刃が一斉に輝きを増していく。
「だけど、勝たせてもらう！！」
その宣言とともに、光が戦場を覆い尽くした。
サーシャの光の刃が無数に降り注ぐ。
アルノアは大鎌を振るい、可能な限り迎撃するが、全てを防ぐことはできない。アリシアも地を操り障壁を作るが、神聖な光の力が次々とそれを打ち砕いていく。
「まずいな……このままだと押し切られる。」
アルノアが歯を食いしばる。
アリシアも息を切らしながら、次の手を考えていた。
――このまま個々に応戦していたら、どんどん不利になっていく。
サーシャの攻撃は強力だが、決して避けられないわけではない。問題は、ロイとエマが連携してサポートしてくることだ。
「だったら……2人で完全に連携するしかない！」
アリシアの脳裏に浮かんだのは、アルノアと自分がフレスガドルで積み重ねてきた戦いの記憶。
――可能だろうか？
アルノアの圧倒的な適応力、そして自分たちの築いてきた絆。それさえあれば、突破口を作れるはず。
アリシアは決意し、アルノアに声をかける。
「アルノア！ ここからは、私たち2人の完全な連携で戦うわよ！」
アルノアは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに笑みを浮かべる。
「……なるほど、確かにそれしかないな。」
そして、大鎌を構え直しながら、静かに言った。
「やってみよう、アリシア。」
その瞬間、2人の動きが変わった。
まるで1つの意志を持つかのように、アルノアとアリシアが動き出す。
