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新たなる力の継承

門が消えてなお、神廟に漂う魔力の余波は凄まじく、空間のひずみは完全には癒えていなかった。

だが、それでも……何かが、静かに息を吹き返していた。


淡い水色の光が神廟の中心から立ち上り、空間そのものが揺れる。


「……あれは……!」


アリシアが顔を上げる。

アルノアの胸の奥が脈打つように熱くなる。

光の中に、透き通るような人影が浮かび上がる。


──水の精霊王。


その存在は確かに“精霊”でありながら、どこか人間に似た姿を持っていた。

流れる水が人の形をなしたような、揺らめきと透明の神秘を抱く存在。


『……旅人たちよ。世界の守り人たちよ』


その声は直接心に響くような、優しくも澄んだ声だった。


『……私は、感謝を述べなければならない。破壊の門の出現は……防げなかった。だが……私の命が繋がったこと。それは……確かな希望だ』


アルノアが一歩踏み出す。

その肩で眠るように意識を沈めていた《白光の環》の魔力が、わずかに共鳴する。


「あなたが……水の精霊王……?」


『そう。かつて、破壊の神を封じるために動いた精霊の一柱』


空間が一層静まり返る。


『私は“破壊の力”の一部を、この地で封じ続けてきた。……だが、今、それが解放された。あなたたちが来なければ……私の命ごと、それは解き放たれていただろう』


ヴィクトールが低く呟く。


「封印は……他にもあるのか?」


『……ああ。破壊神の力は精霊によって世界に五つ、分かたれた。私が封じていたのは、そのうちの“第二の封印”』


リュカが顔を上げる。


「じゃあ、残りはあと……三つ?」


『……否。既に“二つ”は完全に破られ、そして、今ので“三つ目”が……。残された封印は、あと“二つ”のみ。それに片方は既に解かれ始めている』


その言葉が、全員の背筋を冷たく貫く。


『破壊の力は、この世界に再び現れようとしている。門の出現は、その兆し。デシローザ……あの者の存在は、破壊の力に触れても消えないようだな』


ユリウスが身を乗り出す。


「彼女の目的は……破壊神の復活?」


『分からない……ただ精霊の封じた破壊の力と勇者によって塔へと分散された破壊神の核が集まれば……復活の準備はなされるだろう』


そして、精霊王はアルノアへと視線を向ける。


『……そして、あなた。アルノア』


「……!」


『あなたの中に在る“白き神の残響”――《エーミラティス》の力。その存在もまた……この世界に変革をもたらす因子』


アルノアの心が、一瞬だけざわめく。

胸の奥に、別の意識がうごめくような感覚があった。


『その力が、善か悪か……まだ、世界は判断を下していない』


「……俺は、世界を壊させない。何があっても」


そう、確かに言葉を返したアルノアに、精霊王は微笑を浮かべる。


『……その言葉が、いつか世界を救う鍵となることを……私は願おう』


水の光が、静かに霧のように揺れる。


『この先、二つの封印を守る戦いと塔を巡る時が訪れる。貴方たちはその渦中にいる。だが……願わくば、誰かの心、存在を壊すことなく、それを成してほしい』


光が、ゆっくりと消えていく。


『私は、また静かなる眠りへ戻る。来る時にまた会うだろう……ありがとう、旅人たちよ。願わくば……“光”が貴方たちを導かんことを――』


そして、神廟には再び静寂が戻る。

だがそれは、終わりの静けさではない。


水の神廟の静寂に、かすかな波音のような声が響いた。


「……お主には、もう話しておかねばなるまい」


アルノアの中で響くその声は、どこか決意に満ちていた。エーミラティス――古の戦神にして、かつて勇者と共に世界を救った存在。その姿は精神の内で、厳かに現れる。黒と白のドレスを纏い、凛とした美貌をたたえた女神のような姿。


「私は勇者と共に幾多の戦場を駆け、滅びを打ち払った。だが、その力が強すぎるが故に、私自身が封印の監視者として、永き時を精神の中で過ごしてきた……」


アルノアは静かに耳を傾ける。


「今まではお主に助言と経験を与えるのみであった。私自身の力を直接託すことはなかったのだ。だが――」


エーミラティスの目が鋭く細められ、周囲の空気が張り詰めたものに変わる。


「この災いに自らの意志で踏み込んだお主になら……そして勇者と同じ白金の力を得始めたお主なら……引き出せるじゃろう」


次の瞬間、激しい閃光がアルノアの内面に走る。


鋭い…感覚が全身を貫いた。肉体ではなく、魂に突き刺さるような衝撃――まるで刃で切り裂かれるかのような鋭さと、天から降り注ぐ祝福のような清冽さ。


「……ッ! これは……!」


「我が名はエーミラティス。かつて『白銀の死神』と呼ばれし力、その一端を、お主に与える」


アルノアの右腕に白銀の紋が浮かび上がる。神聖な魔力が腕から全身へと巡り、彼の中の“魔”と融合していく。感覚は研ぎ澄まされ、視界が広がり、空気の流れすら読み取れるような鋭さ。


「……これが、あの勇者と共にあった力か」


「いずれ、お主はこの力のすべてを扱うことになるだろう。だが今は、始まりに過ぎん。見せよ――災厄に抗うその意志を」


エーミラティスの姿はふわりと霧のように溶けていく。


アルノアは目を開き、拳を握った。かすかに揺れる水面に映った自分の瞳には、青白い輝きが宿っていた。


「……来い、破壊の力よ。もう逃さない」


そして彼は静かに仲間たちの元へと歩き出した。


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