デシローザとの激闘
神廟の外れ、霧と水音が混じる湿った空気の中に、緊張が張り詰めていた。
黒いマントを纏い、十字架の飾りを胸元に下げたそのデシローザ、周囲の気配すら拒絶するような威圧感を放っていた。ユリウスとヴィクトール、そしてその後ろで待機するリリアンは、相手が只者ではないことを肌で理解する。
だが、次の瞬間。
「風よ、我に舞い、力とならん。――《風の鎧》!」
ユリウスの詠唱が空を裂いた。防御と機動を兼ね備えた風の障壁が彼を包み、即座に彼は地を蹴った。雷の魔力を帯びたヴィクトールもまた、追うように跳躍し、敵へと向かう。
呼応するように、敵のマントが風に裂かれた。
漆黒の長髪が揺れ、紫の瞳がふたりを射抜く。整った顔立ちの中にあるのは、狂気とも冷徹ともつかない曖昧な微笑。戦闘の気配を纏いながらも、その身にはいかなる防具もなかった。ただ、流れるような漆黒の衣と紅の意匠が、彼女の所属と存在の異質さを物語っていた。
「お前はなぜ霞滅にいるんだ」
ヴィクトールが雷の力を纏いながら問う。
「私はアグアメリアに産まれた。元々この国は壊れる未来だった」
「あなた達はこの国の事を分かっていない。そして霞滅のこともね」
ユリウスが剣を構える。
「そして、あなた達……少し遅かったみたい。破壊の気配はもう、あなた方の後ろまで来ている」
意味深な笑みとともに、デシローザの右手がわずかに上がる。
次の瞬間。
「――《断界の楔》。」
空気が裂けた。
音もなく、空間が裂けるような黒の爪痕が放たれる。ユリウスが咄嗟に風で受け流し、ヴィクトールが雷で相殺を試みるも、その異質な魔法は自然の理すら歪め、ふたりの魔力障壁を軋ませた。
「異空間属性……? いや、それだけじゃない」
ユリウスが眉をひそめる。その魔法は、五大属性とは根本から異なる。明らかに“破壊”の魔力を含んでいた。
「貴様、封印の力を――」
「ええ。破壊神の力は、至る所で目覚め出している。私はその力の一端に触れただけ」
あくまで淡々と語るその様子が、逆にふたりを警戒させる。
ユリウスの体が光に包まれる。
風、水、火、雷、地。五属性を統合した複合魔法を扱えるようになった彼の周囲に、様々な色の魔法陣が浮かぶ。
「展開!」
周囲の空気が唸る。属性魔力の干渉が始まり、爆発的なエネルギーが形を成す。
「先陣を切る! ――《元素乱舞》!」
風と雷が混じる連撃が、螺旋を描いてデシローザへ襲いかかる。視認すら困難な速度。だが――
「無駄よ」
手を伸ばしただけで、彼女の周囲に黒い結界が張られた。
衝撃と雷光が空を裂いたが、デシローザの表情は変わらない。
《業火清瀧》
近距離で戦っているユリウスとデシローザにユリウスの魔法陣から援護魔法が放たれる。
ユリウスの動きに連動し、デシローザだけを追尾するり
それでもデシローザの作る黒い魔力は簡単にその魔法を壊す。
「それだけ……? さあ、あなたも見せなさい。破壊を止める“覚悟”というものを」
「上等だ!」
ヴィクトールが両手で握り直した大剣を構える。
「雷槌解放・――《クラディウス》!」
彼の剣が雷の槌へと変形し、地を這う稲妻と共に突進。雷の加速を用いた重撃が、デシローザの黒結界に正面から激突した。
ゴッ――!!
鈍く重い音とともに地面が裂ける。しかし――
「まだ、足りないわ」
結界は割れた。しかし、その破片の奥から、紅の魔力が溢れ始める。
「面白いわね、あなたたち。壊しがいがあるわ」
笑うその口元の奥に、深く冷たいものが見えた。
「さあ……遊びましょうか」
紅の剣が、彼女の背から浮かび上がる。十数本の剣が空中に現れ、それぞれが意思を持つかのように振動し始めた。
「第2段階……くるぞ、ヴィクトール!」
「分かってる!」
二人は背を合わせ、戦闘準備を再び整える。
そして空気は――再び、血の気配に満ちた。
濃霧と水音に満ちた神廟の外縁。雷鳴と風鳴が交錯し、破壊と守護の意志がぶつかり合う。
空中に浮かぶ十数本の紅の剣。それはデシローザの魔力の具現であり、自律行動する魔法兵装――《紅蓮断章》。
「紅の儀式、始めましょう」
彼女の言葉と同時に、剣が咆哮するように唸り、四方八方からユリウスたちを襲った。
「散れッ――!」
ヴィクトールが《雷鎧装・ライガアーマー》を発動。身体を纏う雷鎧が紅の剣を弾き、その隙を突いてユリウスが詠唱を走らせる。
「風よ、炎よ、水よ、雷よ――交わり、絶対の刃と成せ」
魔力が編まれ、空に巨大な魔法陣が浮かぶ。
《四霊天舞》
四属性が交差する破壊的な魔法。それは一種の“属性融合爆裂波”とも呼ぶべき超攻撃魔法。だが――
「足りないのよ」
デシローザが微笑む。彼女の両手が紅の剣を操り、一気に周囲の魔力場を“書き換える”。
「《虚壊結界》――《ネザーヴェイル》!」
破壊の魔力が周囲の空間構造ごと捻じ曲げ、四属性魔法の融合を“拒絶”した。空中に放たれた魔法陣は途中で歪み、炸裂せず霧散する。
「……そんな……! あれも無効化されるのか」
「この結界は“構築された魔法”を拒絶する。だから――即興こそ、あなた達の答え」
その言葉を受け、ユリウスは瞬時に判断を切り替える。
「ならば、即興で叩き込むまで!」
両手を広げ、風と雷を圧縮し始める。
「ヴィクトール、やるぞ!」
「ああ。合わせる!」
雷を蓄えたヴィクトールが《雷轟爆走・ジークトライデント》を構え、地を蹴った。
ユリウスもまた、《風刃疾駆》をヴィクトールを真似て即興詠唱で作り出し、双方向から同時突撃。
「これが俺たちの――全力だッ!!」
風の刃と雷の槍が、交錯する紅の剣を弾き飛ばし、デシローザに迫る。彼女もまた両手を広げ、最後の防御を展開。
「紅蓮断章――全放出ッ!!」
十数本の剣が一斉に中心へ向けて収束、巨大な紅の盾となり、突撃を迎え撃つ。
瞬間――
「――《雷風合一・アルヴレイン》!!」
ふたりの攻撃が重なり合い、融合した斬撃となって紅の結界を貫いた。
轟音。閃光。視界が焼き尽くされる。
そして――静寂。
デシローザは手元の結晶の短剣で身を守っていた。マントは焼け、紅の剣も全て消え去っている。
「……やるわね。これ以上は……少し危ないかも」
彼女はそう呟き、地面に魔方陣を展開する。退却用の転移魔法だ。
「けれど、覚えておいて。破壊の封印はもう、限界が近い。次に会う時、あなたたちは……止められるかしら?」
彼女の姿が歪みとともに消えゆく。
――戦いは、終わった。
ヴィクトールが膝をつき、荒く息を吐く。
「……今のが、“霞滅”の幹部か」
「いや、まだだ。だが……時間は稼いだ。急ごう、アルノアたちの元へ」
ユリウスが前を向く。
破壊の力が溢れようとしている今――精霊王を救う希望は、彼らの合流に託されていた。




