表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/124

それぞれの動き

神廟の奥へ進むにつれ、空気がどこか重たく、異様な圧を帯び始めていた。


 「……水の精霊の神廟、っていう割に、なんか静かすぎるよな」

 リヒターが眉をひそめ、周囲を警戒する。


 「精霊の気配も薄い。代わりに、感じる……妙な“波”が」

 シエラが低く囁く。


 その“波”――それは明らかに精霊の力とは異なるものだった。魔力であるにも関わらず、自然の理を拒むかのような粗暴なうねり。どこかで見た何かが、底から湧き上がるような感覚。


 《……これは、やはり。破壊神の力が滲み出している。封印が――急速に脆くなっているのだ》

 エーミラティスの声がアルノアの内で重く響いた。


 (この場所に、封印が?)


 《いや……この遺跡は、“それ”の一部だ。元々は精霊王が祈りと水の力で穢れを抑えていたのだろう。だが……もう限界だ》


 水の神廟――それは本来、精霊たちが安らぐ静謐の場所。だが今、その中心に近づくほどに“穢れ”が満ち始めていた。


 「霞滅は、“破壊の力”を狙って動いてる」

 アルノアが口を開く。


 「水の精霊王を保護するためには、その力の源に近づかなきゃならない。先にたどり着かれたら、精霊王ごと危ない」


 「……ああ。敵は精霊王を助ける気なんてさらさらないってことね」

 アリシアが剣を引き抜きながら呟く。


 「精霊王と思われる存在は、もう長く“ここ”で破壊の力を抑え続けているのかもしれない。だとすれば、時間も、余裕もない」


 アルノアたちは小さく頷き合い、水の神廟の中心部へと歩を進めた。


 ――薄い靄が満ち、石造りの通路の奥で、音もなく何かが脈動している。


 そして、そのさらに先に、霞滅の気配が、すでに届きつつあった。



  静寂な森の中、空気が張り詰めていた。


 ユリウスたちは、水の神廟とは別のルートから、霞滅の痕跡を追っていた。折れた木々、焦げた地面、そして何より、濃い“悪意”を帯びた魔力の残滓――。


 やがて、古びた祠の裏手に回り込んだとき、彼らは“それ”を見つけた。


 「いた……!」


 ヴィクトールが息を呑む。


 黒いマントを翻し、無造作に立つ人影がひとつ。頭巾の奥からは表情こそ見えなかったが、その胸元には見覚えのある、赤黒い十字架の紋章。


 「……間違いない。霞滅の人間だ」


 ユリウスは低く呟いた。


 相手は一人――だが、油断はできない。霞滅の構成員の多くは、少数であっても高い戦闘能力を持っている。中でも、精霊や魔力の“異常”に特化した者は厄介だった。


 「俺が仕掛ける。……今はまだ、気づかれていない。先手を取る」


 木陰に身を潜めたまま、ユリウスはゆっくりと構えを取る。魔力を最小限に抑えながら、長剣に力を込めると、刃に淡い雷の奔流が走った。


 「合図を待て。奴が動いた瞬間、一気に仕掛けるぞ」


 仲間たちが小さく頷く。


 ――敵はまだこちらに気づいていない。

 ――この一撃に、すべてを懸ける。


 ユリウスの瞳が、鋭く光を帯びた。




 「今だッ!!」


 ユリウスの叫びとともに、空間が弾けた。


 炎・雷・風・水――四属性を束ねた混成の大魔法が一挙に炸裂する。雷鳴が轟き、炎が舞い、斬裂する風が周囲を切り裂いた。その中心、黒衣の人物を逃さず包み込む。


 爆風が辺りの木々をなぎ倒し、土煙が天を突くほどに巻き上がる。


 「……やった、か?」


 ヴィクトールが剣を構えたまま呟く。しかし。


 土煙の中から、一歩、また一歩と足音が響く。


 「……っ!」


 現れたのは、傷一つ負っていない黒いマントが風に揺れ、その胸元の十字架が不気味に輝く。


 「なるほど。強い魔力が近づいてきているとは思っていたいたが……確かに、面白い力を持っている」


 声は淡々としていたが、どこか底冷えするような響きを含んでいた。


 「だが、その程度では“我ら”には届かん」


 敵が右手を上げると、その手のひらに禍々しい魔力が収束していく。それは炎にも似ず、闇にも似た、形容しがたい色――破壊の本質すら思わせる。


 「退いて、ユリウス!」


 リリアンが叫んだ瞬間、黒衣の男の掌から放たれたのは、空間そのものを削り取る一撃。ユリウスは咄嗟に身を翻してかわすが、背後の地面が抉れ、深いクレーターが生まれていた。


 「くそっ……なんなんだ、あの魔力は……!」


 ユリウスが歯噛みする。対する霞滅は、静かに答える。


 「この場所は、“器”にとって相応しい。あの水の遺跡も、いい“素材”になるだろう」


 「お前らの狙いは……!」


 「我ら霞滅の目的は、破壊の力の継承と進化だ。この地に残された“神”の力、それを新たな器に刻む。それだけのこと」


 その言葉に、ユリウスの目が鋭く光る。


 「なら、余計に……ここで止める!!」


 雷が再びユリウスの周囲に走る。だがその時、敵の背後に、幾重にも刻まれた魔法陣が浮かび上がった。


 「今度はこちらの番だ。君たちに……“進化の結果”を見せてあげよう」


 魔法陣から現れたのは、異形の精霊だった。精霊というよりも、精霊だった“何か”――その姿は、まるで破壊の呪詛を受けたように歪んでいた。


 「お前……精霊を……!」



 黒衣の者の視線が、まるで空間そのものを見透かすように巡る。


 「貴様……さらに精霊王を狙ってるのか!」


 ユリウスが叫ぶ。しかし、首を小さく振る。


 「精霊王? いや、そんなものには興味はない。……今はな」


 その目が細められる。眼前の戦いではなく、もっと遠く、何かを“探って”いるようだった。


 「だが、この地下に眠っている。“核”に似た揺らぎ……まるで、封じられた神の息吹のようだ。ここは、ただの神廟ではない」


 ヴィクトールが低く息を呑んだ。


 (……やはり破壊神の力が溢れているのか)


 「精霊だかはどうでもいい。俺が求めているのは“力”そのもの。破壊の本質に近づける何かがあるのなら……掘り返すまでだ」


 黒衣の者が静かに手をかざす。地に向けて、じわじわと魔力が染み出していく。まるで地脈を探るように、根を張るように。


 「まずは貴様らが……その“鍵”ではないと証明してもらおうか」


 魔力の波動が再び膨れ上がる。歪められた精霊が吼え、異形の気配が周囲に広がっていく。


 「くそっ、やっぱりここで止めるしかない……!」


 ユリウスが剣を構え、仲間たちも戦闘態勢に入る。


 一方で、アルノアたちは神廟の奥へと進み、水の気配が強くなる場所へ向かっていた。だが、アルノアの中でざわめく気配が、何かを警告していた。


 『アルノア。……お前も感じているな? “力”が揺れている。この地の奥、何かが目を覚ましかけている』


 ――エーミラティスの声。


 それはまるで、時間が無いと告げるように、静かに、だが強く響いていた。



 「アルノアたちが戻るまで……ここで、お前を食い止める。それが今の俺たちの役割だ!」


 ヴィクトールも剣を抜き、リリアンがサポート魔法の詠唱に入る。


 「やっと決まったな、役目ってやつが。だったら……負けるわけにはいかない!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ