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アグアメリアへ

ギルド本部――フレスガドル城下に構える要塞の一角。冒険者たちが行き交う中、アルノアたち《白光の環》と、アストラルガード、蒼波の羅針盤の代表が揃っていた。


 「……つまり、《水の神廟》に精霊王と思われる存在が現れた、というのだな?」


 ギルドの高官が眉を顰める中、報告を終えたユリウスが頷いた。


 「姿は不確かだった。ただ、圧倒的な“精霊圧”を放っていた。しかも、水と氷、そして癒しの属性を併せ持つ……常の精霊とは明らかに格が違う。すでに《霞滅》の気配も感じた。放置すれば、彼らに先んじられる危険がある」


 言葉に重みがあった。その場にいた者たち全員が、その緊張を肌で感じ取っていた。


 「《白光の環》としては、そちらに向かうつもりです」

 アルノアが前に出て静かに告げる。


 「フレスガドルの塔は既に三十層まで攻略されている。《蒼波の羅針盤》、そして《アストラルガード》がいれば、一定の進行は可能だと判断しています。ギルドにも定期的に報告を上げますし、連絡も密に取ります」


 「任せてくれ」

 エギルが立ち上がり、重々しく頷いた。


 「塔の攻略も、あの異様な魔力の動きも気になっていた。こちらで責任を持って対応しよう。ミアも、ガルスもゼルドも、それを望んでいる」


 「アストラルガードも同意見です。指揮は私、レオネリアが執ります。軍としての動きも合わせて、塔内の安全は確保してみせます」


 高官たちもようやく納得の表情を浮かべた。


 「――では、《白光の環》には《水の神廟》の調査と精霊王との接触を優先してもらおう」


 こうして、アルノアたちはフレスガドルを後にすることとなった。


 出発の朝、街を包む冷たい空気の中、彼らは静かに門を出た。アグアメリアとの境界付近にあるという《水の神廟》へ向けて。


 「水の神廟……間違いなく、ただの遺跡じゃないわ」

 リヒターが呟くように言う。

 「霊格封印と関係あるなら……行く価値は十分すぎる」


 「精霊王と接触できれば、霞滅の手を封じる鍵になるかもしれない」

 アルノアが前を見据える。

 「ソーンヴェイルの遺した手がかり――そこにも何かがある気がする」


 それぞれが想いを胸に、騎獣に乗り、大地を駆けていく。

 その先に待つのは、精霊王か、それとも新たな試練か。


 だが、《白光の環》の歩みは止まらない。

 破壊神の復活を阻止するために――。



 


 アグアメリア聖国――神聖都市レネミア郊外の宿屋。


 少し湿った空気と水音の静かな響きのなか、アルノアたち《白光の環》は指定された部屋の扉を開いた。


 「――よう、久しぶりだな。お前ら、相変わらずいい顔してる」


 低く落ち着いた声とともに立ち上がったのは、長身でオレンジの髪を持つ青年、ヴィクトール。学園時代から変わらぬ鋭い眼差しはそのままだ。


 その隣では、栗色の髪を三つ編みに束ねた女性――リリアンがにっこりと微笑んでいた。彼女は防御系と治癒の魔法に長けた魔導士であり、当時からチームの要だった。


 「みんな、元気そうでよかった。……それにしても、こうしてまた会えるなんてね」


 「リリアン、ヴィクトール……! 二人とも、本当に久しぶり」

 アリシアが微笑む。続けて、シエラが一歩前に出た。


 「なんだか、昔の学園代表戦を思い出すわね。あなたたちと一緒に戦ったこと」


 「懐かしいな。あの時アルノアとアリシアにはギリギリで負けたけど、いい戦いだった」

 リリアンが笑いながら言い、ヴィクトールも頷く。


 「お前らがいなければ、ユリウスの奴もあそこまで燃えなかったかもしれん」


 その場にいた全員が、あの熱い日々を一瞬思い出していた。

 だが、今の再会は、ただの懐古ではない。


 「今回は調査依頼でこの地に来てるんだ」

 ユリウスが口を開く。


 「周辺の水脈で異常な魔力波が検出された。ほとんどは感知できないほどの細い流れだけど……ときおり、何かが“息を吐く”ように強い圧が走るらしい。それを追ってたどり着いたのが、《水の神廟》だった」


 「ただ、場所が場所だからな。規模の大きい調査団を動かすわけにもいかない」

 ヴィクトールが腕を組みながら続ける。


 「だから俺たち三人だけで前線の様子を見に行った。結論から言えば……確かに“何か”がいる。精霊王クラスの存在と見て間違いない」


 「しかもその気配、何かを警戒しているの」

 リリアンが少し声を落とす。


 「たぶん、《霞滅》が動いてる。私たちも、途中で妙な魔力痕を見つけた。破壊の痕跡があった……」


 「……やはり、向かう価値がある」

 アルノアが静かに言った。


 「《霞滅》に先を越されれば、精霊王もろとも“封じられる”可能性すらある。ソーンヴェイルの伝言にも、それを危惧するような意味が込められていた」


 「俺たちも協力するよ」

 ユリウスが力強く言った。


 「学園の時みたいにさ。あの時のチームワーク、今でもちゃんと覚えてる」


 笑顔とともに交わされる視線の中に、戦う覚悟が宿っていた。



「ところで……アグアメリア、ずいぶん雰囲気が変わったな」


 宿の窓から街の様子を見下ろしながら、アルノアがぽつりと呟く。陽が落ちかけた神聖都市の街並みはどこか重苦しく、かつての敬虔さよりも、張り詰めた空気の方が目立っていた。


 「変わったどころじゃないさ」

 ヴィクトールが眉をひそめる。


 「《天眼の司教》と《剣の従者》……あの二人が殺されて、塔の主導権が一気に瓦解した。残された聖堂騎士団も対応に追われてて、完全に後手に回ってる」


 「聖国の信仰の柱だったものが崩れた。今は、誰が神に仕えているのかも曖昧になってるわ」

 リリアンが静かに言う。


 「……《神徒》と呼ばれる民間信者たちが暴走しているの。教えを都合よく解釈して、自警団のようなことを始めてる。異端と決めつけた者を取り囲んで……それが正義だと信じてる」


 「街の治安は……実質的に崩壊状態だ」

 ユリウスの声が低く落ちた。


 「外から来た冒険者も、いつ巻き込まれるかわからない。俺たちも、何度か絡まれたよ。特に精霊術士は“異端”とみなされやすいからな」


 その言葉に、シエラの表情が一瞬固まる。


 「……精霊術を使うだけで?」


 「ええ。ここでは、精霊信仰と“神の意志”を混同してる人が多いの。精霊王級の存在が現れたって噂も、逆に火種になってるわ。“神の試練”だと叫んで騒ぐ者までいるのよ」


 「なるほど……混乱の中に偶像が現れたことで、信仰の崩壊が加速してるわけか」

 リヒターが腕を組み、分析するように言う。


 「一歩間違えば暴動が起きる」

 ユリウスの口調に、確かな危機感が込められていた。


 「だからこそ、俺たちは急ぎ《水の神廟》を調べる必要があるんだ。精霊王が本当に目覚めようとしているなら、今この混乱に飲まれれば取り返しがつかない」


 「……《霞滅》も動いている。奴らが先に干渉すれば、精霊王は“封じられる”可能性が高い」


 アルノアの言葉に、部屋の空気が引き締まった。

 今この国は、信仰と恐怖、秩序と狂気の狭間にある――そんな印象を誰もが抱いていた。


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