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霞滅の密会

闇の狭間に築かれた異空間の会議場。そこは光すら迷う虚無の奥、禍々しき力の渦巻く静寂の空間だった。


黒き玉座の上に座すは、全ての意思を束ねる者――《黒の王》。


 その玉座の隣には、漆黒の衣をまとう無貌の従者が控える。彼が何者なのかを知る者はこの場にはおらず、ただ《王》の命のままに動く者として認識されていた。


「……《第八柱》ソーンヴェイルが裏切った」


 黒の王の鈍く響く声が、円卓に座す影たちの沈黙を切り裂いた。


 八つあるはずの柱席――そのひとつが、今や空になっている。


「“風哭く狩人”は、裏切りと引き換えに命を手放した。裏切り者には、相応の喪失が与えられる」


 玉座の右隣、黒衣の男が一歩前に出る。


「……今ここに集うのは七柱。だがこの構成に、乱れはない」。


「始めよう」


 低く響く黒の王の声に、各幹部が静かに頷く。


その言葉に続いて、包帯で全身を巻いた細身の影――《第四柱》、“無垢なる終焉”スプラグナスがゆるりと立ち上がる。その動きは生気に乏しく、まるで死者が操られているかのようだった。

 

 

「フレスガドル王国の塔は、計画通り第三十層にて干渉。塔内への転位装置の起動に成功し、全勢力を強制的に外部へ排除。“白光の環”を除く攻略勢力の足止めには十分な効果を確認。以降の干渉は中断中」


 スプラグナスが席に戻ると、続いて立ったのは黒衣を纏い、巨大な戦斧を背負った男――《第二柱》、“万象を喰らう灰の主”バルボリス。その声は低く、岩を砕くような重みを帯びていた。


「アグアメリア聖国にて、有力者《天眼の司教》および《剣の従者》の抹殺を完了。塔の主導権は奪われ、攻略体制は崩壊。混乱は拡大中。現地の《神徒》による暴走も確認されており、統制の回復は絶望的」


 彼の報告に対して、王はただ一度、静かに頷いた。


 バルボリスは続ける。


「ボルタジア王国の塔では、“雷の聖天”が現れ、進行に干渉。対応は現地潜伏中の《第六柱》が実施」


 その名を呼ばれた者が、ゆっくりと立ち上がる。


 灰色の鎧に身を包み、銀の仮面をつけた女性――《第六柱》、“歪面の道化”クラヴィカ。


「……干渉は予想より激しかった。雷の聖天によって我らの儀式は一時中断……だが、上位精霊《雷の巫女》からの力の抽出には成功。制御術式により、塔内の電流循環を掌握可能な状態に移行。次段階への準備は整った」


 クラヴィカの声は冷静で、どこか芝居がかった抑揚があった。それが本心か仮面か、他の幹部にも判別できない。


「ただし、精霊核の変質は不安定。強制反転には更なる触媒が必要。次の干渉は、雷の聖天の再出現を想定し、慎重を要する」


 黒の王は目を閉じたまま、その言葉を静かに受け止めた。


「他の塔に関しては、引き続き接触を維持せよ。各地にある精霊の遺跡――特に“水の神廟”と“焔の揺籃”の位置を特定し、力の確保を最優先とする」


「……要約すると」


 スプラグナスが一歩進み、黒の王の前で静かに頭を下げる。


「各国の塔はすでに半数が干渉下にあり、精霊遺跡の掌握も五箇所中二箇所が完了。一箇所は制御段階、残る二つは未発見。…敵側は《白光の環》を除けば動きは散発的。おおよそ、計画は折り返しに差し掛かりました」


 黒の王は無言のまま指を一つ、軽く動かした。


 その瞬間、会議場の空間に六つの光柱が立ち昇り、そのうち三つが赤黒く染まる。


「三つの“鍵”は既に開かれた。残るは三つと、魂の器――“記憶”の解放」


 その言葉に幹部たちはうなずく。


「器は、目覚めつつある。《白光の環》の動向次第で加速するだろう」


 バルボリスが言う。


「奴らは気づいていない。あの少年が、“記憶”の継承者と言うだけでなく"鍵"である事を」


「――記憶を引きずり出せば、器は完成する。そうだろう?」


 クラヴィカの言葉に、黒の王が頷いた。


「その通りだ。いずれ、“神”が還る時、塔はその本来の姿を取り戻す。我らは、それを導く者に過ぎぬ」


 会議の終わりを告げるように、玉座から漆黒の霧が吹き上がる。


「進め。“残響の階層”の解放"、そして……最後の封印を断て。《光の器》が成るその時までに」


 八柱は霧の中へと溶けていった。


 残されたのは、黒の王の冷たい言葉だけ――


「終焉は……もう遠くない」



 夜に染まる森の中、誰にも気づかれぬよう歩を進める影があった。

 黒い外套に身を包んだその男――ソーンヴェイルは、己の脈打つ胸元を押さえる。そこには刻印のような瘢痕が浮かび、淡く赤黒い光を帯びていた。


「……封印符は、まだ動いていないか」


 彼の身体には、かつて自らが設計した精霊核の封印術式と、それを“破壊の呪”に転じるための逆術が埋め込まれていた。

 霞滅が手中に収めた上位精霊たち――その力の抽出と制御を可能にするために、彼は一時、八柱の一角としてその礎を築いた。


 だが今や、彼はそれを壊す者として生きている。


「時間は、そう残されちゃいない。……だが、俺が死ねば、奴らの“力の中枢”は崩れる」


 己が命を代償とする破滅の術――“霊核逆封”は、霞滅が各塔に設置した干渉装置に対し、自動的に暴走を起こすよう仕組まれている。

 各地の霊廟、塔の深部に仕込まれた制御結晶。それらのすべてに彼の“霊格”が認識符として組み込まれており、彼が命を落とした瞬間に、それらは一斉に封印へと反転するのだ。


「俺はただの裏切り者じゃない。俺の死は、奴らにとって“精霊の力”の終わりを意味する」


 枝葉の揺れる音に耳を澄ませ、追手がいないことを確かめる。霞滅は彼の存在を“危険因子”と認識しており、すでにいくつかの暗殺者が放たれていた。

 だが、それでも動く。伝えねばならないことがあるからだ。


 ――“白光の環”。あの名を、彼は風の噂で聞いていた。

 塔の深層に迫り、精霊との対話を果たす者たち。かつての勇者と似た白い魔力を持つ存在。ならばこそ、託さねばならない。

 この呪いの連鎖を断ち切るための鍵を。


「……アルノア。名を持たぬ勇者の記憶に触れし者よ。俺は、お前に賭けてみる」


 手のひらの中、魔術印が淡く輝き始める。術は発動を待っている。

 ソーンヴェイルは空を見上げた。燃え尽きるように短くなった命の炎を抱えながら、それでもなお、世界に対して誓った。


「……せめて、最後くらい……正しく在りたい」


 風が、彼の足音を飲み込んだ。

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