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勇者の御伽噺

破壊神などという存在は、かつて誰もが口にするだけで笑い飛ばすものだった。

御伽噺に出てくる災厄の象徴。子供たちを眠らせるための“怖い話”。

太古の昔起きたその戦いは語り継がれるうちに、英雄譚や昔話の一部となり、やがて人々の記憶からも薄れていった。


だが——今、世界はその“御伽噺”が現実となる兆しを前にしている。


各地の塔に走る異変。

モンスターの異様な進化。

そして“霞滅”と呼ばれる集団の暗躍。

ただの賊ではない。彼らは確かに、かの破壊神の復活を目論んでいる。


その事実が広まり、各国の冒険者、騎士、王族さえもがそれを認めざるを得なくなった時、

誰かが呟いた。


——ああ、あの御伽噺を思い出す。

かつて、世界を飲み込もうとした破壊の神と、それに立ち向かった者たちの物語を。


 ――――――――――――――――


 

 遥かなる昔……

世界がまだ若く、空も大地も、火も水も、命あるものすべてが神々の手の中にあった時代の話だ。


人の文明はまだ芽吹きの時を迎えたばかりであり、精霊たちと神々が共に語り、笑い合っていた。

大地は豊かに実り、風は祝福の調べを運び、水は命の音を奏でていた。

――まさに調和の時代であった。


だが、それは永遠ではなかった。

突如として、世界を蝕む“異なる存在”が現れたのだ。


それは神でも、精霊でもなかった。

善も悪も持たぬ、ただ一つの本能――破壊。


その名は、いまや語り継がれることもない。

いや……語られることを許されなかったのかもしれぬ。

あまりにも禍々しく、あまりにも絶望的だったからだ。

人々はその存在を“破壊神”と呼び、ただ恐れ、祈ることすら忘れるほどに打ちのめされた。


破壊神が目を開いた日、世界は変わった。


彼が一振りの腕を振れば、大地は裂け、山脈が崩れ去った。

咆哮一つで空が割れ、嵐は怒り狂い、雷が意思を持って地を這った。

その歩みの一歩ごとに森は焼け、海は干上がり、精霊の棲む泉は干涸びていった。


神々は立ち上がった。

精霊王たちも、五大の力を携え挑んだ。

だが、そのいずれも、破壊神の前には無力だった。


神の槍も、精霊の大河も、破壊神の前では“ただの現象”に過ぎなかったのだ。

破壊神の意思は、世界そのものに対する否定。

命が芽吹く理そのものを、存在の根幹から否定しようとしていた。


この世に理がある限り、破壊神はそれを打ち砕く。

この世に希望がある限り、破壊神はそれを潰し尽くす。


――それが彼の本質。

滅びそのもの。虚無の化身。


神々は敗れ、精霊は散り、魔族ですらその前に屈服した。

魔王と称された存在がいた。数多の次元と種族を征した恐るべき覇王。

だがその魔王ですら、破壊神の一睨みによって塵と化したという。


そして世界は沈黙した。


光は陰り、夜は満ち、音は消えた。

人々は地下に潜み、息を殺し、破壊の風が過ぎ去るのをただ待った。


世界は終わる――

誰もがそう確信していた。


だが、その絶望の底において、“一人の男”が立ち上がった。


その者の名は、いまや記録には残されていない。

彼が人だったのかすら、定かではない。


だが、人々は彼をこう呼んだ――

勇者ゆうしゃと。


勇者は、神の加護を受けたわけではなかった。

精霊に祝福されたわけでもない。

その瞳には恐れがあり、その身体には傷があり、その心には――希望があった。


 少年のように若く、英雄たちの陰に隠れるようにして生きていた彼は、誰よりも目立たず、誰よりも静かだった。

だが、彼にはひとつだけ、他の者にはない力があった。


それは――「適応の個性」。


傷を受ければ耐性を得、毒を喰らえば抗体を生み、力を感じれば、その構造を取り込み変化する。

あらゆる環境に順応し、生き延びることに特化した、無名の力。

誰もがそれを“地味な才能”と見なし、過小評価していた。


だが、彼の魂は揺るがなかった。

英雄たちが倒れる中で、彼だけは立ち上がり続けた。

そして――ついに、破壊神との最終決戦の時が訪れる。


それは天地がひっくり返るような、歴史の書にも記せぬ戦いだった。

すべてが終わりを迎えるかに見えたその瞬間。

破壊神の濁流のような魔力が彼を飲み込もうとした時――


彼の“適応”は、破壊そのものへと進化した。


勇者の肉体は変化し、魔力は変質した。

彼は破壊神の力に順応し、同化し、その魔力を吸収したのだ。

そしてその身は、破壊の暴威に耐える唯一の“器”となった。


神を喰らう者――

人ならざる存在となった勇者は、遂に破壊神を打ち砕いた。


だがその代償は、あまりにも大きかった。

破壊の力はあまりにも濃く、深く、苛烈だった。

彼はその力を完全に制御することができず、封印を施した瞬間――


己の命と魂を燃やし尽くし、世界のどこにもいない存在となった。


人々はその姿を最後に見ていない。

だが世界には、確かに“静寂”が訪れた。


彼の名は歴史から消えた。

けれども彼の行いは、確かに語り継がれた。


「かつて、世界を救った無名の勇者がいた」――と。


彼は、壊された世界を知っていた。

滅びを前にして、それでも尚、守りたいものがあった。


彼の剣は、世界に届くほど長くもなければ、神々の雷を宿したわけでもない。

だが、彼の剣は、たしかに破壊神に届いた。


原罪伝承は残されていない。

だが、ただ一つ――


「その戦いの末、破壊神は封じられた」とだけ、御伽噺に語り継がれている。


封印が何によって為されたのかは、もはや分からない。

勇者の命を代償にしたのかもしれない。

あるいは、勇者は破壊神と共に消えたのかもしれない。


その後、世界は再び息を吹き返した。

精霊たちは蘇り、人々は地上に戻り、神々もまた世界に干渉することを控えた。


だが、誰もが知っていた。


破壊神は、滅んだのではない。

ただ、眠りについただけだと。


しかしそれももう忘れ去られたのかもしれない。


それは確実に来たる。

眠りが、再び揺らぐときが。

その気配を、風が囁き、大地が震え、水がたゆたう。


勇者の血を引く者よ。

あるいは、かの光を受け継ぐ者たちよ。


再び、世界は――その運命を、試されるだろう。


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