古の力
塔第30階層。そこは他のどの階層とも異なる、静寂と狂気が同居する空間だった。
白光の環、アストラル・ガード、蒼波の羅針盤──三つの勢力がそれぞれ探索を開始する。
地形は巨大な遺跡のような構造で、天井が高く、所々に浮遊する岩と、消えかけた光が漂っている。
「……この空気、まるで時間が止まってるみたいだ」
シエラが警戒するように辺りを見渡す。
アリシアは目を細めながら呟く。「精霊の気配が極端に弱い。代わりに、何か……沈んだ力を感じるわ」
調査の末、アルノアたちは朽ちた石の祭壇に辿り着く。そこには、黒く脈動する“魔核”──まるで“黒い心臓”のような物体があった。
⸻
祭壇の空気は異様だった。
ひとたび核の前に立つと、空気が一変するのを、誰もが感じた。
精霊たちはざわめき、次の瞬間には言葉にならぬ恐怖で震え、姿を消していく。
風の流れが止まり、ダンジョンの奥深くに潜んでいた冷気だけが、無音の中でアルノアたちを包んだ。
「これは……ただの魔核じゃない」
リヒターの声がかすかに震えていた。
「魂を……吸う……いや、“何かを呼ぶ”力がある」
誰もがその存在に触れてはいけないと直感していた。
けれど、アルノアの足は自然と前に出ていた。
“呼ばれている”──そんな感覚だった。
核は、黒曜石のように深い闇の色をたたえていたが、中心には微かに、金と白が混じり合ったような光が脈打っていた。
アルノアが手を伸ばした瞬間、空間が軋んだ。
触れたその時、まばゆい閃光が爆ぜるように広がり、視界は一面の白に染まった。
──感覚が、浮遊する。
アルノアの心は、肉体を離れ、どこまでも遠くへ──時の彼方へと引きずり込まれていった。
* * *
視界が戻った時、そこは現実ではなかった。
白い大地が果てなく広がる世界。
空は裂け、燃えるように赤黒くゆがんでいる。
雷が奔り、地は割れ、天から降り注ぐ“何か”がこの世の理を壊し続けていた。
そして、その中心に立つ、一人の少年。
白金の魔力を纏い、ただ黙って、天を見上げている。
その姿を見た瞬間──アルノアの心に、痛みが走った。
「俺……?」
いや、違う。
“かつて勇者だった誰か”──あるいは、そこに繋がる何者か。
記憶の奥に、確かにその存在はあった。
「お前は、選ばれし器……」
誰かの声が、空から響いてくる。
「封印の代償に、記録を失った者」
「目覚めよ。継承者。再び“選択の時”が来る」
その言葉が告げられた瞬間、アルノアの心臓が大きく脈動した。
次の瞬間、白金の魔力がその身を駆け巡る。
その光は暴力的なまでに純粋で、美しく、けれど破滅の予兆すら帯びていた。
息が詰まり、意識が焼き切れそうになりながらも、アルノアはその力を受け入れた。
──そうだ。
俺は、この力を──この記憶を、ずっとどこかで知っていた。
“何か”が起きて、忘れたふりをしていただけだった。
それは、世界を救う力でもあり、滅ぼす力でもある。
誰かに与えられたものではない。
自分が、選んだのだ。
そして今、再び──選ばれようとしている。
* * *
アルノアの意識が現実へと戻った時、彼の瞳は白金に染まっていた。
その輝きに、リヒターもシエラも、一瞬息を飲む。
アルノアは静かに息を吸った。
今、自分の中で、何かがはっきりと目覚めた。
この力は恐ろしい。けれど、避けて通ることはもうできない。
「……選ばれたのは、俺だったんだ」
そう呟くアルノアの言葉に、誰も口を挟むことはなかった。
⸻
アルノアは目を開けた。瞬間、強い光を感じる。目の前が白くなり、まるで自分が深い闇の中から引き出されたかのような感覚に包まれる。その闇が徐々に晴れ、彼の身体に再び意識が宿る。心臓の鼓動が激しくなり、脳内が熱で満たされる。
「これは…?」
アルノアはしばらく自分の手を見つめていた。その手をかざすと、まるで自然の摂理のように魔力が集まり、白く輝く炎が浮かび上がった。その炎は、どこか心地よく、温かい感覚を伴いながらも、以前の白魔力とは一線を画する強大な力を感じさせる。
「……これは、……かつて勇者の力……?」
呆然としたような、驚きと疑念が交錯する思考がアルノアを包み込む。この力は、彼が記憶の中でしか聞いたことがない、古代の勇者たちが持っていたという伝説の魔力。白魔力とは異なり、もっと根源的で原初的な力。それが今、彼の身体に宿っている。目を閉じてその力を感じながら、アルノアは自分が一体どこまで来てしまったのかを思い知らされる。
その時、静寂を破るようにシエラの声が響く。
「アルノア、大丈夫……?」
シエラが心配そうに声をかけてきた。その声には、不安とともにアルノアを支えようという思いが込められている。アルノアはその声を聞き、ゆっくりと頷いた。
「ああ……でも、これからが本番だ」
アルノアの声には、力強さと覚悟が滲み出ていた。新たに目覚めた力を前にして、彼の表情は真剣そのもので、何かを決意したようだった。
その時、突然、遺構全体が震え始めた。大地が揺れ、天井の崩れる音が響き渡る。アルノアは驚き、足を踏ん張って立ち上がった。シエラも同様に身構え、周囲を警戒する。
「何だ、これは……!」
アルノアの言葉がまだ響くか響かないかのうちに、黒い核が砕け散る音が轟く。その音と同時に、目の前の空間が歪み、暗闇から何かが現れる。黒い霧のようなものが広がり、その中から現れたのは、古代の守護者。
その姿は恐ろしいほどに大きく、凄まじい魔力を放っていた。カラド・メギアはまさに伝説の存在であり、古の時代からこの地を守ってきた守護者であった。アルノアはその圧倒的な威圧感に背筋が凍るような思いを感じるが、それでも一歩前に踏み出した。
「……これは、試練か」
アルノアの目に宿った光は、かつてないほどの強さを感じさせる。シエラもリヒターも、アルノアの背後でその変化を感じ取った。彼の持つ新たな力が、これからの戦いにどれほど重要な役割を果たすのかを確信するように見つめていた。
カラド・メギアはその巨大な体を揺らしながら、アルノアたちに向けて低い声で語りかけてきた。
「白き力……それを持つ者よ。お前がその力を使う時が来たのだ。だが、それには試練を乗り越えねばならぬ。」
その言葉に、アルノアは一瞬の間を置いてから、しっかりと答えた。
「試練だろうと何だろうと、俺は進むべき道を行く。ただ、破壊神を倒すために。」
その言葉を聞いたカラド・メギアは、鋭い目でアルノアを見つめると、静かに頷いた。
「ならば、その覚悟を試させてもらおう。だが、覚えておけ。お前の力がまだ完全でない限り、破壊神に立ち向かうことは不可能だ。」
カラド・メギアの言葉が響く中、アルノアはその力強い意志で立ち向かう覚悟を決めた。これから始まる戦いは、ただの試練にとどまらず、彼が破壊神に立ち向かうための第一歩となるのだ。
そして、試練が始まる――。




