フレスガドルの塔へ
ランドレウス王宮での謁見を終えた後、アルノアたちは王都を出発し、再びフレスガドルへと戻った。
そこで彼らは正式にパーティを結成し、名前を『白光の環』と定めた。
「白き光は希望を、環は繋がりを──」
そう語ったのはシエラだった。
破壊神に抗い、世界の希望を繋ぎ、守るための存在として、彼ら自身が誓い合った名だった。
ギルド本部へ戻ると、すでに各地からさらに詳しい報告が寄せられていた。
霞滅の活動は、単なる目撃情報にとどまらず、明確な「侵食」と呼べるレベルになりつつあった。
いくつかの小規模なダンジョンが制圧され、精霊の力を抽出しようとする痕跡が見つかっていたのだ。
ギルドマスターは重く口を開いた。
「……もはや、事態は待ったなしだ。
今や霞滅は各地で同時多発的に動き出している。
アルノア、お前たち『白光の環』には、フレスガドルの塔に向かってほしい。
あそこは今、未踏破階層の調査が急がれている。
お前たちが行く意義は充分にある」
ギルド側も、フレスガドルの塔に対する警戒を強めていた。
かつてはただのダンジョンのひとつに過ぎなかったその塔が、最近では異様な「変調」を見せているという。
塔の内部で、未知の力が活性化している。
そしてそれは、破壊神に繋がる「何か」の兆し──
かつてエーミラティスが言った言葉を、アルノアは思い出していた。
(昔は塔など存在しなかった……)
「つまり……あの塔そのものが“破壊神の影響”によって作られた可能性があるってことか」
「あり得る」
リヒターが真剣な顔でうなずいた。
「だからこそ、まず俺たちで踏み込まなきゃならない。
誰かが先に手を出したら、取り返しがつかないかもしれない」
シエラもまた静かに頷く。
アリシアも同行を申し出ており、白光の環の最初の行動は四人での任務となった。
ギルドマスターは最後に言った。
「……これは命令ではない。
あくまで、お前たちの意志で決めろ。
塔へ行くかどうか、そして戦うかどうか」
だが、アルノアは迷わなかった。
彼は自分の中にある「白き魔力」の存在と、それに宿るエーミラティスの意志を感じていた。
「行きます」
静かだが、芯の通った声だった。
「この世界を、渡さないために」
シエラ、リヒター、そしてアリシアもそれに続く。
こうして、白光の環の最初の使命──フレスガドルの塔・未踏破階層攻略が始まった。
塔へ向かう道すがら、アルノアたちは改めて絆を深めながら、これから訪れる戦いに心を研ぎ澄ませていった。
塔の奥には、霞滅の罠か、それとも破壊神そのものの残滓か。
⸻
塔へと続く緩やかな丘陵地帯。空は少し曇っていて、冷たい風が吹いている。
馬車の車輪が土を蹴る音だけがしばらく響いていたが、ふとアリシアが口を開いた。
「……それにしても、不思議な感じよね。」
馬車の隅に腰かけながら、アリシアがぼんやりと前方を見つめていた。
「何がだ?」
リヒターが腕を組みながら問うと、アリシアは軽く微笑んだ。
「こうしてアルノアまたと一緒に戦うことになるなんて。あなた、まだまだ発展途上だったじゃない。」
「まあ、否定はできないかもな。」
アルノアは苦笑しながら答える。シエラも珍しく小さく笑った。
「でも……変わったわよ、アルノアは。」
シエラの声は静かだったが、どこかあたたかかった。リヒターがからかうように肩をすくめる。
「変わりすぎだろ。白い魔力とか、塔の謎とか、精霊とか……今じゃ俺らもついていくのがやっとだぜ。」
「私も驚いたわ。あの時のランドレウス代表戦でも、まだ片鱗しか見せてなかったんだもの。」
アリシアが柔らかい声で言うと、アルノアは少しだけ視線を落とした。
「……変わった、というより、変わらなきゃいけなかったんだと思う。」
馬車が小さな段差を乗り越え、揺れた。
アルノアは拳を握ったまま、ぽつりと言葉を続けた。
「目の前で、誰かが消えていくのを見たくなかったから。」
重い沈黙が一瞬だけ流れる。けれど、それを破ったのは、アリシアの柔らかい笑みだった。
「――なら、私も手伝うわ。あなたが守りたいものを、守るために。」
リヒターもニヤリと笑い、拳を軽く打ち鳴らす。
「今さら止まるつもりもねえしな。塔の真実だろ? ぶっ壊してやろうぜ。」
「……私も。」
シエラも、小さく、しかしはっきりとした声で言った。
風が彼女たちの言葉をさらって、どこか遠くへ運んでいく。
白光の環――。
この奇妙な縁で繋がった小さなパーティは、世界を揺るがす大きな戦いに向かって進んでいた。
⸻
塔に到着した。
流石に巨大ダンジョンなだけあり、多くの冒険者が行き来している。
中に入ると、塔の内部は異様だった。
通常のダンジョンのような迷宮ではなく、異なる世界が階層ごとに広がっていた。
1層目は、まるで空中都市のような浮遊する遺跡。
崩れかけた建物が宙に浮かび、光の粒子が常に舞っている幻想的な空間だった。
しかし美しいだけではない。
現れた魔物たちは、これまでの塔の魔物とは比較にならないほど強い。
シエラの精霊魔法、リヒターの嵐、アリシアの大地の剣──
それぞれが全力で戦わなければならないレベルの敵が、群れを成して襲い掛かってくる。
アルノアも、エーミラティスの力を部分的に開放しながら応戦するが、いきなり全力を出すわけにもいかない。
この塔の上層には、霞滅の幹部が待ち受けているかもしれないのだから。
──そして、戦いながら彼らはすぐに気づく。
「この塔……生きてるみたいだ。」
アリシアが呟く。
確かに、塔の気配がただの人工物ではない。
むしろ巨大な意志を持った存在が彼らを試しているような、そんな感覚があった。
エーミラティスも「……この塔、破壊神の器の一部かもしれん」と厳しい声で言う。
塔そのものが”破壊神復活のための触媒”となる可能性。
ただの探索では済まない戦いが、これから待っていることを確信する。




