白き戦神の冒険譚
2025年10月からこの小説を改稿中
黒龍が咆哮した瞬間、世界が軋んだ。
空間そのものが悲鳴を上げるような音が遺跡の奥に響き、
砕けた石柱が飛び散る。大地は震え、天井の紋章が亀裂を走らせて崩れ落ちた。
灰と砂塵の中に立つアルノア・グレイは、
その光景をただ見つめることしかできなかった。
熱風が頬を裂き、息をするたびに血と鉄の匂いが喉を焦がす。
それでも彼の瞳は、黒龍の双眸を離さない。
「……これが、神の災厄か。」
声が震える。恐怖ではない。
身体の奥で、何かが蠢くのを感じていた。
遺跡の床に刻まれた紋が淡く光り、彼の手に握られた大鎌が低く唸る。
その刹那、白い光が全てを包み込んだ。
眩しさと共に、空気の振動が直接頭の中に流れ込む。
「……聞こえるか、アルノア・グレイ。」
声は静かに、だが抗いがたい力で響いた。
「我が名は戦の神エーミラティス。よろしくな、主。」
崩れ落ちる石の音が遠のいていく中、
少年の瞳に宿るのは、恐怖ではなく――覚醒の光だった。
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ここは魔法が息づく世界。
魔物の素材が生活の基盤を成し、人々は生まれながらにして一つ以上の魔法属性を持つ。
さらに、“スキル”と呼ばれる後天的な力を得る者も珍しくない。
ランドレウス王国――その中の学園都市の一角に、
白髪と蒼い瞳を持つ少年、アルノア・グレイがいた。
学生であり、同時に冒険者でもある彼は、今日も幼なじみたちと共に冒険者ギルドへ足を運んでいた。
「アルノアさん、ロイさん。おはようございます。今日も鍛錬ですか?」
受付嬢が笑顔で声をかける。
「ああ。」
「そうだぜ!最近、手頃な依頼がなくてな!」
ロイが快活に笑う。
「お前らA級とB級のパーティに都合のいい依頼なんて、そうそう転がってねぇよ。」
カウンター奥から、ギルドマスターがため息交じりに言った。
ロイは腕を組みながら苦笑する。
「ランクが上がるのも考えものだな。俺たち、SS級なんて目指してねぇのに。」
アルノアは小さく笑った。
だが、その笑みの裏に、わずかな影が差していた。
遠くから囁く声が聞こえる。
「……あいつがB級とはな。」
「ほんとだぜ。」
(俺が足を引っ張ってる――そう思ってるんだろうな)
アルノアは誰にも聞こえないほどの声でつぶやいた。
幼なじみたちは五人。
ロイ、サーシャ、カイン、エマ、そしてアルノア。
幼いころから共に育ち、学園ではパーティを組み、
その実力から“最強の幼なじみパーティ”と呼ばれていた。
だが、いつしかそんな噂が立つ。
――その中に、凡人が一人混ざっている、と。
ロイは火魔法と武術に優れたA級冒険者。
サーシャは水魔法とそれを応用した回復魔法の天才。
カインとエマもB級上位の実力を誇る。
一方、アルノアは――全属性を扱える代わりに、どれも中途半端。
攻撃も補助も器用貧乏。決して突出した力を持たない。
学園の模擬戦では、その差が顕著だった。
「アルノアって足引っ張ってね?」
観客席からの囁きが耳に刺さる。
必死に否定したかったが、結果がそれを許さなかった。
魔法は敵に通じず、最後の一撃を決めたのはロイとサーシャ。
以降、アルノアは“おこぼれのB級”と囁かれるようになった。
それでも彼は仲間と共に戦い続けた。
「今日は卒業の日だし、鍛錬も早めに切り上げるか。」
「そうだな。」
ロイと共に森へ向かう。
アルノアの手には、白銀に輝く大鎌――祖父から受け継いだ“宝具”が握られていた。
宝具とは、魔力に反応し、持ち主の力を引き出す神秘の武具。
高位のものは“神の恩恵”を宿すとも言われるが、その生成過程は未だ謎に包まれている。
アルノアがこの鎌に触れたとき、微かな光が走った。
それ以来、彼の魔力にのみ反応するようになったのだ。
だがその力は、未だ未知のまま。
周囲からは「宝具に頼ってる」と陰口を叩かれることも多い。
(この力が本物なら……俺は、あの噂を覆せるだろうか)
そんな思いを胸に、彼はロイと共に森の奥深くへと足を踏み入れた。
背の高い木々が太陽を遮り、淡い薄闇が地表を覆う。
風が木々の間を抜けるたび、影が生き物のように蠢く。
ギルドからの依頼は、この森に現れる魔獣“ブルーウルフ”の討伐だった。
「アルノア、油断するな。こいつら、群れで動くかもしれねぇ。」
ロイが火の剣を構えながら言う。
「わかってる。でも、一匹だけなら、俺でも――」
その時、低く唸る音が響いた。
二人の視線の先、木陰から現れたのは、青緑の体毛を持つ巨大な狼。
その双眸がぎらりと光り、空気が一変した。
「来るぞ!」
咆哮と共に、ブルーウルフが跳躍。
ロイが即座に右手を掲げると、炎が迸った。
「燃え上がれ!」
火花が弾け、熱気が森を染める。
炎は確かに狼の前脚を捉えたが、ブルーウルフは怯むことなく突進を続けた。
「くそっ、強化個体か!」
ロイが後退する。火の魔法でも貫けない毛皮――魔法耐性のある個体だ。
「ロイ、下がって! 今度は俺が!」
アルノアは大鎌を構え、風の魔力を纏わせる。
疾風のごとく前進し、一閃――。
だが、狼は俊敏に身を翻し、攻撃をかわした。
「くっ……速い!」
バランスを崩したアルノアに、鋭い爪が迫る。
「アルノア、避けろ!」
ロイが叫び、渾身の蹴りを繰り出す。
炎を纏った足が狼の側面を撃ち抜き、爆炎が木々を揺らした。
「今だ、アルノア!」
その叫びに呼応するように、アルノアは大鎌を振り上げた。
全身の魔力を刃に注ぎ込む。
風が唸り、光が走る。
「うおおおおおお!」
閃光の一撃が狼の首筋を切り裂き、血飛沫が舞った。
ブルーウルフは苦鳴を上げ、地に伏した。
静寂。
風が、再び森を撫でる音だけが残る。
アルノアは肩で息をしながら大鎌を突き立てた。
ロイが彼の肩を叩き、笑みを浮かべる。
「やったじゃねぇか、アルノア。あいつは風属性が弱点だったな。やっぱり頼りになるぜ。」
「……ありがとう。でも、まだまだだよ。俺一人じゃ倒せなかった。」
「焦るな。お前は確実に強くなってるさ。俺たちがいる限り、何があっても乗り越えられる。」
ロイの言葉に、アルノアは小さく頷いた。
だがその時、彼の手に伝わる違和感――。
(……ん? 今、光った?)
白い大鎌の刃が、かすかに光を放っていた。
それは、誰にも気づかれぬほど微かな輝き。
けれど確かに、“何か”が呼び覚まされようとしていた。
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アルノアがこの森で見た光。
それが、後に黒龍と相対する“覚醒”の始まりになることを、
彼はまだ知らなかった。
はじめまして!
ここから物語が始まっていきます!
より良い物語にできるよう頑張ります!




