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ピンとして張力




  キーンコーンカーンコーン......


「...ハイ、えー授業始めます」

 安っぽいチャイムが鳴り終えるのを待ち、彼は途端に話し始める。



 ...知らない先生だ。



「エー普段はね、3年生の物理を担当してるので、皆さんワタシの事知らないと思うんですが...」

「エー、サンタと申します」


 先生のそれに合わせて、皆がまばらに頭を下げる。そして俺たちが下げた頭を戻すより早く、彼は話を再開する。


「マー早速ね、授業...に入りたいんですが──」



 ...新入生歓迎会が終わったら、そのまま帰らせてくれ。

 何度も言うが、イベント後に授業をねじ込むのはやめて欲しい──




「──その前にね、ワタシの授業における『禁止ワード』を定めます」



「「!!?」」

 予想だにしない言葉に、クラス一同が驚愕した。



 サンタTはそれを余所目に黒板に向かい、板上で滑らかにチョークを運ぶ。


『魔素』『魔力』『魔法』の三単語が、やけに小綺麗な文字で書かれた。



「エー皆さん、これ読める?...言える?」


「「......ま...」」


「言うなよー!?口に出すなよー?」


「「!?!?」」

 ...お前が誘導したんだろ!?



「エーこれらの単語を、ワタシの前では絶対に使ってはいけません!」


「「ええ...w」」「「やば」」

 なんかヤバイ先生だぞ、と周りが静かにざわめく。



「マーこういうとね、何で?って思うでしょ?...じゃあ何でかっていうと──」


 ...教室に緊張が走る。



「──ワタシが嫌いだから!!!」


「「...!?!?!?」」



 ...彼は説明を続ける。


「なんでもかんでもすーぐ魔法魔法言う人があ...もうワタシ大っ嫌いなんですよ!」


「アノー、ワタシが聞かれたわけじゃないんですけどね...以前〜別の先生に『先生!虚数って魔素みたいなモンっすね』とか言ってる生徒を見かけてねー」



「こいつ、アホかあ!?と」

 いきなり語調を荒らげるサンタに、皆は引き笑いを浮かべる。



「...魔素なんかと同じにしないで欲しいですね、ホントにね」


「あのねえ皆さんそもそも、この単語に共通している『魔』ってどういう意味か知ってます!?」



「「何か、邪悪、とか...」」


「「悪い?的な...」」


「マーそうだね、なんとなくイメージとしては分かるよね?悪いとか、不思議とか...」



「んじゃあ何でそんな文字が当てられてるの?何が悪いの?って」


 ...確かに、言われてみればそうだ。


 この世界にありふれている物、そして俺たちの体にあるものに、そんなマイナスの言葉を使うなんて...



「それはねー...」



「学者にとって都合が『悪い』から!!」


「「!!!??」」


 ビシィッと、彼は一際語調を強めて言い放つ。



「こいつらはねー、既存の化学とか物理じゃあどうやっても説明つかないのー!」


「だからもう『そういうのがある事にしよう』つって学者がブチギレて作った用語なワ、ケ」



「「そうなんだ...」」「「ホントかよw」」


「そうそう...だからほら、『魔』の中に『鬼』って文字入ってるでしょー?」

「こーれ学者キレてんの!!!」

 そう言い、先生が指で角を模してみせると、どっと緩和の笑いが起きた。



 また教室が落ち着いた頃に、彼は静かに口を開く。


「エーはい、そういうわけなのでね...」

「今後ワタシの授業においては、それらについて一切考えません」



「...皆覚えといてねー」

「この世を真に支配してるのは、魔法じゃなくて物理ですから──」



 ─

 ──

 ───


「ッハハハハハ!!」


「癖つええって!」

 授業が終わり下校の時間となり教室は早速、例の先生の話で持ち切りとなる。



「でもこれ6時間目なのいいわー」


「眠くはならんね」

 初対面、初授業にして、もう生徒の心を掴んだようだ。



「...よっ」

 俺は喧騒の教室の中、荷物を纏めるリントを呼びかける。


「あ、ヒールっ」


「帰る?」


「うん!」

 いつもそう。彼女は学校終わりすぐに帰る。



 キツイ門限があるからだ。


「じゃ帰ろうぜ」


「おっけ!ちょっと待ってね」

 そう言って急いで荷を揃える。



「...よし、行こ!」

 パッパと彼女は席を立ち、並んで教室を後にした。


 テクテクテク...


 ───

 ──

 ─


「──なに見てんの?ダイキ、廊下なんか」


「あ?」


「廊下に誰かいる?」


「...ボッとしてただけ」


「ああそうw」「てかダイキ、今日またヒールに脱がされたらしいな!」



「...」


「お前それ、2組の女子に見られてたらしいぞw」


「...ケッ」

「オレの鍛えた肉体美を、後輩に見せつけただけだッ」



「うっわキモw」「まじヒール頭おかしいよな」「俺とかこの前、ムノーの事マジちょっと悪く言っただけで脱がされたしw」



「...お前その、ムノーってのは」


「いや分かるでしょ」「何とは...言わんけどw」「ヒール様に守られてるヤツな」



「...ああ....」

「...チッ」


  ガタッ...!



「ああ、どこ行くのーw」「普通に部活だろ」「もう引退したんじゃないの?」



「...」


「──てかさ、この間さ!」「あ、その店行きたかったんだ!」「今度行こうぜ」



「...つまんねえ」



 

 ─

 ──

 ───


 テクテクテク...



「──結局逃げきれなくて、雪で全身を押し潰されちゃってっ」

「すうごい現実味のある夢だったなあ」



「痛かった?」


「ううん...覚えてない」


「そ」


「...♩」


 静かな鼻歌を流す彼女の横で、町の小川が走っている

 チロチロと流れる水の伴奏が、彼女の演奏を支えていた。



 俺たちは2人だけで、帰りの道を進んでいく。

 ずっとじゃない。途中でお互いの道へと別れる。



「...なあ」


「なあに?」

 俺の呼びかけに、彼女が首を傾げて応える。



「お前、卒業したら戦士目指すんだよな?」


「え?」

「あ、うん」



「大丈夫なのか?入隊試験」


「あはは...ううん、どうだろうね」

 彼女は自信なさげに答える。

「でもとりあえず、受けてみるつもりだよ」



「落ちたら?」


「落ちたらあ...」

「...一年間、()()()()かな」



「は」

「また受けるのか?一年待って」



「そうだね」


「受かるまで?」


「そのつもり!」

「親には了承してもらってるからっ」



「...限度があるはずだ」

「金銭的というより、魔力のピークがな」



「...!」



 ...戦争において、魔力が至極重要である事は言うまでも無い。


 その魔力を体に保存しておける量には、年齢も関わってくる。


 体内に保有できる魔力量のピークは、肉体的なピークより早く訪れて...そして急速に衰えていく。




 ──戦争は、若者によって行われている──



「...受かるまで、なんて無理だろう?」

「ピークを過ぎれば...魔力がなきゃ話にならない」

「余程特別な魔法でもなければ」



 時間は、無限ではない。



「んん...」

 彼女は悩ましく口をもごつかせる。



「...でも、なりたいんだ」


「わからねえな」

「お前はせっかく、安全な上層で生まれたんだろう」

「...金か、正義感か?」



「どうだろう」

「僕自身が納得するため...かな」



「戦士にならなきゃ、納得できない?」


「うん」

「自分の気持ちに折り合いをつけるためにも...ひとまずは戦士になりたいんだ」



「...?」


 折り合いだの、()()()()だの、引っかかる言葉が見られたが。


 

「なりたいんだよ、どうしても」



「...」

 俺はひとまずこう言うしかなかった。

「虐められても?」



「むっ」

 彼女の耳がピクリと跳ねる。



 川水が石に引っかかりドプリと跳ねる。




 ...魔法ランキングで下位の者の中でも、リントは特に謗りの標的にされている。



 その一因としては、彼女が戦士を目指している事。

 傍目に見て無相応な夢を宣言しているところが、


 『こいつは自信を持って馬鹿にできる』


 そう判定されてしまっているのではないか。



 ...事実、彼女の魔法についての悪評は、しばしば彼女の目標と繋げて嗤われる。



「今日だって...入学したての、初対面のヤツにも言われたんだろう?」


「え、なんで知ってるの」


「聞いた(見た)から」

 

「ふうん」

 彼女はあまり気にしている様子ではなかった。



「俺はそうは思わないけど...お前の魔法は使えないとか無意味だとか、言われたい放題じゃないか」


 彼女の魔法は、本来目には見えない非実的な存在である魔素を見ることができる魔法。



「そんなに馬鹿にされてでも、目指したいものなのか」



「あはは」

 ...彼女は俺の言葉を笑って返した。

「周りに言われる分には、全然問題ないかなっ」



「へえ、強いな」

 俺には難しい事だ。



 どうしても、人の目を気にしてしまうから。



 テマリのギルドで、受付の女に啖呵を切った時といい、リントの心の強さには驚かされる───



「──強いっていうか、さ」





「どうでもいい人に、何を言われても、どうでもいいよねっ」



 彼女は、微笑みを崩さずそう言った。


「......」

「...ん?」


 

 それはおおよそ俺が、彼女の人格から予想していた言葉ではなかった。



 右折する川が脇道を削る。


「...」

 俺が呆気にとられて黙っていると、彼女が代わりに口を開く。



「思うにね、この世に無意味なことなんて無いと思うんだっ」


「...そりゃなんで」


「昔...ある男性がね、植物で実験をしてたんだ」

 問う俺に、彼女が語り出す。



「同じ植物でも、色や形が違うもの同士を交配させてね、どんな子種が生まれるか観察したんだ」

「そしたらね、子が親の特性を引き継ぐのはもちろんのこと...両親の特性のうち、引き継ぎやすい色や形があることも分かったんだ」



「優性とか、劣性遺伝の話?」


「そう!まさに彼は遺伝の法則について研究してたんだ」

 彼女はピンと指を立てる。



「...でもね、その研究が評価されたのは、彼が亡くなった後なんだ」

「死後数十年経って、遺伝子の研究が進んでようやく、彼の功績が認められた...」



「...嫌な話だな」


「うん...彼の論文は、当時じゃ無意味なものと思われてたんだ」


 彼女は顔をクイと上げる。



「だから、だよ!」

「何が無意味かどうかなんて、()判断することはできないんだ!」

「どんな事にだって、遥か未来から見たら意味があるんだよ!!」


 彼女は堂々と言い放った。


 ビルから顔を出した陽が小川を照らす。

 


「...お前の魔法が、戦争で役に立つと?」



「うんっ!」

「きっと、意味を見出してみせるさ」



「そう」

「...応援してるよ」



「へへっ、ありがとー」

 リントはヘヘンと頬を緩めた。



 ...大きなる川は、やがての道で2つに別れる。

 片やは細くまっすぐに続き、片や半弧を描き逸れていく。



「じゃ」「じゃあねっ」

 俺はそのままに直進し、リントへ浅い別れを告げた。



 ...まるで、さやわかに会話は終わったように思えた。少なくとも、その時の俺には。



 リントと話して抱いた違和感。

 それをもっと、大事にするべきだったのだろうか。


 

 小さな魚が川底から跳び上がる。

 鱗は日の光をめいいっぱい受けて、銀々爛々と輝く。

 眩く瞬く、命の躍動。



 鳥が水面を掠めて奪い去る。




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