凪の夕浜 その①
...長いトンネルを抜け、日の光が差す地へと辿り着く。
息を呑む冬景色は見られない。代わりに見せられたのは異様な光景...舞台をズラリと取り巻く人々が、皆動きなく眠っている。
夢の中で試合の最中なのだろう。
人がいるのに、人気を感じない。まるで時が凍てついたように見えた。
ちょっとした鳥のさえずりと、寒気立つ風を他にしては...ここに一切の音は無い。
コン、コンッ...
僕は冷えたる石の段を上がる。この場内に1つ、音が増える...
コンッ...
「...」
ヒールの言う通り。ダイキとサヤカが、僕らの席の近くに座っていた。
ヒールはまだ、医務室から戻ってないようだ。
僕は周りの人を起こさぬように、音なく自分の席につく。それから周りに合わせて目をつむる。
もっとも今更そうしたところで...あの煙がなければ、夢への途中参加はできないのだが。
「...」
僕がそうしたのは、考えるためだ。
ごちゃごちゃと、散らかしてしまった...自分の頭を整理する...
......
...
フワッ...
「!」
一筋の風が流れると共に、会場に生気が舞い戻る。
「...おっ」
「リントっ!」
目を覚ましたダイキが僕に気づく。
「あ、おつかれ〜」
サヤカも早くも気がついて、手をこちらに向けてプラプラと揺らす。
「うんっ」
僕は小さな笑顔で返しを行う。
「よく勝ったな〜おまえ」
「まあ、なんとかね...」
「うん、スカッとしたよ!」
「私を殺したアイツもビビってたしw」
「あっ」
喉でつっかかり、言葉が出なくなる。
「え?」
「...いや、なんでも」
「???」
「なんだよw」
「...ところでヒールは?」
「あっ」
喉でつっかかり、言葉が出なくな──
「──何だよさっきから!!?」
流石にダイキに突っ込まれる。
「...ええっと」
ほんの僅かに僕は、目を逸らしてしまう。
2人がそれに気づいたかは不明だが、僕はすぐさま目線を元に戻し...
「ヒールはトイレに寄ってったよ」
「ああ、そうっ」
「...」
...事実に反する嘘を選んだ。
あの人が僕を殴ろうとして、結果ヒールに怪我をさせたこと...彼のために、それは秘密とするべきであろうと。僕はそう、判断をしたのだ。
「...」
あるいは保身のためなのか?
事の始終を語れば露見する...彼には同情できる動機が、そして僕には確かな非が有ると。
温いこの勝利の雰囲気を...壊してしまうのを恐れたのか?
...きっと、そうなんだろう。
僕は自分のことを、決して善人とは思っていない。けれど悪人にもなりきれない。
僕はどっちにも、振り切れない。
だから今、こんな悩みを抱えているんだろ──
───
──
─
『試験は、これで終了です』
『混雑を避け、退出してください』
無機質な、毎度の声で...試験の終わりが告げられる。
「「おわった〜」」
「「疲れた〜」」
ぐいい〜っ...
口を合わせたかのように、みんなで体をいっぱいに伸ばす。それから荷物をまとめだし、よいしょと出口に向かうのだ。
「あ、オレ荷物、元の席に取り行かね〜と」
「私も〜」
ダイキとサヤカはそう言い席を立ち、
「じゃなっ!」
「じゃっ」
「じゃ」
「じゃあねっ...」
背を向け陽気に去っていく。
「ふ〜っ...」
俺は1つ大きく息をついて、顔を上げ本物の空を見る。
夕日に焼けた、良い空だった。冬の暮れ時は早いものだ。
空を覆う暖色の光と、服の隙間に入る肌寒い空気が、全くしゃくに障る対比となっていた。
「...よし」
「帰ろっ、リント」
そう言って、横のリントを見つめた。
「...そうだね」
いつもと比べ、はるかに小さな声が返ってくる...どうにも元気がないようだ。
俺が医務室で診てもらい、無事に席に帰って来てから、ずっと。
「...」
リントはしゃがんでノソノソと、荷物を鞄に仕舞い込む。
辺りの人たちはもうとっくに鞄を背負って行き、出口に列を作っていた。
ノソノソ...
ノソノソ...
そうした列も次第に、前に詰め...ついには消えてなくなった。
なんかあの...『娘』って書かれた木の板をさ、スライドさせて外に出すパズルあるじゃない。
あの列が抜けきったとき、そのパズルをクリアしたような快感があったな、うん。
うん...あのさあ。
「ね〜リント」
「...何〜?」
こやつはまだ、荷物をしまう最中だった。
「何でそん〜な元気ないの?」
最初はただ、疲れただけと思っていた。
しかし...だとしたら、疲れすぎだ。お昼から夕方までって!
他の人らが試合をしてても、塞ぎ込んで自分の考えに浸っていた...戦士の実戦とか、本来さあ?生で見る機会も無いってのに!
どう?ロックなバンドの会場に来て、ず〜とそっぽ向いてる人いたら!
どしたの?って思うでしょう、もったいないって思うでしょう...というかさ、俺いつまで返事待てば良いんだ。おい固まってますよこの人──
「──僕さ、ほんっと今更なんだけど...気づいちゃったんだ」
「おっ」
鞄から、こちらに顔を向け...ようやくリントが口を開いた。
「...何に?」
「みんな...みんなそれぞれ、夢があるんだなって」
「...ん?」
本当に今更なことを言われ、流石に困惑してしまう。
「いや、分かってはいたんだよ!?分かってるんだけどね!!?」
「...皆の夢はさ、それぞれ尊重するものだ〜って、思ってた」
「でもさ」
リントは目を、どこかに逸らす。
「...夢と夢ってさ、ぶつかっちゃうんだね」
「はあ...」
俺にはまだ、リントが何を言いたいのか分からなかった。
「...僕は戦士になるために、剣をあの女の人に投げるしかなかった」
「でもその人には、自分を大切に思ってる人がいるんだ...」
「あ〜、あの人の地雷を踏んだ話ねっ」
「地雷はダメ。危ないから」
「???」
「...なんでもない」
...あ、昼の試合の下りか。あいつのせいで地雷に敏感になったわけね。
「...あの人に敵意向けられたのが、そんなショックだった?」
「医務室でちょっと話したけど、別に怒ってなかったよ」
俺は様子のおかしいリントを慰めにかかる。
実際あの細目の男は(名をダイン・バスターと言うらしいが)...ついカッとなっちっただけなもんで、むしろ反省してたぐらいだ。
なんだって、こんな落ち込んでいるのか。正直俺からしては分からない。
「...それだけじゃ、ないんだよ」
「僕らがこの先、戦う魔族にだって...きっと大事なものが、夢が、あるはずで...」
「僕は自分の目的のため...故郷を取り返すためには、彼らの夢を奪わなきゃダメなんだ」
「自分の夢が、誰かの夢を犠牲にしてるって...その自覚が足りなかったんだよっ」
リントはひとしきり、言葉を吐ききり...そして影の落ちた地面にうつむく。
「んなこと言ったらお前、そもそも受験ってモノ自体そうだろっ」
「そうだね...」
「だろ?」
「...じゃあ戦士やめとくか?夢奪うの可哀想だしなw」
俺は冗談のつもりで、そう軽口に言い放った。
「...それも、アリかもしれない」
「えっ」
「思ったより...ちょっと、苦しかった」
「あの時、向けられたような目を...この先何度も見ることになるなら...」
「えー...」
マジか。
おいおい、マジかよ。
...何だこの大チャンス!!?
これ、俺の対応次第では...今からでもやめさせれるぞ!?
俺は音を立てずに、生唾を飲み込む。
「...ま〜俺は、別にどっちでもいいけどっ」
「お前がやめるっていうなら、俺は止めないぜ?」
変に緊張して芝居がかった口調となってしまったが、気にせずリントをチラ見する──
「...」
リントはガッツリ俺を見つめていた。
分からん...分かりやすさに定評のある、リントの表情が...今は全く読めない!
その唇は、小刻みに震えている。寒さだけのせいではないだろう。
また何も言わず...ただ俺を見つめる大きな瞳が、崩れかけているようにも見えた。
──何か、これはひょっとして...取り返しのつかない場面なのではないか?
ここでの俺の対応によっては、単にリントが戦士になるとかならないとかじゃなく...何か別のものがぶち壊しになってしまうような...今後の人格に影響を与える──
「...」
ガシッ!
「わっ!」
俺はリントの手を素早く掴み取り、
「テレポ〜〜トっ」
パッ
人探しの旅へとしゃれこんだ。
──
─
カツン...
カツン...
階段を降りる音が聞こえる。
俺たちは、その下の廊下からそれに目を向ける。
カツン...
足の先から順に、膝、腹、首へと見えてゆき、最後に顔が姿を出す。
「あ、いた」
その姿こそ、俺の求めるものだった。
「...!?」
相手の男は、俺たちを見て思わず後退りする。
裸の男が2人で待ち構えてたら、そりゃビビるだろう。
しかし彼の方も、その裸ん坊に見覚えがあるようで──
「...君たちは」
目の細い男が、その目を一層細めて俺らを認識する。
「ダインさんっ!」
「は、はい...」
俺は彼の名前を明るく呼ぶと、
グイイーっ
「わわ...」
リントの肩を掴んで相手に差し出す。
「この人がねっ、リントって言うんですけど...あなたと話がしたいんだと」
トンッとリントの背を押した。
「ちょ...ちょっとお!?」
「は、はあ...」
「じゃ、私はこれで」
俺はそれだけ言って、転移を使い...2人の視界から抜けていった。
「ああっヒール!」
「ん、んん...?」
現場には、当惑する2人の男が取り残された。
リント...
お前が何〜でここまで落ち込んだかは、俺にゃあイマイチ理解できんが...
多分、今のお前に必要なのは...もう一度彼と話し合う事だと思う。
もういいさ!お前が戦士になるならそれでいい!
だが2度とあんな顔をするんじゃない!!
リント!
全てをさらけだせ!




