衝突
「「ヒューっ!」」
パチパチパチ...
巨大な円形の会場は、だがそこで収まりきらぬほどに。煙突より噴き出す煙のように...歓声は白い空へと昇る。
風を歪める異様な熱気は...外の者達からしてみれば、狂気さえ孕んでみえるだろう。
受験生側の2連勝、しかも2つとも場外勝ち。死をこの身で体感するとかいう、試験の趣旨を捻じ曲げる結果に。
だが俺たちにはどうでもいいことさ。むしろそういうのが好きなのだろう。あくまでもルールに乗っ取って、その上ではっちゃけて大立ち回り。
そうした後に喝采を得るのだが...その快感のエライこと。
まず体は、耐え難い歓喜で満ち満ちる。口の緩みは、指摘されてなおニソニソと。
また心臓の跳ねるも著しけれども、内部で生演奏される心地で...これがまた楽しいやだと。
当然、そんなモンだから...頭の方も、ぱっぱらぱん。大好物を口は運んだ時、舌を伝って脳に来る...甘くピリッとした多幸感...
それの何倍もの(個人差あり)快楽が、『悦に浸る』の意味を理解らせてくれる。
これは俺自身の、過去の似た体験に基づいたもの。さっきの時は、別の事を考えていたからあんまりだった。
けれど今のリントの状態は、おそらくこんな感じだろう。
──だからまあ、仕方ないと思う。失言失念の1つ2つ──
「よっ...と」
ガタリと俺は、席を立つ。
「...ん」
「トイレ?」
ダイキがそれに反応して言う。
「い〜や、迎えに行ってやるのさ!」
「ひよっこ戦士をねっ」
それだけ言い残すとタタンッと、俺は階段を駆けていく。
「おまえもヒヨッコだろうがッ!」
「アツいねえ〜」
後ろ背に、サヤカのひやかしが聞こえた。
...まあ確かに、お迎えまでするって、ちょっとやりすぎ?熱に浮かされるって、こういうことか。別にいいケド...
そ〜んなお調子だからして、当然に俺は知る由もなかった。
俺より先に、意思を持って...階段を降りた者の存在を──
カツン...
カツンッ...
つらく激しい戦いを終え...僕は席へと帰ろうと、トンネルのように長〜い地下道を歩いていた。
その道中にある小さな部屋に、僕は忘れずに武器を返しに行った。
そこには僕と同じように、武器を吟味している人がいた。きっと次か、あるいは次の次の試合に出る受験生であろう。
「...っ」
互いに軽く会釈を交わすとすぐに、彼女は武器並びへ視線を戻す。
僕は座り込む彼女の横から、抱えた剣を元の場所へ立てかける。最後に熱く、強く握ってから立てかける。
僕を助けてくれた剣。実に一時的な借り物ではあるが、既に思い入れが込んでいた。
僕は静かに...彼女の集中の邪魔をせぬよう、そっと部屋を出てドアをやわく閉める。
それからまた、長〜い廊下を歩き出す。
カッツン、カツン。
硬い石造りの床が奏でる。足から伝わる、愉快な音色。それは僕の心境を表す、バック・グラウンド・ミュージック。
「ふふっ...」
つまり、僕の体は今...かつてないほどにブレていた。
自分の作戦が上手く行ったから。本物の戦士に認めてもらえたから。皆んなが僕を褒めてくれたから!
『勝って兜の...』とは言うけれど、これで浮かれるなというのは無茶だっ。
カッツン、カツン。
暗がりの、地下道に響かせる、高らかなる...
カッツン、カツン
カツンッ...
カツンッ。
いつからか、音が増えていた事に気づく。誰かが道の向こうから近づいてくる。
カツン...カツンッ
うねった道の、曲がりから...相手の姿が現れた。
「...!」
その人は大人の体つきにして...細い目が特徴的だった。
彼は確か、ジョンにいと試合をした人だった。
彼は僕に気づいた素振りを見せると、
「...あっ」
「先の試合、お疲れ様でした」
と、ねぎらいの言葉をかけてくれた。
「はいっ」
お疲れ様、と言われたら...なんて返せばいいんだっけ?とりあえず、元気なハイを返しました。
「観戦させてもらいましたが...良い試合でしたねっ」
「そうですかっ!」
「ええっ。私としては、今日の中で1番かと...」
彼はにこやかな表情で賛辞をかけてくださる。
「!!」
「嬉しいですっ!」
ニヤケが加速する。
世辞を見極める能力は、僕には無いのだ。
(というより、わざわざ見極めようとする必要を感じない。みんな素直に喜ぼう!)
...ところで僕たちの距離感だが、間に一つの蛍光灯を挟んで立っていた。
経年を感じさせる、眩し過ぎない優しい白い光。永いトンネルであてになる灯りは、天井を走るそれらだけである。
「...あの」
彼は少しの沈黙の後、話題を試合の内容へと切り替える。
「あの最後の、剣を投げて跳ね返すやつ...」
「あれは偶然でなく...考えた上での行動ですか?」
「はい!」
「最初の試合のことを思い出して...奇襲に使えると思ったんです!!」
僕は自慢げに語った。
「そうですか...!」
「すごいですね」
「えへっ」
惜しみないお褒めに、また口が緩む。
おかげで僕には、見えてなかった。
彼の口が、わずかの間...下に引きずるように歪められたのを。
「...では」
そう言って彼は、ゆっくりと歩きを再開させた。
「はいっ」
カ...ツンッ。
また硬質の音が響きだす...僕と彼の背中がすれ違う。
...ところで、彼はどこへ行くのだろう。
僕はまだ、受験生用の控え室を出てあまり歩いていない。戦士用のは、こっちではない...
...そう、考えていた時──
ブ
ツン...
「!」
そんな耳障りな音を立て、僕らの頭上の蛍光灯が1つ...にわかに光を失って、だがすぐに光を立て直す。
それはまるで、灯りの瞬きのようだった。トンネルが、その一瞬は...あらゆる罪に目をつむるような...
...まさにその一瞬で、全てが起こった。
ヒュンッ
まず最初に...僕の耳の後ろが聞いたのは、何かが空を切るような音だった。
突然電気が消えたことよりも、その音が気になり振り向こうと思った。
だが音の正体を見る前に、耳の横っちょが捉えたのは...
パッ
ド
ゴッッ...
...ゴッ!
今、振り向く顔の横で起きた事が...明らかな異常と分かる音。
そうしてとうとう両の目が、起きた出来事の『結果』を捉える──
「──!?」
「ヒール!!?」
そこにあったのは...裸ん坊で通路の壁に倒れるヒールと...こちらを向き、呆然と立ち尽くす細目の男...あれ?
「...」
しかし彼の目は今、驚くほど大きく開かれていた。
彼の歯は強く食いしばられて...荒い息は白く、目に見える形で伝わってくる。
「え...え?」
僕もまた、ただただ立ち尽くすしかなかった。
訳が分からなかったのだ。
「...」
その恐ろしい沈黙を...最初に破ったのは彼──
「...!!」
「す、すみませんッ!大丈夫ですか!!?」
彼は頓狂な声を上げると、すぐさまヒールの方に駆け寄った。
「って〜...」
ヒールは痛そうに頭をさすり...硬い床に座って、壁にもたれたまま口を開く。
「ああ、大丈夫です...」
「そ、そうですか!良かったっ」
「...すみません、本当に」
彼はしきりに謝罪する。
僕はその様子を、ただ眺めているしかできなかった。何が...何が起きたんだ...?
「いや、良いんですけど...ねっ」
そこまで言い、ヒールは駆け寄る彼を睨みつける。
「──なんでリントを殴った?」
「!」
「...!?」
この人が...僕を...?
僕は焦って、自分の体を見回して...
いや、そんな事...僕の体は一切、傷ついてないじゃないか...
「...んーとね、リント」
そんな僕の様子を見て、ヒールは起こった全てを説明する。
「この人が、お前に裏拳ぶち込もうとしててね」
「そこで俺が、テレポートで割って入ったの」
...だ、そうだが...
「そ、そんな......」
だが僕にとっては、信じ難い事だ。
...だけど。
「...本当です」
彼は冗談でなく、そう言った。
「──すみません」
そしてまた、謝るのだ。
眉尻の落ちた、その表情が...これが真実であると、裏付ける。
「...」
でも...どうして?
僕は何か、彼の怒りを買うようなことをしたのだろうか...
「...で、なぜです?」
「リントが何かしたんですか?」
僕より早く、ヒールが疑問を問い詰める。
「いえ、その...」
彼は困ったように、口をつぐむ。
「...」
...だが少しの沈黙の後、彼はその意を口にするようだ──
「──幼馴染なんです、トレスティアは」
「大切な...」
(あっ...)
彼の口から、か細く紡がれた...その言葉を聞いた瞬間に、
ストンッ...と。
すっかりのぼせ上がっていた...僕の心の悪酔いが、一気に醒めた心地がした。
最低最悪の目覚めだった。
「...そうですか」
「はい」
「...夢の中の事だと、分かっていても...彼女の事となると私は──」
「すみません、こんな...」
彼の顔は今や悲痛に歪められ...怒りの念は消えていた。
「...いいですよ、そういう事ならっ」
ヒールは誰の手も借りず、ゆっくりと立ち上がりながら言う──
「──その気持ちは、分かりますから」
「...!」
ヒールはそう言って、ちらりと僕を見やる。
僕にはその目が、叱咤の念を含んで見えた。より一層...僕は直立して動けなくなった。
熱から引き上げられた後、急速に冷やされた鉄のように...まったくその場に固められたようだった。
「そうですか...」
彼はそれを聞き、少し救われたように思えた。
「...治療室まで、送ります」
彼はそっと、ヒールに手を差し伸べる。
「そんな、大したケガじゃありませんよ」
ヒールは元気なアピールをして、その手を退ける。
「頭を打ったのなら、軽い怪我でも診てもらうべきです」
「さっ...」
「...はい」
だが結局ヒールは、彼と行くことを選んだ。
そのまま足を動かしかけたところで、ヒールは僕の方を見て言う。
「...あっリント、先戻ってなよ」
「サヤカとダイキが、なんか勝手に俺らの席に来てるよ(笑)」
「...」
「うんっ...」
僕はなんとも、そんな軽い返事しかできなかった。
カツンッ...
ヒールに寄り添い歩く彼が、後ろ目に僕を見やる。
「...あなたにも、申し訳ない」
「!」
「私はもう、正気を取り戻したので...」
「決してあなたのことを、恨んではいません」
それだけ言って、ふいを向き...また長い通路を歩いて行った。
カツン...
カツンッ...
「...」
冷たくて、情のない音が...次第に遠ざかっていく。
カツン...
カツンッ...
「...ところで、あなたの服はどこに...」
「...あ〜、その通路の先に...」
カツン...
「...」
あるいは僕はまだ、酔いから醒めていないのだろうか。
人として、当然すべき...謝罪をその場でできないなんて...
「...」
何もない、空虚を見つめ...僕はただ、立ち尽くしていた。
...
...
足音はもう、聞こえない。
僕はまだ、動けずにいる。




