ふざけてる?
煌めく巨躯が、地を駆ける。
ドオオッ...!
大地...それは誰もが無条件に信頼し、足を預ける支え者。
ド
ド
ド
今 その安定が揺るがされていた。
「くっ...」
リントは迫る巨体を避けんとし、ぐらつく舞台を踏んぎり横へ跳ぶ。
勢いづいた大質量は、容易く向きを変えられない。
ブォ
ン
代わりに差し出でたるは、怪しく光る左前腕。それはリントには、さして届かぬ距離に思えたが...
ぐいん...
チッ
「ひっ」
不自然に伸びたその腕が、少年の左足にニアミスをかけた。
ストッ。
──ズザアアアッ...
「フー...」
場外に落ちまいとブレーキをかけたエイトを見やり、ようやくリントが一息を吐く。
(あ...あぶない...あと少し、回避が遅れてしまったら...)
リントは充分に、余裕を持って跳んだつもりだった。
想定外...鉄の『延性』。
ドクン
ドクン
思われざるイレギュラーが、彼の平静を奪い去った。
それは頭上に揺蕩う脳波を見れば、その場の誰にも明らかだった。
ガシャリ、ズシリと音を立て、今度は大きな歩幅でにじりよる。この巨体としては、歩くだけで充分な速度がでると気づいたのだ。
少年は震える胸をなだめ、相手の次なる攻めに備える。
ギュグッ...
ここで、四足の利点が出る。尖った膝を、腹に刺さるほど大いにたわめ...解放する。
ズンッ
「!」
獅子さながらの飛び掛かり。あっという間も無く近づかれる。
ズ ズ
ア ア
...ッア アッ...
2つの鉄腕をゆるりと広げ、リントの退路を塞がんとする──
タンッ
──少年が選んだのは、上。
重たい鉄の塊が、空に追えるはずがないと踏んだのだ。
ズシャアアッ...
かくしてそれは正しかった。
リント、二度目の回避に成功...しかも今度は、理を持っての行動だった。
ドッ
ドッ
ドッ
だが少年の理性は、すでに崩壊寸前だった。
1つ読みを違えれば死。それが生む異様な興奮が、彼の疲労を早めていた。
(こんな状態じゃあ...長続きしないや)
今の心的状況から、彼は『待ち』のスタイルに限界を感じた。
(自分から攻めて、僕のペースに変えるんだ!)
シュダッ...
戦いの手綱を握ること。そんなの誰もが考える事。
ゴオ
オ
オッ...
共にしてエイトも、また突進に踏み切った。
初めは互いに...あまりに愚直に真っ直ぐに走った。
だが両者の距離が5mほどに詰まったとき、リントは素早く身を縮めて左へと抜け──
イ
イ イ
ュ ッ...
キ
──すぐさま右手を地につけて、キュイイイッとそれを支点にする形で旋回し、エイトの背後へと回り込んだ。
ワンテンポ遅れて、巨体もまた同じ動きで旋回しようとした(実のところ、エイトは暑苦しい鉄の『きぐるみ』のせいで視界不良であったのだ)。
ズ
ザザ
ザザ...
だがしかし、やはり遅かった。
リントは既に、棘だらけの背中に飛び乗っており...
「...シッ!」
バ
ゴオ
オンッッ!!
右手に魔力を込め、大きく打ち込んだ。
「...」
が。
が。
だめだった。
(...鎧に穴が開くと思ったのに)
リントは魔力を込めた拳なら、鉄をも砕けると自負していた。
グリンッ...
「わっ」
背中が大きく揺れ、傾く。
どうやらこのまま無邪気に転がって、リントを押し潰そうとするようだ。
(そんな死に方、ごめんだねっ!)
シュタッ
リントは迅速に頭部へと移り、自身の両足を太い頸部に巻きつける。
森育ちの経験が活きたか...野生が木登りをするが如くに、彼は一連の流れを自然に行えた。
スッ...
ゴッ!
ゴッ!
ゴッ!
それから、より野生的なパウンド。
休みなく、後頭部へと拳を振り下ろす。これにも当然、彼渾身の魔力が込められていたのだが...
(この鎧、ぜんっぜん...ちょっと凹みが出来たぐらいだ)
(なんで...ただの鉄じゃないのか?)
そこでリントは、考える...そして悲しい事実を思い出す。
(そうだ...魔力は...!)
【魔力を纏えるのは、自分の体だけ】
この法則に、間違いはない。
だが、トンチキのような『抜け道』がある。
自分の魔法で生み出した物...それもまた、自分の体のようなモノだから...
...例外的に魔力を纏えるのだ。
(この鉄は、魔力で補強されてるんだっ!)
(...でも)
ヌルリっ
「ッ!!」
気色悪く、ゆっくりと右手が迫るのに気づく。
ダンッ
間一髪、跳び離れ...掴まれる致命なる危機を脱した。
(でも、そんなんじゃあ...僕にできることは何もない)
(あの装甲を貫けないなら、勝ち目がそもそも無いじゃないか...)
(強すぎるぞ、ちくしょう!)
彼がとうとう、心の中で悪態を着いた時...
「ハア...」
「...?」
分厚い鉄の鎧の中から、確かに疲労のため息を聞いた。
見れば鎧自身も背中を地につけて、寝っ転がっているときた。
(...あれ?)
リントの脳に、ある悲しい疑問が浮かび上がる。
「...あの」
リントはそれを言葉にすべく、恐る恐る巨躯へと語りかける。
「なんだ?」
すると鎧の内から、くぐもった返事が返ってきた。
「あの...もしかして、ですけど」
「その形態、すっごい魔力を使うんじゃ...?」
「......」
「......」
「...正解だ」
そう答えが返ってくると共に...
スウッ...
彼を包む巨大な鉄の塊は、見る影もなく消え去った。
「魔族の再現ということでな...少しディテールに凝りすぎた」
「...キツかった」
エイトの魔力容量は、人並み以下であったのだ。
「...気づいてくれてありがとう」
「ど、どうも...?」
「「ええ...」」
デカブツに歓喜していた客たちも、この悲しい現実に少なからぬショックを受けていた。
「まあ、さっきまでのは...冗談というか、お遊びか何かと思ってくれ」
「「ええ...」」
「「...ふざけてるのか?」」
夢のない展開に、エイトの後ろの観客が小さく不満をもらす。
「...その通りだ」
「「あっごめんなさい」」
聞かれていた。
「おれとしては、このおふざけの間に...確かめているつもりだった」
「...ホントに魔法、使わないんだな...」
「うっ...」
「直接戦闘に使わない補助系...でもないんだよな?」
「はい、何もありません」
「ああそう...」
エイトはまた、疲れたような息を吐く。
しかしこれは、切り替えの合図であった。
「じゃあそろそろ...殺しにいくぞ」
キレのある眼刺しが、リントを貫く。
『戦士』エイト・フェルグリムの本領が発揮される。
今回、お試しで三人称視点です。ヒール視点ではありません。




