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Diversity in 七咲西高校

『七咲西高校は、多様性を尊重します。


 リッチな高等教育のみならず、グループワークによる多様な価値観の共有や、職業体験による多様な世界への接触...


 研究室へのアクセス、豊富な図書。地域ボランティア、大学見学...


 どれも、これも、学生の多様な未来を照らすためにあるのです。



 ...七咲西高校はその理念のため、一年中とある条件のもと、転入生の募集をかけております。


 

 希少な魔法。

 珍しい身体的・精神的特徴。

 稀な出自、生い立ち。

 斬新な思想。


 そのような、この学校の多様性を広げてくれる学生を、常に求めています。


 ただし年間の受け入れ可能な転入人数には限りがあり、そのため転入には面接による軽い採用試験を要します──』





「──へえ、転移魔法!?」「うわあ、もう...採用ですね(笑)」


()()の貯蔵量が、平均よりかなり大きいね」「その代わりというべきか、魔力の変換効率が悪いと」「バランスが取れてるっていうのかな(笑)」



「──しかも、孤児なんだね」「逸材ですよ、きみ。いい意味よ、勿論」


「──人間嫌い...?すごいキャラ作ってきたね」「本気で受かりにきてるじゃん(笑)」「え、冗談じゃないの?」




 ...ヒールの面接は、わずか5分足らずで終わった。


 多様性評価4項目が全て満評価となったのは、七咲西高校史上でも類い稀なることである。


 ヒールは5月より、七咲西高校の2年生として迎え入れられる事が決定。


 

 個人的に学習を進めていた彼にとって、学業は問題ではないが。

 

 やはり、人間関係か──



  ちり


ちり

      ちり

 

 ──ちりちりちり、ちりちりちりと。5月の生暖かい陽光が、葉っ多な木々をかき分けて地を照らす。


 光は行く場所を選ばない。体育館からグラウンド。庭園、プール、どこまでも。


 光は校舎を見下ろした。七咲町、七咲西高校。


 校舎のニ階の、ある教室。四枚の窓と、アクリル戸が一枚。ベランダを隔てるものである。


 教室が、なんだか賑やかしな様子。


 光は好奇心に駆られ、窓を抜けて中を覗いてみた。



 生徒一同が席に座し、1人の男子が教壇に立つ。教師は傍らでそれを見守るのみである。


 男は硬い表情で口を動かした。

「ヒールです」


「好きな食べ物はミカンです」

「得意な事は狩りです」

「趣味は読書です」

「よろしくお願いします」


 彼は台本を流し読むかのように、抑揚のない言葉を並べた。


「では、質問のある方」

 中年の教師が、座る多数の生徒に呼びかける。


 真っ先に真っ直ぐに手を挙げたのは、教室の中央のある少女。

「冷やしたミカンと熱いミカン、どっちが好きですかっ」


「常温です」


「ありゃ」

 

 彼の淡白な応答に、教室に温かな笑いがにじむ。


 

 続く挙手には、穏和な表情をした男子。

「出身地は、どこですか?」


「...七咲町です」


(おお、同じだ!)

 男子は穏和な口を更に緩ませた。



「...」

 ヒールの予感とは裏腹に、ここまで部屋の雰囲気は常温程度には暖かかった。



 だが嫌な予感は、大抵当たる。



「──え、魔法は何すか?」

 曲がった挙手をすると同時に、教師の合図を待たずその女は喋る。


 教室の中央、リントの隣にその女はいた。


「見せてよっ」

 彼女はヒールに魔法の披露を促した。


 その目は好奇でなく、卑小な悪意に色づいていた。



「...見せられない」

「見せづらい魔法なんだ」

 


「なんでー」

「狩りが得意だから、戦闘系のやつ?」


「まあ、そんな感じ...」


「じゃあ見せてよー!いいじゃん!」

 彼女は駄々をこねるように催促する。



(何が『じゃあ』なんだ...)

 ヒールは彼女の悪意を感じ取っていた。


 彼女の腹の内が見えていた。魔法において自身の優位を誇示しようという魂胆が見えていた。



「...見せたくないなら、しょうがなくない?」

 隣から、リントが彼女を諭そうとする──



「──うっせ、多様性女!」


「多様性女!?」

 驚き反応するリントを差し置いて、彼女がヒールに向かって立ち上がる。


 周囲でどよめきが起こる。



「転入って、テメェも()()()()っしょ?」

「みんなムカついてるだろし、ウチが試してやんよ」


「試すだと...?」


「狩りが得意なんだろ?」

「じゃ、ウチを狩ってよ」



「...は???」


「こっちの魔法も戦闘系だから。今すぐテメェを吹き飛ばせるしっ」

 そう言って、彼女が構えをとる。

 


 周囲のどよめきが強まる。穏和な男の表情ですら固くなる。



「ちょっとミドリちゃん、やめときなよ!」

 リントが彼女を止めようとする。


(まずいよ...ミドリちゃんが脱がされる!!)

 


 そう思い焦るリントの様子を、また別の男が眺めていた。厳つい背高の男である。

 

 その男は後方窓際でくつろぎ、事の成り行きをまだ見守っていた。



(...先生?)

 ヒールは教師の方をチラリと見た。教師が彼女を止めると思ったのだ。


 彼の期待は裏切られた。



(...マジか、クソ無視してやがる)

 教師は人体模型の如く、無表情で何もせず立っていた。



 彼はひとまず教師に失望し、それからミドリという名の女に向き直る。


「...やめておけ」

 彼は彼女と違い、構えをとらない。


「恥を晒すだけだぞ」


「はあああああ??」

 彼の挑発めいた忠告が、彼女の怒りをはるかにたぎらせた──



  ガッ

     タンッ...!


「「!?」」


 ──強烈な衝突の音に、誰もが後ろを振り向いた。そして、教室のざわめきは止まった。


 ヒールも音の正体に目を向けた。



「ヒール...だったよな?」

 椅子を後ろに蹴り飛ばして立ったのは、後方窓際の席の男。



「...そうだけど」

 ヒールも困惑しつつ答えた。



「ダイキ...?」

 リントは呟くように、その男に向かってそう呼んだ。



「なあ、ヒール」

 男は厳つい目をギラつかせて言った。


「こんな()()()()は放っとけよ」


「あ!?」

 男の台詞によって、ミドリの怒りの矛先が変わろうとする。



 だが男はヒールだけを見ていた──



「──代わりにオレが相手してやるからさあ!!」


 それだけ言うと、男はヒールに向けて左手をかざす。


「ハアッ!!」

 すると、男の手の平から炎が放たれた!

 


「なにっ!?」

 炎は窓際から、ヒールの立つ教壇に向かって伸びる!



「いイっ!?」

 ミドリは頓狂な声を上げて腰を曲げる。


「「うわっ!!」」

 席にいたその他の一同は、慌てて頭を下げ机に擦れる。



「...ちっ」

 ヒールは口を歪ませる。



 そして、魔法を行使した...




 ...彼の姿は消え、主を失った服がフワリと宙に揺れる。



「あれ?」「消えた...?」

 クラスメイトがまず確認できたのは、ぱたりと教壇に落ちるヒールの服。


 それから、ヒールが元いた場所から逸れて...的外れな黒板に当たった炎。

 

 炎は間も無くして消えた。

 そうした後、皆は消えたヒールを探して見回した...

  


 そして、窓際のモノを目にした。


「...んあ?」

 厳つい背高の、裸の男が立っていた。



「「──きゃああああ!!」」「「うわあははは!!!」」


 教室は混沌の声に満ちる。


 皆の視線が窓際の裸体に吸われている内に、ヒールは教壇に現れ瞬時に服を着直した。



 ...リントだけが分かっていたと言うように、着替えるヒールをじろりと睨んでいる。


 彼もリントの目線に気づき、くすりと肩をすくめてみせた。



 騒動の最中、脱がされた男はイヤに落ち着いた様子で、自身が蹴飛ばした椅子を引き戻す。


「...やるじゃねえか」

 そう言って男は席に着いた。



「──裸でイス座るな!!」「ケツつけんなって!」

 口々にツッコミを受けた。



「...」

 ヒールは再び、教師の方を見た。


 教師も困惑しているように見えたが、しかし沈黙を貫いていた。


 このまま落ち着くまで待つつもりだろうか?


(...そんなものか)

 熱っぽい教室の中で、ヒールは小さくため息をついた。



 ──程なくして平熱を取り戻し、音の割れたチャイムが鳴り響く。


 その教師は軽い挨拶を済ませ、そそくさと教室を離れた。

     

 ヒールは自身に割り当てられた席に向かう。それは部屋の扉からごく近く。


「よろしく...」

 そのように緩い笑顔を向ける、穏和な男の隣であった。


「...」

 ヒールは無愛想にもそれを聞き入れず──


「あれ、どうしたの...?」


 ──机の荷物をまとめて部屋を出た。


 

 カツン、カツンと、冷たい床を踏み歩く。ヒールの背が廊下の奥に消えていく。



 それを追って、消えていく背がまた1つ、2つ。


 カッカッカツン、カッカツンと。彼を追う拍子の拍は速い。


「──ヒール!?」

 追う1つが彼の肩に手を掛ける。



「...リント」

 彼はその手の主に顔を向ける。



「ええ〜もしかして帰ろうとしてる?」


「...トイレだよ、トイレ」


「トイレなら荷物要らないでしょ〜」


「離席中に盗まれるかもだろ?」

「大丈夫...ここまで来て、帰ったりしねえよ」



「そっか」

 彼女はわずかに疑いを持ちつつも、ほっと軽くひと息をついた。



「...だとしても」

「ずいぶん嫌われてるよな、俺...?」


「嫌われてるわけじゃないと思うよっ」


「んじゃアレはなんだ」

「多様性枠がなんとかって──」


 カツンッ...


「──多様性を評価されて受かった奴は...」


「!」

 ヒールの疑問を食い気味に答えるのは、今し方追いついたばかりの男。



「...フツウに受験した奴から見下される事もある」


「ああ、それで──」


「──だがアイツはただの()()()()だ!」

「別にお前を嫌ってる訳じゃねえ」

 男は厳つい腕を組んでそう言い放つ。



「...何、かまちょって」

 ヒールは渋い目をして男を見る。

 


 答えたのは廊下の端に寄ったリント。

「自分に構ってほしい!注目してほしい...って気持ちが強い子のことだよっ」



「へえ...」

 彼はひとまず納得したが、それより男の方に気を取られていた。



「お前...さっき、俺が脱がしたやつだよな?」


「おう」

「オレはダイキ。『ダイキ・バルンダ』だ、ヨロシク!」

 男はグットサインを上げる。



「復讐でもしに来たのか?」


「おいおい、そういうテンションに見えるか?」

「別に恨んでなんか無えって」

 ダイキは両手を挙げ敵意の無しを示す。



「ヒールっ」

「ダイキはね、ミドリちゃんを庇おうとしたんだよ」

 リントが2人の会話に割って入る。



「ミドリ...あいつか」

 彼は先ほど自身に立ち塞がった女を想起する。


「そう、君に喧嘩売ってた子」

「その子を庇って、代わりに脱がされたんだよ」



「いや...てっきり暴力が来ると思ってたんだが」

「脱がされんのは予想外だったぜ...」

 ダイキは小笑いしつつも軽く顔を背ける。



「...」

 ヒールは転移する直後に気がついた。ダイキの放った炎が、ヒールに決して当たらない位置に飛んでいた事を。



「...ごめん」

 それが意図的だったと今、理解した。



「いいよw...そもそもミドリが吹っかけたんだしな」


「ミドリちゃん...大分かまちょだから、偶にさっきみたいな問題事しちゃうんだ」


()()()?3日に1回はやってるだろw」

 男がぬるい茶々を入れる。



「──でも、根は悪い人じゃないんだよっ」

 彼女はフンスと言を放つ。



「......なら、あの先生はなんだ」

「生徒同士のトラブルを、黙って見てるだなんておかしいだろう」

 ヒールは話を教師に移す。



 彼がこれまで読んできた本の中には、学校に関するモノもあったが。

 その作品における教師はたいてい、良くも悪くも生徒とよく関わっていた。指導であれ、体罰であれ...



 ...しかし、目の前にいながら、口も挟まず静観とは。人を()()()()()()と思っているヒールですら、これには思うところがあった。



「──うん、僕もおかしいと思う」

 リントは彼に同意を示す。


「だろ?」


「でも、この学校の先生って...もちろん生徒思いな先生もいるけど、殆どはあんなカンジなんだよね〜」

 彼女は少々落胆の声で言った。



「...マジ?」


真面(まじ)だぜ。ここのは放任主義だからな」

 ダイキが真面目に補足する。



「生徒の主体性に委ねる!生徒間のトラブルは、できるだけ生徒だけで解決させる!」

「みたいな...ねっ」


「──んで放ったらかしだよ」

「基本的にゃあ先生なんざ当てにならねえ」



「なるほど──」



「──だからオレを頼れ!」「僕もっ!!」

 ダイキはビシッと親指で、リントはニョキっと人差し指で顔を指す。

 


「はあ...?!」

 


「なんかワケありっぽいのは何となく分かった!」

「お前がちゃんと楽しめるように、オレがガンガン協力してやっから!」 


「そうだそうだ!」


「そんな都合の良いお人好しがいるか?!」

 ヒールは2人の熱意に気圧される。

「...リント以外で」

 困惑もする。



「はっはー、ヒールよ」

「僕がお人好しだとしたら、ダイキはもっとお人好しなんだよっ」

 そう言って、リントは自身に向けていた指を上に立てる。



「それは知らねえけどよ」

「とりあえず戻って、他のヤツらとも話してみろよ?」


「!」

 ぽすっ...とダイキは、ヒールの背を軽く叩いた。


「意外と良いヤツらかもしれないぜっ」


「...どうだか」

 ヒールの口の片側が綻んだ。



 彼らは教室へと足を揃えた。


「もうすぐ、一時間目始まっちゃうからねっ──」




 カラカラカラ、と戸が擦れて開く。

 ヒールはひょいっと荷を下ろし、入ってすぐの席に腰掛ける。


「──あ、おかえり」

 その隣、穏和な笑顔を湛えた男が出迎えた。



「...ただいま?」


「ははっ」



 ──ぼく、ホシっていうんだ。君と同じ、七咲町の──


 ──ヒールだ──正直...七咲のことはあまり──


───

──



 ──事業の終わりの鐘が鳴る。じゃかましい音で校内を揺らす。


 日の傾きだした空に響く。



「では、さようなら」

 教師は無機質に連絡を済ませ、挨拶と共に去っていく。

 去ると共に、教室は騒がしく。


 集まり話す者(ミドリ)ゆったり帰る者(ホシ)急いで部活へ向かう者(ダイキ)...



 ...()はというと──


「おつかれ〜」


「おう」

 ...リントが俺に語りかける。彼女はリュックを背負っている。



「どうだった?今日1日っ」


「んんー...」


「ああでも今日はずっと座学だったから、退屈だったかも...?」


「...いや、結構良かったよ」


「ほんと!」

 彼女の手が俺の机に乗る。



「授業を受けるのは初めてだが...本だけで学ぶのとは感覚が違うな」

「...悪くない」



「楽しんでるみたいで良かったよ」

「これからね、グループワークとかも増えていくからもっと楽しくなるよ!」



「それは要らない。座学だけでいい」


「好きだね〜」

「...あ、僕もう帰らないと」

 彼女はハッと思い出したように、机にかけていた体重を引き戻す。


「ヒールも帰る?」


「それも良いけど...」

「図書室だけが、どうしても気になるんだよな」


 広告によれば、3万冊を超える蔵書を収めていると。



「おおっ、さすが本好き」

「ぜひ行きなよっ素敵な場所だよっ」


「へえ...期待しておくよ」


「じゃ」

 そう言って、彼女も教室を後にした。



「...」

 存外に、皆悪い奴ではなかったよ。


 といっても、まだ全員と話したわけではないが。少なくとも俺の魔法を見た上で、さらに喧嘩を売ってくるアホはいなかった。



 俺もさっさと荷物を片付けて、席を立ち廊下へと踊り出た。


 階段を登り、その場所へ。俺は図書室へと辿り着く...


 


 ...結果は大変満足致しました。


 ジャンル毎に整列された、信じられないほど多くの本、本!

 それが期限つきとはいったものの、無料で借りることができるのだ。


 さらに静かで涼しく落ち着いた部屋。それだけでも単に心地よい空間だ...



 まったく朝礼の時は本気で帰りたいとも思ったが、こんな素敵なモノがあるなら耐えられる。


 だいたい俺が悪いワケでもないのに、なぜ俺の方が逃げなきゃならない?



 ...そんな負の感情も楽しみに薄れ、あれま俺は小一時間ほど滞在し、結局2冊の本を借りて出て行った。



 スタスタスタ...


 1つは夜空に関する、もう1つはその更に上...宇宙に関する本である。

 やはり空と、空の向こうには、誰しも興味を持つものだろう。


 俺の転移魔法なら宇宙に行くだけなら可能だが、長くは体が保たないだろう。なにせ宇宙には酸素や重力が──



「──ねえっ」


「...?」

 廊下を歩く足を止める。



 ...今、窓の外から声が聞こえた気がした。4()()の窓の外側から──


「──噂のヒールって、もしかしてキミ?」


「!?」

 窓の外に、確かに女子がいた。そして俺に語りかけていたのだ。


「...俺はヒールだが...?」

 訝しく、彼女を凝視して返事を起こす。



 彼女は、浮いていた。

 文字通り...窓の外の空に浮かんでいた。


 夕焼け時の空であった。



「わおっ」

 彼女は俺の返答を確かめると、フワリと窓に更に近づいた。



「...!」

 そして驚いた事に...閉まっていた窓の()()が、ひとりでに回り出したのだ。


 そうしてカラリと空いた窓から、彼女は廊下へぬるりと着地する。


 それから長い髪をたなびかせ、駆け寄り距離を詰めてくる──

 


「──ねえ、私を転移させてみてよ!!」

 

「...は?!」


 そう頼み込んだ彼女の瞳は、好奇の模様で満ちていた──



  パッ...

 

    ...とした瞬間の後、廊下に男女の服が散らされた。


 そして学園の屋上に、裸体の男女が現れた。

 


「──すっごい!!!」

「ホントに一瞬じゃん!!」

 彼女は夕日に体を向けながら、期待大な笑顔をこちらに振りまく。



「...満足したか?」


「うん、大満足!ありがとっ」

「キミの魔法を聞いたときから、一度体験してみたいと思ってたんだ──」



「──じゃ、戻るぞ」

 俺はまた彼女の手に触れようとしたのだが...


「おっと」

 ...そいつはひょいっと避けられた。



「ねえ、もうちょっと待ってよ」

「せっかく良い景色なんだし」


「ええ...」


 彼女は俺に背を向けて...ぴたぴたと素足で端に寄り、両手を腰に当てて胸を張る。



「うーん、風も気持ちい〜...」

 山からビル群へと吹き続く風が地肌をなぞって抜けていく。



「...」

 俺は彼女の()()の方に目が行く。



「...マジで抵抗ないんだな、裸になることに」


 俺が転移させられるのは生物だけなので、服は連れていけないと事前に話した。


 この女はノータイムで頷いた。



「うん、これも新鮮な体験じゃん?」

「そーいうの好きなんだ」



「そうかい」


「これだって中々ないでしょ、夕方に屋上!...なんて」

「そもそも屋上の扉って鍵かけられてて、ホントは来ちゃいけないんだよ?」



「は」

「...いいのかよ、それ」


 知らなかった。直接ここまで転移してきたから...



「ううん、それって落ちたら危険だからだし...私らだったら心配ないよね!」

 そう言うと、彼女は素早く加速して──


 

 ──落下防止の柵を跳び越えた。


「!」

「おいっ」

 俺は柵の手前に転移して、落下する彼女を目で追った。



「──ッハハ!心配ないって!」


「!」

 すると彼女は垂直にターンし...柵の数メートル上で頂点を迎えた。



 その空で留まりこちらを向いて、腰に手を当てて胸を張る──



「だって私は『白雲さやか』だから!」


「...はあ?」

 彼女は声高に名乗りをあげて、俺の目の前に降り立った。


 

「どう?」


「どうって...」

 前が見えない。彼女の背は俺より大きく見えた。



「こんなこともできるんだよ」

 彼女は校庭の木々に目を向けて、落ち葉をひとつ浮き上がらせる。



 それは右へ左へと宙を舞い踊り...終いに彼女の二指に挟まれた。


()()...みたいな感じか?」


「うん、そんなカンジ...私の見える範囲で、自由に力をかけれるの」

 それが彼女の魔法であると。



「それは便利だな!!」


「ふひっ」

 さやかは粗い笑みを浮かべる。


「...でも、私ゃヒールの魔法が羨ましいよ」

 そうして背に後ろ手を組む。



「そう?」

「そっちのが、自由そうに見えるが───」



「──だって、テレポートだよ!?」

 組んだ手を力強く離す。


「どこでも行けるんだよ!なんでもしたいじゃん!」


「...!」


 ずずいっと顔を近づけられる。ぴとりと肩に両手を置かれる。



「海とかパフェとか山の中とか!」

「外国とか塔とかブリュレとか!」



「揺らすな肩を」


「──てか一瞬だけなら、中層とか下層にも行けんじゃないの!?」


「...そうだな」


「スゴイよ!行き放題じゃん!!」


「ぐえっ」

 勢いよく肩を押し出され、よろける。



「...わ、ゴメン」


「別に」

 褒められて悪い気はしない。



「じゃあさ、やっぱ名所巡りとかしまくってんでしょ?」


「してないよ」


「ええっなんで!?」


「なんでって───」





  ───なんでだ?





 なぜ、俺にはこんな魔法があるのに...この上層のどこへも行かず。



 ...あんなテマリの町で縮こまっていた?



「どした?」

 彼女が俺の目を覗きこむ。



「ああ...」

「なんか、どこにも行く気がしなかったんだよな」



「ふーん...」

 さやかは更に更に覗き込む...



 目の内の心まで見透かされるような...


「おけいっ」

 彼女はようやく、視線を顔全体に移した。




「じゃ、今度どっか遊び行こ!」


「...え」

 突然の提案に、思考が固まる。



「パクンチョ横丁で決まりねっ」

 俺の意思を無視して話を進めだす──



「──勝手に決めるな!」


「えー、じゃあどこがいいの」


「なぜ行く前提なんだ...!」

 振り回される俺に対し、



「だって、今、キミ」

 さやかは飄々とした顔をして言う。

「寂しそうな目してたからっ」



「......俺が?」


「うん」


「...マジか」

「...」



 ...俺は人間社会に馴染めずに、暗がりの世界に逃げ込んだ。


 そうしてふと気がついたときには、テマリでの生活を選んでいた。


 ...選んだのではなく、ただそうなっただけだろうか。俺にはこの生き方しか見えなかった。

 思考に錆がつくみたいに...



「なあ」


「なに?」

 彼女が耳を傾ける。



 ...リントは俺に、こう言った。「色んな生き方があるって、知ってほしい」と。

 

 俺は変化を恐れている。

 現状維持に甘んじて、未知へ踏み出す勇気がなかった──



「──科学館じゃ、だめか?」


「あっ!ハクスラ市に新しくできたやつ!?」

「いいじゃん行こ!!」



「うん」

「...つか、そろそろ戻ろう」



「...ああ、そだね」

 さやかは夕日の沈む屋上からの光景を、少し惜しみつつも納得し、

「ん」

 こちらに右手を差し出した。



 それに右手を重ね、テレポート。

 屋上の変質者共は消え失せた。




「──わ、着替えるのはやっ」

 まだ下着姿のさやかは、既に完了した俺を見て驚く。


「慣れたもんだよ」

 俺にかかれば、1秒もかからずに服を着れる。



 ...ところで数分間、この廊下脇の空き教室に俺たちの服が落ちっぱだったワケだが。

 

 誰にも見られていないといいな。


「んしょ...」

「...よしっ、OK!」

 彼女もすっかり着替え終える。



「...じゃあ、今日はもう帰っていいよな?」


「うんっ」

「ありがとね、付き合ってくれて!」



「ああ」

 本だけ借りて帰るはずが、とんだ出会いがあったものだ。




 ...リントは俺に、こう言った。「多くの人と関わって、たくさんの経験をしてほしいんだ」と。


「...」

 シャツ越しに、手で胸を抑える。



 俺の怯えを、彼らに悟られてはいないか。


  ──人と関わるのは、やはり怖い。

   


 

 けれど、彼女の意を汲んで俺はここへ来た。

  もう少し頑張る。もう少しだけ。


 俺は、日が落ち切る前に帰路についた──




「──あ」

 1人空き教室を去ろうとするさやか。彼女は落とし物に気づく。


 それは自身に貼っていたはずの絆創膏。


「やばばっ」

 彼女は慌てて拾い上げる。



「あ〜そっかあ...生物だけ転移だから、バンソーコーも落ちちゃうんだねっ」

「見られてないといいな〜...」

 こそこそ独り言を言いながら、それを()()に貼り直す。




 そうして隠した肌辺には...奇怪な網目の紋様に、『9』という数字が彫られていた。






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