Diversity in 七咲西高校
『七咲西高校は、多様性を尊重します。
リッチな高等教育のみならず、グループワークによる多様な価値観の共有や、職業体験による多様な世界への接触...
研究室へのアクセス、豊富な図書。地域ボランティア、大学見学...
どれも、これも、学生の多様な未来を照らすためにあるのです。
...七咲西高校はその理念のため、一年中とある条件のもと、転入生の募集をかけております。
希少な魔法。
珍しい身体的・精神的特徴。
稀な出自、生い立ち。
斬新な思想。
そのような、この学校の多様性を広げてくれる学生を、常に求めています。
ただし年間の受け入れ可能な転入人数には限りがあり、そのため転入には面接による軽い採用試験を要します──』
「──へえ、転移魔法!?」「うわあ、もう...採用ですね(笑)」
「魔力の貯蔵量が、平均よりかなり大きいね」「その代わりというべきか、魔力の変換効率が悪いと」「バランスが取れてるっていうのかな(笑)」
「──しかも、孤児なんだね」「逸材ですよ、きみ。いい意味よ、勿論」
「──人間嫌い...?すごいキャラ作ってきたね」「本気で受かりにきてるじゃん(笑)」「え、冗談じゃないの?」
...ヒールの面接は、わずか5分足らずで終わった。
多様性評価4項目が全て満評価となったのは、七咲西高校史上でも類い稀なることである。
ヒールは5月より、七咲西高校の2年生として迎え入れられる事が決定。
個人的に学習を進めていた彼にとって、学業は問題ではないが。
やはり、人間関係か──
ちり
ちり
ちり
──ちりちりちり、ちりちりちりと。5月の生暖かい陽光が、葉っ多な木々をかき分けて地を照らす。
光は行く場所を選ばない。体育館からグラウンド。庭園、プール、どこまでも。
光は校舎を見下ろした。七咲町、七咲西高校。
校舎のニ階の、ある教室。四枚の窓と、アクリル戸が一枚。ベランダを隔てるものである。
教室が、なんだか賑やかしな様子。
光は好奇心に駆られ、窓を抜けて中を覗いてみた。
生徒一同が席に座し、1人の男子が教壇に立つ。教師は傍らでそれを見守るのみである。
男は硬い表情で口を動かした。
「ヒールです」
「好きな食べ物はミカンです」
「得意な事は狩りです」
「趣味は読書です」
「よろしくお願いします」
彼は台本を流し読むかのように、抑揚のない言葉を並べた。
「では、質問のある方」
中年の教師が、座る多数の生徒に呼びかける。
真っ先に真っ直ぐに手を挙げたのは、教室の中央のある少女。
「冷やしたミカンと熱いミカン、どっちが好きですかっ」
「常温です」
「ありゃ」
彼の淡白な応答に、教室に温かな笑いがにじむ。
続く挙手には、穏和な表情をした男子。
「出身地は、どこですか?」
「...七咲町です」
(おお、同じだ!)
男子は穏和な口を更に緩ませた。
「...」
ヒールの予感とは裏腹に、ここまで部屋の雰囲気は常温程度には暖かかった。
だが嫌な予感は、大抵当たる。
「──え、魔法は何すか?」
曲がった挙手をすると同時に、教師の合図を待たずその女は喋る。
教室の中央、リントの隣にその女はいた。
「見せてよっ」
彼女はヒールに魔法の披露を促した。
その目は好奇でなく、卑小な悪意に色づいていた。
「...見せられない」
「見せづらい魔法なんだ」
「なんでー」
「狩りが得意だから、戦闘系のやつ?」
「まあ、そんな感じ...」
「じゃあ見せてよー!いいじゃん!」
彼女は駄々をこねるように催促する。
(何が『じゃあ』なんだ...)
ヒールは彼女の悪意を感じ取っていた。
彼女の腹の内が見えていた。魔法において自身の優位を誇示しようという魂胆が見えていた。
「...見せたくないなら、しょうがなくない?」
隣から、リントが彼女を諭そうとする──
「──うっせ、多様性女!」
「多様性女!?」
驚き反応するリントを差し置いて、彼女がヒールに向かって立ち上がる。
周囲でどよめきが起こる。
「転入って、テメェも多様性枠っしょ?」
「みんなムカついてるだろし、ウチが試してやんよ」
「試すだと...?」
「狩りが得意なんだろ?」
「じゃ、ウチを狩ってよ」
「...は???」
「こっちの魔法も戦闘系だから。今すぐテメェを吹き飛ばせるしっ」
そう言って、彼女が構えをとる。
周囲のどよめきが強まる。穏和な男の表情ですら固くなる。
「ちょっとミドリちゃん、やめときなよ!」
リントが彼女を止めようとする。
(まずいよ...ミドリちゃんが脱がされる!!)
そう思い焦るリントの様子を、また別の男が眺めていた。厳つい背高の男である。
その男は後方窓際でくつろぎ、事の成り行きをまだ見守っていた。
(...先生?)
ヒールは教師の方をチラリと見た。教師が彼女を止めると思ったのだ。
彼の期待は裏切られた。
(...マジか、クソ無視してやがる)
教師は人体模型の如く、無表情で何もせず立っていた。
彼はひとまず教師に失望し、それからミドリという名の女に向き直る。
「...やめておけ」
彼は彼女と違い、構えをとらない。
「恥を晒すだけだぞ」
「はあああああ??」
彼の挑発めいた忠告が、彼女の怒りをはるかにたぎらせた──
ガッ
タンッ...!
「「!?」」
──強烈な衝突の音に、誰もが後ろを振り向いた。そして、教室のざわめきは止まった。
ヒールも音の正体に目を向けた。
「ヒール...だったよな?」
椅子を後ろに蹴り飛ばして立ったのは、後方窓際の席の男。
「...そうだけど」
ヒールも困惑しつつ答えた。
「ダイキ...?」
リントは呟くように、その男に向かってそう呼んだ。
「なあ、ヒール」
男は厳つい目をギラつかせて言った。
「こんなかまちょは放っとけよ」
「あ!?」
男の台詞によって、ミドリの怒りの矛先が変わろうとする。
だが男はヒールだけを見ていた──
「──代わりにオレが相手してやるからさあ!!」
それだけ言うと、男はヒールに向けて左手をかざす。
「ハアッ!!」
すると、男の手の平から炎が放たれた!
「なにっ!?」
炎は窓際から、ヒールの立つ教壇に向かって伸びる!
「いイっ!?」
ミドリは頓狂な声を上げて腰を曲げる。
「「うわっ!!」」
席にいたその他の一同は、慌てて頭を下げ机に擦れる。
「...ちっ」
ヒールは口を歪ませる。
そして、魔法を行使した...
...彼の姿は消え、主を失った服がフワリと宙に揺れる。
「あれ?」「消えた...?」
クラスメイトがまず確認できたのは、ぱたりと教壇に落ちるヒールの服。
それから、ヒールが元いた場所から逸れて...的外れな黒板に当たった炎。
炎は間も無くして消えた。
そうした後、皆は消えたヒールを探して見回した...
そして、窓際のモノを目にした。
「...んあ?」
厳つい背高の、裸の男が立っていた。
「「──きゃああああ!!」」「「うわあははは!!!」」
教室は混沌の声に満ちる。
皆の視線が窓際の裸体に吸われている内に、ヒールは教壇に現れ瞬時に服を着直した。
...リントだけが分かっていたと言うように、着替えるヒールをじろりと睨んでいる。
彼もリントの目線に気づき、くすりと肩をすくめてみせた。
騒動の最中、脱がされた男はイヤに落ち着いた様子で、自身が蹴飛ばした椅子を引き戻す。
「...やるじゃねえか」
そう言って男は席に着いた。
「──裸でイス座るな!!」「ケツつけんなって!」
口々にツッコミを受けた。
「...」
ヒールは再び、教師の方を見た。
教師も困惑しているように見えたが、しかし沈黙を貫いていた。
このまま落ち着くまで待つつもりだろうか?
(...そんなものか)
熱っぽい教室の中で、ヒールは小さくため息をついた。
──程なくして平熱を取り戻し、音の割れたチャイムが鳴り響く。
その教師は軽い挨拶を済ませ、そそくさと教室を離れた。
ヒールは自身に割り当てられた席に向かう。それは部屋の扉からごく近く。
「よろしく...」
そのように緩い笑顔を向ける、穏和な男の隣であった。
「...」
ヒールは無愛想にもそれを聞き入れず──
「あれ、どうしたの...?」
──机の荷物をまとめて部屋を出た。
カツン、カツンと、冷たい床を踏み歩く。ヒールの背が廊下の奥に消えていく。
それを追って、消えていく背がまた1つ、2つ。
カッカッカツン、カッカツンと。彼を追う拍子の拍は速い。
「──ヒール!?」
追う1つが彼の肩に手を掛ける。
「...リント」
彼はその手の主に顔を向ける。
「ええ〜もしかして帰ろうとしてる?」
「...トイレだよ、トイレ」
「トイレなら荷物要らないでしょ〜」
「離席中に盗まれるかもだろ?」
「大丈夫...ここまで来て、帰ったりしねえよ」
「そっか」
彼女はわずかに疑いを持ちつつも、ほっと軽くひと息をついた。
「...だとしても」
「ずいぶん嫌われてるよな、俺...?」
「嫌われてるわけじゃないと思うよっ」
「んじゃアレはなんだ」
「多様性枠がなんとかって──」
カツンッ...
「──多様性を評価されて受かった奴は...」
「!」
ヒールの疑問を食い気味に答えるのは、今し方追いついたばかりの男。
「...フツウに受験した奴から見下される事もある」
「ああ、それで──」
「──だがアイツはただのかまちょだ!」
「別にお前を嫌ってる訳じゃねえ」
男は厳つい腕を組んでそう言い放つ。
「...何、かまちょって」
ヒールは渋い目をして男を見る。
答えたのは廊下の端に寄ったリント。
「自分に構ってほしい!注目してほしい...って気持ちが強い子のことだよっ」
「へえ...」
彼はひとまず納得したが、それより男の方に気を取られていた。
「お前...さっき、俺が脱がしたやつだよな?」
「おう」
「オレはダイキ。『ダイキ・バルンダ』だ、ヨロシク!」
男はグットサインを上げる。
「復讐でもしに来たのか?」
「おいおい、そういうテンションに見えるか?」
「別に恨んでなんか無えって」
ダイキは両手を挙げ敵意の無しを示す。
「ヒールっ」
「ダイキはね、ミドリちゃんを庇おうとしたんだよ」
リントが2人の会話に割って入る。
「ミドリ...あいつか」
彼は先ほど自身に立ち塞がった女を想起する。
「そう、君に喧嘩売ってた子」
「その子を庇って、代わりに脱がされたんだよ」
「いや...てっきり暴力が来ると思ってたんだが」
「脱がされんのは予想外だったぜ...」
ダイキは小笑いしつつも軽く顔を背ける。
「...」
ヒールは転移する直後に気がついた。ダイキの放った炎が、ヒールに決して当たらない位置に飛んでいた事を。
「...ごめん」
それが意図的だったと今、理解した。
「いいよw...そもそもミドリが吹っかけたんだしな」
「ミドリちゃん...大分かまちょだから、偶にさっきみたいな問題事しちゃうんだ」
「たまに?3日に1回はやってるだろw」
男がぬるい茶々を入れる。
「──でも、根は悪い人じゃないんだよっ」
彼女はフンスと言を放つ。
「......なら、あの先生はなんだ」
「生徒同士のトラブルを、黙って見てるだなんておかしいだろう」
ヒールは話を教師に移す。
彼がこれまで読んできた本の中には、学校に関するモノもあったが。
その作品における教師はたいてい、良くも悪くも生徒とよく関わっていた。指導であれ、体罰であれ...
...しかし、目の前にいながら、口も挟まず静観とは。人をそういうものと思っているヒールですら、これには思うところがあった。
「──うん、僕もおかしいと思う」
リントは彼に同意を示す。
「だろ?」
「でも、この学校の先生って...もちろん生徒思いな先生もいるけど、殆どはあんなカンジなんだよね〜」
彼女は少々落胆の声で言った。
「...マジ?」
「真面だぜ。ここのは放任主義だからな」
ダイキが真面目に補足する。
「生徒の主体性に委ねる!生徒間のトラブルは、できるだけ生徒だけで解決させる!」
「みたいな...ねっ」
「──んで放ったらかしだよ」
「基本的にゃあ先生なんざ当てにならねえ」
「なるほど──」
「──だからオレを頼れ!」「僕もっ!!」
ダイキはビシッと親指で、リントはニョキっと人差し指で顔を指す。
「はあ...?!」
「なんかワケありっぽいのは何となく分かった!」
「お前がちゃんと楽しめるように、オレがガンガン協力してやっから!」
「そうだそうだ!」
「そんな都合の良いお人好しがいるか?!」
ヒールは2人の熱意に気圧される。
「...リント以外で」
困惑もする。
「はっはー、ヒールよ」
「僕がお人好しだとしたら、ダイキはもっとお人好しなんだよっ」
そう言って、リントは自身に向けていた指を上に立てる。
「それは知らねえけどよ」
「とりあえず戻って、他のヤツらとも話してみろよ?」
「!」
ぽすっ...とダイキは、ヒールの背を軽く叩いた。
「意外と良いヤツらかもしれないぜっ」
「...どうだか」
ヒールの口の片側が綻んだ。
彼らは教室へと足を揃えた。
「もうすぐ、一時間目始まっちゃうからねっ──」
カラカラカラ、と戸が擦れて開く。
ヒールはひょいっと荷を下ろし、入ってすぐの席に腰掛ける。
「──あ、おかえり」
その隣、穏和な笑顔を湛えた男が出迎えた。
「...ただいま?」
「ははっ」
──ぼく、ホシっていうんだ。君と同じ、七咲町の──
──ヒールだ──正直...七咲のことはあまり──
───
──
─
──事業の終わりの鐘が鳴る。じゃかましい音で校内を揺らす。
日の傾きだした空に響く。
「では、さようなら」
教師は無機質に連絡を済ませ、挨拶と共に去っていく。
去ると共に、教室は騒がしく。
集まり話す者、ゆったり帰る者、急いで部活へ向かう者...
...俺はというと──
「おつかれ〜」
「おう」
...リントが俺に語りかける。彼女はリュックを背負っている。
「どうだった?今日1日っ」
「んんー...」
「ああでも今日はずっと座学だったから、退屈だったかも...?」
「...いや、結構良かったよ」
「ほんと!」
彼女の手が俺の机に乗る。
「授業を受けるのは初めてだが...本だけで学ぶのとは感覚が違うな」
「...悪くない」
「楽しんでるみたいで良かったよ」
「これからね、グループワークとかも増えていくからもっと楽しくなるよ!」
「それは要らない。座学だけでいい」
「好きだね〜」
「...あ、僕もう帰らないと」
彼女はハッと思い出したように、机にかけていた体重を引き戻す。
「ヒールも帰る?」
「それも良いけど...」
「図書室だけが、どうしても気になるんだよな」
広告によれば、3万冊を超える蔵書を収めていると。
「おおっ、さすが本好き」
「ぜひ行きなよっ素敵な場所だよっ」
「へえ...期待しておくよ」
「じゃ」
そう言って、彼女も教室を後にした。
「...」
存外に、皆悪い奴ではなかったよ。
といっても、まだ全員と話したわけではないが。少なくとも俺の魔法を見た上で、さらに喧嘩を売ってくるアホはいなかった。
俺もさっさと荷物を片付けて、席を立ち廊下へと踊り出た。
階段を登り、その場所へ。俺は図書室へと辿り着く...
...結果は大変満足致しました。
ジャンル毎に整列された、信じられないほど多くの本、本!
それが期限つきとはいったものの、無料で借りることができるのだ。
さらに静かで涼しく落ち着いた部屋。それだけでも単に心地よい空間だ...
まったく朝礼の時は本気で帰りたいとも思ったが、こんな素敵なモノがあるなら耐えられる。
だいたい俺が悪いワケでもないのに、なぜ俺の方が逃げなきゃならない?
...そんな負の感情も楽しみに薄れ、あれま俺は小一時間ほど滞在し、結局2冊の本を借りて出て行った。
スタスタスタ...
1つは夜空に関する、もう1つはその更に上...宇宙に関する本である。
やはり空と、空の向こうには、誰しも興味を持つものだろう。
俺の転移魔法なら宇宙に行くだけなら可能だが、長くは体が保たないだろう。なにせ宇宙には酸素や重力が──
「──ねえっ」
「...?」
廊下を歩く足を止める。
...今、窓の外から声が聞こえた気がした。4階の窓の外側から──
「──噂のヒールって、もしかしてキミ?」
「!?」
窓の外に、確かに女子がいた。そして俺に語りかけていたのだ。
「...俺はヒールだが...?」
訝しく、彼女を凝視して返事を起こす。
彼女は、浮いていた。
文字通り...窓の外の空に浮かんでいた。
夕焼け時の空であった。
「わおっ」
彼女は俺の返答を確かめると、フワリと窓に更に近づいた。
「...!」
そして驚いた事に...閉まっていた窓の内鍵が、ひとりでに回り出したのだ。
そうしてカラリと空いた窓から、彼女は廊下へぬるりと着地する。
それから長い髪をたなびかせ、駆け寄り距離を詰めてくる──
「──ねえ、私を転移させてみてよ!!」
「...は?!」
そう頼み込んだ彼女の瞳は、好奇の模様で満ちていた──
パッ...
...とした瞬間の後、廊下に男女の服が散らされた。
そして学園の屋上に、裸体の男女が現れた。
「──すっごい!!!」
「ホントに一瞬じゃん!!」
彼女は夕日に体を向けながら、期待大な笑顔をこちらに振りまく。
「...満足したか?」
「うん、大満足!ありがとっ」
「キミの魔法を聞いたときから、一度体験してみたいと思ってたんだ──」
「──じゃ、戻るぞ」
俺はまた彼女の手に触れようとしたのだが...
「おっと」
...そいつはひょいっと避けられた。
「ねえ、もうちょっと待ってよ」
「せっかく良い景色なんだし」
「ええ...」
彼女は俺に背を向けて...ぴたぴたと素足で端に寄り、両手を腰に当てて胸を張る。
「うーん、風も気持ちい〜...」
山からビル群へと吹き続く風が地肌をなぞって抜けていく。
「...」
俺は彼女の骨盤の方に目が行く。
「...マジで抵抗ないんだな、裸になることに」
俺が転移させられるのは生物だけなので、服は連れていけないと事前に話した。
この女はノータイムで頷いた。
「うん、これも新鮮な体験じゃん?」
「そーいうの好きなんだ」
「そうかい」
「これだって中々ないでしょ、夕方に屋上!...なんて」
「そもそも屋上の扉って鍵かけられてて、ホントは来ちゃいけないんだよ?」
「は」
「...いいのかよ、それ」
知らなかった。直接ここまで転移してきたから...
「ううん、それって落ちたら危険だからだし...私らだったら心配ないよね!」
そう言うと、彼女は素早く加速して──
──落下防止の柵を跳び越えた。
「!」
「おいっ」
俺は柵の手前に転移して、落下する彼女を目で追った。
「──ッハハ!心配ないって!」
「!」
すると彼女は垂直にターンし...柵の数メートル上で頂点を迎えた。
その空で留まりこちらを向いて、腰に手を当てて胸を張る──
「だって私は『白雲さやか』だから!」
「...はあ?」
彼女は声高に名乗りをあげて、俺の目の前に降り立った。
「どう?」
「どうって...」
前が見えない。彼女の背は俺より大きく見えた。
「こんなこともできるんだよ」
彼女は校庭の木々に目を向けて、落ち葉をひとつ浮き上がらせる。
それは右へ左へと宙を舞い踊り...終いに彼女の二指に挟まれた。
「念力...みたいな感じか?」
「うん、そんなカンジ...私の見える範囲で、自由に力をかけれるの」
それが彼女の魔法であると。
「それは便利だな!!」
「ふひっ」
さやかは粗い笑みを浮かべる。
「...でも、私ゃヒールの魔法が羨ましいよ」
そうして背に後ろ手を組む。
「そう?」
「そっちのが、自由そうに見えるが───」
「──だって、テレポートだよ!?」
組んだ手を力強く離す。
「どこでも行けるんだよ!なんでもしたいじゃん!」
「...!」
ずずいっと顔を近づけられる。ぴとりと肩に両手を置かれる。
「海とかパフェとか山の中とか!」
「外国とか塔とかブリュレとか!」
「揺らすな肩を」
「──てか一瞬だけなら、中層とか下層にも行けんじゃないの!?」
「...そうだな」
「スゴイよ!行き放題じゃん!!」
「ぐえっ」
勢いよく肩を押し出され、よろける。
「...わ、ゴメン」
「別に」
褒められて悪い気はしない。
「じゃあさ、やっぱ名所巡りとかしまくってんでしょ?」
「してないよ」
「ええっなんで!?」
「なんでって───」
───なんでだ?
なぜ、俺にはこんな魔法があるのに...この上層のどこへも行かず。
...あんなテマリの町で縮こまっていた?
「どした?」
彼女が俺の目を覗きこむ。
「ああ...」
「なんか、どこにも行く気がしなかったんだよな」
「ふーん...」
さやかは更に更に覗き込む...
目の内の心まで見透かされるような...
「おけいっ」
彼女はようやく、視線を顔全体に移した。
「じゃ、今度どっか遊び行こ!」
「...え」
突然の提案に、思考が固まる。
「パクンチョ横丁で決まりねっ」
俺の意思を無視して話を進めだす──
「──勝手に決めるな!」
「えー、じゃあどこがいいの」
「なぜ行く前提なんだ...!」
振り回される俺に対し、
「だって、今、キミ」
さやかは飄々とした顔をして言う。
「寂しそうな目してたからっ」
「......俺が?」
「うん」
「...マジか」
「...」
...俺は人間社会に馴染めずに、暗がりの世界に逃げ込んだ。
そうしてふと気がついたときには、テマリでの生活を選んでいた。
...選んだのではなく、ただそうなっただけだろうか。俺にはこの生き方しか見えなかった。
思考に錆がつくみたいに...
「なあ」
「なに?」
彼女が耳を傾ける。
...リントは俺に、こう言った。「色んな生き方があるって、知ってほしい」と。
俺は変化を恐れている。
現状維持に甘んじて、未知へ踏み出す勇気がなかった──
「──科学館じゃ、だめか?」
「あっ!ハクスラ市に新しくできたやつ!?」
「いいじゃん行こ!!」
「うん」
「...つか、そろそろ戻ろう」
「...ああ、そだね」
さやかは夕日の沈む屋上からの光景を、少し惜しみつつも納得し、
「ん」
こちらに右手を差し出した。
それに右手を重ね、テレポート。
屋上の変質者共は消え失せた。
「──わ、着替えるのはやっ」
まだ下着姿のさやかは、既に完了した俺を見て驚く。
「慣れたもんだよ」
俺にかかれば、1秒もかからずに服を着れる。
...ところで数分間、この廊下脇の空き教室に俺たちの服が落ちっぱだったワケだが。
誰にも見られていないといいな。
「んしょ...」
「...よしっ、OK!」
彼女もすっかり着替え終える。
「...じゃあ、今日はもう帰っていいよな?」
「うんっ」
「ありがとね、付き合ってくれて!」
「ああ」
本だけ借りて帰るはずが、とんだ出会いがあったものだ。
...リントは俺に、こう言った。「多くの人と関わって、たくさんの経験をしてほしいんだ」と。
「...」
シャツ越しに、手で胸を抑える。
俺の怯えを、彼らに悟られてはいないか。
──人と関わるのは、やはり怖い。
けれど、彼女の意を汲んで俺はここへ来た。
もう少し頑張る。もう少しだけ。
俺は、日が落ち切る前に帰路についた──
「──あ」
1人空き教室を去ろうとするさやか。彼女は落とし物に気づく。
それは自身に貼っていたはずの絆創膏。
「やばばっ」
彼女は慌てて拾い上げる。
「あ〜そっかあ...生物だけ転移だから、バンソーコーも落ちちゃうんだねっ」
「見られてないといいな〜...」
こそこそ独り言を言いながら、それを骨盤に貼り直す。
そうして隠した肌辺には...奇怪な網目の紋様に、『9』という数字が彫られていた。
気に入っていただければ幸いです。
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