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君のおかげで

「ぬっ!ぬっ!」


 ゴッ...

    ガッ!


 横に伏すヒールの頭に、何度も木杖が落とされる...が。

「ぬぅ...なかなか...」


「ヒール...」

「薄く魔力を張って、護ってる...」

 無抵抗よりはマシ...ってくらいか。


 けれど、それも無意識の防衛に思える。ヒールはまるで動く気配がない...反撃の意志が、見られない。

 また無気力に半開いた目は、どこをも見てはいないんだ。


 頭から流れ出ているのは、もはや血だけではなかった。


 これじゃあ...このままでは──




 ──頭が、揺れる...混ざっていく...


 いくつもの人が死ぬのを見せられて...


 適応していく...麻痺していくかのようだった。


 死の重さなるものが、薄っぺらへと薄れていく...薄まっていく。

 ほんとうの死の記憶さえ...揺らいでいくんだ...


 記憶の引き出しがガタガタと揺れ、とかく一斉に溢れ出す。


 だらりと開いたその隙間から、ぬるりと影が這い出てくる。


 顔の無い、形ある影共が...どことなく口を開いて──


「──そのキッカケが、いまいちボクには来ませんね」

「先輩が魔法に目覚めたキッカケって、いったい──」



「──アンタさ〜そんなに....が好きなら、そっちが結婚すれば──」



「──では今から、3人組を作ってください──」


「...」



「──わからないなあ」

「私の故郷は、どうして今更──」


「...ッ!」

 俺は恐ろしい記憶の影達から、目を背けるように駆け出した。



 タッタッタッ...


 彼らは動かない。その影には、働く足がないようだ。これならきっと、振り切れる。

 けど...俺は一体、どこに向かっているんだ?



「──オイッ!」

 はるか後ろから、まだ声は響いてくる。



「オイ...おまえそれ!マジに直したほうが良いぞ...」

「おまえ『逃げ癖』あるだろ──」



 脇目も脇耳も振ることなく...だが腕のみは懸命に振り、ただ暗闇の中を駆け出した。



 ザッ...


 そうして不乱に走り、気づくと俺が立っていたのは...



 深く...大きい...森の中。


 巨大な幹には穴があり、内から明かりが漏れている。耳が慣れると、次第に音が入ってくる。

 鳥のちゅんざき...風のそよめき。人の営み、森の声。


 目を向けてみれば、チャカチャカと...非常な速度で、人や動物たちが動いている。

 木々を上切る太陽も、クルクルクルと慌ただしく...


 目まぐるしく回る思い出の森に...ただ俺だけが、ポツリと1人。



 違う...こっちじゃないはずだ。これはただ俺が生まれた場所。


 俺が育ったのは...


「先輩が、魔法に目覚めたキッカケって──」


『覚えていない』と、答えた気がする。


 でも実際のとこ、俺はただ...

 ただこの森から、逃げたいと願って...


「!」


 パッ


 俺がその事に気づくやいなや、闇は光に侵されて...次の瞬間には、ここは陽の差した薄い緑に変わっていた。


 波の音が、聞こえる...


 ...そうだ...



 俺は軽〜い木々をかき分け、すぐに白い浜へと辿り着く。


 銀に輝く、深い青...どこまでも伸びる水平線は、世界の有限たるを忘れさせる。


 腕を広げて、胸をそらして...それから空を仰いでみる。



 ...そうだ...


 ここだよ。ここなんだよっ!


 なんて!


 なんてっ!!


 青い空っ!!!


 この島は、自由に満ちている!


 どうでも良かったんだ...この世界のことなんてっ。


 タタタッ...


 俺は木造りの、我ながら上出来な家へと向かう。


 その横の小さな木には、小洒落たハンモックがかけられていた。足をかけ、体重をのせると、キシリと良い音が立つのだ。


「ふう〜...」


 それはゆりかごの如くに、ゆるりとした単振動で俺をあやす。片耳より抜けるさざ波からの、豊かな眠りごちもサービスさ。


 最高だ...俺の心は今、幸せで満たされている...そのはずだ。

 俺はただ...こうしてのんびりと、小さな生涯を送るだけで良かったんだ...




 ああ...


 それだけで、良かったはずなのに...


 ギシリと大きく、モックが揺れる。


 一際大きな突風が、海を渡って波を立て...俺の方へと──



「──ヒールっ!!」


 ...意識から外していた雑音の中でも、なぜかその声だけが確かに俺に...



 ...いや、違うよな。


 なぜか、じゃない...俺は分かっている。




 そう...リント...お前のせいだ。


 お前のせいで、俺は...



 1人が寂しくなったんだ───



 スッ


「およっ...?」


「「...立ったよ...」」


ぴちゃぴちゃと頭から、良からぬ液が垂れるのに気づく。

関係ない。


「なんぞそれ...立てるんじゃ...」


「...ごめん」


「ん──」


 パッ


「──んっ?」

「...ふぇっ??」



「「あっ」」


『場外...』

『終了です』

 その機械音を聞き、彼女の顔を掴んだ手を離す。



「「...先に着いたの、あっちだし...」」

「「これ勝ったくね?」」

「「......」」



「「おおおおおおおッッ!!!」」

ビリビリと、歓喜の怒号が響き渡る。



「え...何っ...?」

「...ハダカ!?」

「...わたッ...ワシもっ!!?」


 混乱する彼女をよそに、あっと言う間に全てが元通りへと。


「あれま...」


『退場してください』


 タッ...


「あっ!ちょいっ!」

「わ、ワシに何が...」


『退場してください』


「ひうっ...」


ザッ...


舞台脇へと渡る前...リントの顔が見たくなって。ちょびっと足を止めてみる。


「ヒール...!」


 あいつはただ、笑ってた。


「...ははっ」



 ...俺の逃げ癖は、生まれ持っての気質のようだ。完全なる解決とするには、とても長い時間がかかるだろう。あるいは一生をかけて、この問題とは向き合うのかも。



 だけど...いや、だからこそ。1つだけ、俺は心に誓ったんだ。


 リント...


 お前からだけは、逃げ出さない...って。








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