既視感
あまりに準備不足だと、かえって自信が湧くのはなぜだろう。
「ん...」
俺はようようと重たい腰をあげる。
「あ、もう行くの?」
リントが反応して振り向く。
「うんっ」
「そっか...」
「がんばってっ!」
ぐっと右手を突き出し、明るく送り出してくれる。
「おうっ」
「...ま、戦士方のハダカでも晒してやりますわっ」
「ハハっ...」
リントに背中を向け、俺は階段を降りていく。1つ飛ばしで駆け下りる。
冬の昼下がりの太陽は、直視できるほど渋かった。
カッツン
カツンッ!
控室へさえ、軽い足取りで辿り着ける。
......なぜだろう?
さっきはあんなに緊張してたのに、腹が満ちれば意外と静まって...
思うにそれは実感がないからだ。何が問題なのかさえ、理解できるレベルにいないから、無垢なる自信に落ち着ける。
そうして『それ』が間近になって初めて...俺は自身の不理解に、ようやく気づくのかもしれない。
でも理解なんか、できるはずない。自分が今から人を殺すんだって、そんな実感がどうして湧いてこようか。この現実味のなさが、心を浮つかせるのだろうか?
...ま、これも単なる推定さ。結局のとこ、分からんさ。この謎の自信の正体は...
...舞台に立ってみるまでは。
ザッ...
案内に従い、俺が舞台袖から現れたとき──
「「ワア〜!!」」
パチパチパチと、小気味良いリズムで拍手が鳴り響く。
「「ヒール〜!」」
「「脱がせちまえ〜!!」」
「!?」
ふざけんな!それネタバレだろっ!
..この異様な盛り上がりについてだが...
昼休みが近づくあたりで、受験生はとうとう吹っ切れた。
「「ひゅー!」」
出口に行かず、残り続けた者たちは遂に『適応』したんだ...この死だらけの環境に。
もはや彼らは、試験を娯楽のように観戦しだした。
「なんか、今年の子たち...元気だね〜...」
観覧席に居座るある戦士が、そんな困惑を口にする。
「ああ」
その隣に座す、褐色の良い男が応えて言う。
「おれ達のせいでもあるし、あまり強くは言えないが...」
「ちょっと趣旨からズレてんじゃねえか?楽しむのは違うだろ...」
「まぁ、別にいいでしょう」
「たくましいことで...」
後ろから、細目の男がそう諭す。
...見渡せば、皆が好奇の目線を向けていた。またその目には、確かに『仲間意識』も含まれていた。
なるほど、これもあるのだろう...
サヤカに、ジョン兄...それだけじゃない。俺より前に、たくさんの人たちが死んでった。
俺はこれからあるいは、そのもう1人になるというだけ。
...つまり俺の心にあったのは、自信というより安心なのかも。
これまでは、ライバルのはずの受験生...今や仲間になっていたんだな。
タンっと軽やかに飛び立ち、いち早く舞台に躍り出る。
「「オオーーッ!!」」
皆が同じ、『死』というストレスを共有した仲...隣同士、初対面という人がほとんどだろに、凄まじい一体感を見せている!
プシューーッ...
濃ゆい霧に全身を包まれて...そうして俺たちは、また幻惑に囚われる...
フワッ...
霧が晴れたように思われるが、ここはすでに幻牢の中。不自然に浮かれたテレビジョンが、俺のバイタルサインを映し出す。
終わらない、死の責め苦を受け続けた...俺たち囚人は望んでいる──
──『解放』の瞬間を。
カッ...
...それにしても、霧(煙?)って、こんな匂いするっけ?今まで無臭だったのに...
かなり強めの、香水のような匂いが鼻につく。
あと、俺の相手が見えないんだが......確か【ポメディー・】なんとかっていった──
「──おいっ」
「...わっ!」
俺の真横に人がいるかのように、突然声が生えてくる。
...というか、実際にいた。
長ーいとんがり帽子を被り、派手目なぶ厚いローブを着込み、右手に大きな杖をつく。
...はて、足が弱いのだろうか?
なんにせよ、俺には不慣れなこの香りは彼女のものであった。
「「ガヤガヤ...」」
変わらずはしゃぐ若者達に、彼女はぴこぴこ耳をたてる。
「元気じゃの〜、今年の子らは...」
これから何が起きるか知らないかのように、彼女は呑気に語り出す。
「そ、そうですね〜」
「んっ」
「ワシは『ポメディー・ズンスン』じゃ」
「よろしくたのむぞっ」
その小さな戦士は、ずずいと左手を差し出してくる。
「ああ、よろしくおねがいします...」
俺は困惑こそすれ、だがしっかりと握り返す。
『...離れてくださいっ』
無機質なアナウンスに、若干の感情がこもったように聞こえた。
「おお、すまんすまんっ」
そそくさと手を離し、彼女は位置に向かう...
...なにこれ?
キャラの渋滞が起きてないか?
服装すごいし、言っちゃ悪いが香水キツイし...
あと何か口調...『ワシ』とか『のじゃ』とか、老婆みたいで...
(しかも老婆というには、俺より背低いし...戦士ってことは、俺より年上だよな?)
...いや、そもそも老婆って、ほんとにこんな喋り方するのか?
...????
まあ、いい。なんかメチャクチャな相手だが、関係ない。
それよか大切なのは...俺はこの時に及んでなお、全く緊張してないってこと!
あの人のおかげで、むしろほぐれたのかもねっ。
そして、もう1つ...
俺は『勝った』。
そう、あの人...奇抜な衣装で身を包んではいるが、顔を隠していない。
触れている生物を転移させる、そんな俺の魔法の弱点...
それは、『生物』に触れなきゃダメってこと。
例えば相手が、全身を鎧で守っていたら...俺は何もできない。
逆に言えば、彼女のように少しでも露出があれば、俺の魔法の対象さ!
『準備はいいですか』
どうやら彼女は位置に着いたようだ。
「はい」「うむ」
『では』
...はじめ...の、めで行く。転移で顔に触れ、場外に送る。
殺すこともない、平和的瞬殺だ──!
『はじめ』
行くっ!
ギンッ...と、俺が彼女を強く見据えた時...
...嫌な
予感が
したんだ。
そういうのって、大体当たる...
良い予感って、『欲求』から来るもの...
悪い予感って、『経験』から来るもの...
つまり、俺は...これを、見たことが──
「──あ...れっ?」
そのまま俺は、糸の切れた人形のように...ぐにゃりと膝から崩れ落ちた。
こ...
これは......




