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折れた剣 その②

 大なる岩に身を潜め、静かに呼吸を整える。鼻の奥で、未だどくどくと脈打つ血を感じる。


「「おい、いいぞ...」」


「「...勝てるんじゃないか?」」

 耳を澄ますとそんな声が、舞台の外から聞こえてくる。



 ひとまず腰に剣を差し...私は折られた肘を確かめるように、優しくさすってみる。痛み...まるで、夢じゃない。


 はあ...参ったなあー。むちゃくちゃ強いじゃないですか...

 この試験って、我々が勝つ事を前提とした物なのに...。


 情けなく隠れる私に対し、なじる瞳がまといつく。見ないで欲しいなあ...



 ...特に、彼女にだけは...


 ...私なんて...欠員で試合に出されただけの、単なる...


 まあ...心に愚痴ったって、しょうがない。来るところまで来た以上、やれる範囲でやるしかない。



 ふう...鼻奥の嫌な感じは無くなった。肘の痛みにも...慣れてきた。

 私は瞳を閉じて、舞台全体を見下ろす。足を止めている、相手の姿を捉えた。


 それにしても、彼...

 剣を折り、優位に立ったと思った瞬間...人が変わったように、目つきが濁った。

 試合前の、礼を交わした時の彼からは考えられないほど...淡々と、何ともなく私の命を断ちに来る...そんな恐ろしさがあった。


 あの剣が、お気に入りだったのだろうか?だとすれば、申し訳ないことをした...


 ...試合中に、何を考えているんだっ。


 ...いや、というか彼、ずっと止まったままなんだが...どうしたんだ?


 ──

 ─


 ザッ...


 待っていろ...次は...離さない。


 彼が攻撃魔法を持たない事は、もう明らかだろう。

 次こそ、その腕を完全に捻じ切り、張り倒し...完全に、不完全を与えてやろう...



 私はゆるりと、一際大きな岩を見やる。


 あの岩...その陰に彼は身を隠した。とりあえず呼吸を整えたいのだろうが...させないっ。


 私は一呼吸に駆け出し、彼の飛び出しを警戒すべく舞台を広く見渡す...


 キキイッ...!


 ...そして、目に入る。



 舞台上空、巨大なモニター。そこに映された、私の『心』。


 ...なんだ、アレは?アレが私──


 ──未だ強く握り込んだままの、右の拳を確かめる。折り込んだ指には、私のではない真っ赤な血がべっとりと...



 ...それは私に、青ざめた現実感を与えた。


 私は今...殺しを手段ではなく、目的としていた...こんな野蛮は、まるで獣じゃないかっ。

 こんなのは...こんなのは、私のやりたい事ではない。


 けれど、これはまさしく...私がこれまでしてきた事で...今でもなおしている事...


 固めた手を、力なく開く。


 私は...どうしようもない罪人さ。



 けれど、そんな私にも...守るべきものがあるんだよっ...!



 私は腰に差していた、折れた剣をまた手に取る。それから柄を強く握り、構えて...1つ呼吸をしてみせる。


 それは暴力という野蛮の最中に、辛うじて人の体裁を保つように...


 剣とは...自分の間合いを守るもの。引いては...自分の世界を守るもの。


 くるりと刃面を向け、光を当ててみた。そこに映った私の顔は...もう、いつもの自分であった。



 大丈夫さ...ようやくここまで来たんだ。私なら、やり通せるっ。

 そして、やり直すんだっ...!


 ザッ...



 軽くなった剣を右に持ち、ようやく私は足を動かす。


 その岩陰に...いるはずだ。

 ひっそりと、私の背後をとり...不意打ちでの一発逆転。彼の狙いはそれだろう。


 ...させない──


(────ッ!)


「...!!?」

 ガタッ!



 私の『着信』に反応し、別の岩陰から音が立つ。

 危なかった...いつの間に場所を移していたのか。


 だが...



 タンッ!


 私は地を蹴り飛び出して、その岩の上へと降り立つ。身を屈めて、目を滑らせ...岩下を素早く見渡す。



 ...いた。彼は見当違いに、私が飛び立った元の岩の方を向いていた。


 さればよっ!

 私は屈んだ姿勢から、バネを全開に膝を伸ばし...獲物を狩らんとする肉食獣さながらに背後に降り立つ...


 タッ...


 ...という音が耳へ伝うより速く、私は折れた剣先をその首へ...



 ヒュッ


 ...体をよじり、躱される...そのまま胴をひねって、振り向きざまの一閃が──


 ピイイッ...



 ──切先が描いた、流線は...見事に私の首をなぞってみせた。


 まるで初めから、そこに首があると分かっていたかのように...



 ビ...ビピッ...


 力が抜けて、崩れ落ちる。どうにもならない、血が噴き出す。


「......」

「..私の魔法は、『鳥瞰』...のようなものです」

「自分の視界を、空に飛ばせる」

 既に勝負は決したと、彼は穏やかに語り出す。



「...偵察役です」

「あなたも、その類いなんでしょうか?」


 うつ伏せに倒れた私には、私でできた血溜まりに映った彼が見える。


 止まることのない、赤い濁流...それに混じって、私の意識も溶け出すように...


「痛い...ですよね...すみません...」


「こんな意地悪な、試験を演じた仲...」

「また、目が覚めたら...よければ、お話をしましょうっ」

「例えば...さっきの耳鳴りって....」



 ...待っててよ......私が、必ず...



 ...イリエ...


 .......

 ....

 ..


 惜しい。ひじょ〜に惜しい。

 あと少しで、ジョン兄が勝っていた...のに。


 しかし死合は、戦士の勝利で幕を閉じ...


 その後もやはり、数多もの受験生が屠られていった...



 ...お昼休憩。


 幻覚の中で何分も死合をしたところで、現実では数秒のことのようで...

 結果、朝から昼までの数時間で、もう150人以上が試験を終えた。


「んぐっんぐっ」

 リントは簡素なオニギリを、不乱に口へ放り込む。



 リントはまだ、試験を控えた身...きっと味なんて、大して感じてないだろう。


 俺もさっ。


「ん...」

 楊枝で缶詰ミカンをつみつみするも、まるで味がしない。



 もちろん、商品批判ではない。缶詰のモノは甘みが強く、また細かい粒が立っていて、その食感が楽しいよなっ。


 要するに...俺もなかなか緊張しいなのだ。



「...ヒール?」

 リントはお米を飲み込んで、横目にこちらを見る。



「んっ?」


「いいの?そんな、デザートまで食べちゃって...」


「...」

 俺はガン無視を決めて、ぱく〜っともう一口いく。



「ああっ!」

「だ、大丈夫?後で吐いちゃったりしない?」

「こ、この...」

「この後すぐでしょ?ヒールの出番...」


「...」

「いいんだよっ!べっつに〜」

「...こうなりゃ、やけ喰いなのさっ!」


 そう言い放ち、俺はズズーっと、カンカンの底にたまった甘〜い()()()シロップを飲み干す。


 ...味、しねえんだよっ!!!

気に入っていただけたら幸いです。

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