伝心
サヤカが、控室から帰ってきた。俺たちの席とは離れていたが...遠目でも、ふふんと満足げに座り込むのが見えた。
怪訝そうに見つめる周りをよそに、彼女はごくごくと水を飲み出す。
...ちょっとメンタルが強すぎるんじゃないか?
そんな彼女とは反対に...案の定、トイレの方は大盛況であった。
嫌に広い石造りの個室には、クソと吐瀉物とで、むせかえるような匂いが充満していた。
...あの雑な換気はわざとか...?これが戦場の香りです〜とか、んなクソみたいな事ぬかすわけじゃねえよな...
対比するように向かいに開かれた出口からは、新鮮な冷たい風が吹き込んでくる。
その肌寒さは妙な現実味を与え、その先に帰るべき世界を見出してしまう。
何人もが、彷徨うように出て行くのを見た。門番が、すかさずそれを記録する...
彼らはもう、こちらには戻って来れないのだろう。観覧席には、ぽつぽつと空白ができていた。
どうなのさ、これ...
だいたい、戦士が受験制って時点でメチャクチャなのに。
オマケにこんな試験までして...戦士が減って困るのは国の方だろうに!
『舞台に上がってください...』
そうしてまた、コンベアのようにで人が流れ──
『...はじめ』
──衝突し、ハジけるように死んでいく。
これで何人目だろうか。
...おかげで波にも、人それぞれ個性があるのだと分かった。
ぴいっと空に、赤い曲線が描かれるたび...それは一際激しく揺れ動き、豊かな軌跡を残すのだ。
もういくつもの波が、凪に消ゆ様を見届けてきた。
そうした中で、やはり理不尽に思ったことがある。
戦士を受験する人は全て、ここでの戦いを余儀なくされる。それは例えば、遠視や伝達役など...戦に直接加わるわけでない者もだ。
中層に降り立つ人は、皆が戦士と総称されるから...例え戦闘に向かない魔法の使い手であっても、例外ではなかった。
つまりさ...
『舞台に上がってください』
ザッ...!
流れ出たのは、長身の青年。携えた渋色の剣が、歩くたびにカチャカチャと楽しい音を鳴らす。
俺とリントは、共にしてそれを見つめる。
「ジョンにぃ...」
か細く流れ出たリントの声を、右耳にとらえる。
ジョンにぃこと、【ジョン・ウェルカー】...今や俺たちの兄貴ポジといえる、そんな彼の魔法は『相手の頭の中に、直接メッセージを送りつける』。いわゆる...念話?
何にしても、戦闘向きではない!
見たくはないものだ。幻覚の中であっても、親しい人が殺されるのは...
ジョンにぃ...
────
──
去年の、秋ごろ。ジョンにぃと2人で行った、ちょっとしたカフェ〜の1席で...
「ジョンにぃっ」
もぎもぎとブドウを味わう手を一旦止め、俺はそう話し出す。
「ん?」
「...なんでいきなり、戦士になるって?」
「あ〜」
彼は右手で首に触れ、無造作にさする。
やがてその喉仏が、運動を始める...
「...ヒールはさ、リントから聞いたんだよね?」
「私の...その、出自のこと...」
「ああ、うんっ」
「...聞いたってか、聞かされた、だけどっ」
「ははっ」
彼は小さく笑い、首から手を離す。
「...私の境遇は、君らと似たようなものだけど...私は別に、復讐なんて考えたことはなかった」
「魔族になんて、勝てっこないだろうって」
手のひらが、古木のテーブルに置かれる。
「...」
スス〜っと、俺は手の甲でブドウの皿を除ける。
「実のところ、私は振り返りもせずに逃げ出したから...」
「故郷が本当に滅んだかどうかも...確認はしていないんだ」
そう言って、木目の入った天井を見上げる。
「「...」」
吊るされた扇風機は健気に回り、空気の入れ替えに尽力していた。
しばらくその働きを見届けた後、彼はようやくこちらに向き直る。椅子が軽〜くキシリと軋みを立てた。
「だからね...」
「君たちが、あの蜘蛛の魔族を倒したと知ってね」
彼の口端が、ゆるりと上がる。
「勇気を、もらったんだよ...!」
「!」
俺は不意に、ジョンにぃの瞳を覗き込む。
互いの瞳に、互いの輝く目が写る。
「...そ〜ですかっ!」
「うんっ」
「...私は、この目で確認したいんだ」
「私の故郷を...!」
───
──
プシュー...
会場は...私の体は、再び白い煙に包まれる。
改めて...私は来る所まで、来てしまったのだなあと、自覚する。
それでも、私は...
...この目で、見たいんだ...
私の故郷を...
私の...
ザッ...!
「!」
夢見の煙が満ちた後...対角に、私の相手が現れる。軽めの鎧を着込んだ、細目の男。
彼の手には、私のよりは短いか...くらいの、細身の剣が握られている。
剣は、魔力の護りを貫けない。もしぶつかれば、刃はあっさりと折れるだろう。
要は、ただ重いだけの邪魔物だから...戦争に使う人は少ない。
ただし、うまく相手の隙をつけたのなら、確かな致命傷は与えられる。
つまり...私も彼も、それ以上の攻撃を持っていない...?
こんな重たい鉄の塊...よほどの理由がなければ、わざわざ用いる事もない。
『準備は、よろしいですか』
「はい」「はい」
全くの同時...返事の共鳴が起きる。
すると相手の男はこちらを見やり、「よろしくお願いします」...と言うような、恭しい礼をした。
応じて私も、頭を下げる。
『...それでは』
『はじめ』
...の合図で、私たちは同時に走り出す。
魔力を込めた足で力強く地面を蹴り、一気に距離が詰まる。
そうして互いに剣を構え...
ギッ...!
...何ら特別もない、鍔迫り合いが始まった。
私たちは体格も、そして腕力も互角のようだった。
互いの剣に、互いの目が映る。死合の最中ながら...我々はどこか柔和な目をしていた。
ギギ...キッ!
剣を押し出す勢いで、互いに退き距離をとり...そしてうっすらと、2人して安堵の笑みを浮かべる。
...なるほどこれは、『普通』同士の戦いのようだ...!




