エピローグ② 因縁がつく
ザッ...
ザッ...
俺は幅の広い路面を踏みしめ、静かなる街を歩く。今宵の下層の雰囲気は、ぞっとするほど寒かった。
...そう感じる原因は、俺の心持ちにもあるだろう。
俺の魔法は『魔族の死体を操る魔法』だ。自分と死体とを俺の魔力で繋ぎ、意のままに操る。操った者の魔法を使うことも可能だ。
だがまあ...そんな不謹慎な魔法であるからして、当然のことだが。
「貴方の死後、その体を使わせてほしい」
な〜んて言われて、素直に頷く者も、そしてそれを認める親も、そうはいない。
また有り難く、その両者から許可が降りたからと言って...その死体をどう使っても良い、という訳ではあり得ない。
ザッ...
俺はとうとう、目的の屋敷にたどり着いた。
その建物は、とにかく全てが大きかった。はるかに俺の背丈を越す外門に、試練のような高い段差。
それらを抜け、これまた広い緑の庭を進んでいくと、
ギイ...と、大きなる戸口が開いた。
不気味な隙間風が、中から這い出たような気がした。
俺はただ真っ直ぐに、その導きに従い...
「...こんばんは」
その内で待ち受ける、ある魔族と対面した。
「ええ、こんばんは...」
彼女は大きな口をおもむろに開き、挨拶を返す。
その八つの目は全て、キョロリと俺を見据えている。
「どうぞ、ここへおかけになって」
「はいっ」
彼女は俺に対し、ずいぶんと足の高い椅子をよこす。おそらくは俺のような、小さな来客のための椅子だろう。
柔らかく、質のいいそれにゆっくりと腰をかけると、ちょうど目の前にテーブルがくるようになっていた。
年季の入った、木造りのテーブルだった。いくつもの薄いキズや、消しきれなかったラクガキの跡。
かつての生活を想起させる、そうした歴史を見ていると...据えたこの腰が、どこまでも沈み込んでいくような感覚に陥った。
「...しょっとっ」
彼女は背中から糸を出し、それを巧みに操って台所から湯呑みを引き寄せる。
白く湯気が立ち、その中にもう液体が注がれているのがわかる。
しかしそこからは、一切のしぶきが立たなかった。
なんと鮮やかな糸さばきだろうか。
織物を生業としている一家だ...俺とはまるで、練度が違う。
「どうぞっ」
彼女はいたって穏やかな面持ちで、俺にそれを差し出す。
「有難うございます」
「素敵な朱色ですね」
「うふふ、テナンの茶葉ですっ」
「あ〜、テナンの...」
俺は相手を上目遣いに見やって言う。
その圧倒的な体格差から、自然とそうなってしまうだけなのだが。
「いただきます」
俺はそっと、出されたお茶に口をつける。
「うん...おいしいっ」
茶葉の量が程よく、優しくて舌触りがいい。
口に含むと内から鼻腔を介し、安らぎの香りが外へと突き抜ける。
「あら、よかったです〜、お口に合って」
「......」
俺は音を立てないように、そっと湯呑みを置いた。
「その...貴女の息子さんの件ですが...」
俺は自分の口が、自責心に重されていくのを感じる。
「...マリオですね」
彼女は...マリオの母は、真っ直ぐに俺の方を見つめる。
それは俺を見ているようで...どこか俺を突き抜けて見やっているような気さえした。
「はい...申し訳、ありませんでした」
俺は静かな所作で、彼女に頭を下げる。
「い、いいんですよ、頭なんて...そんなっ」
「しかし...」
しかし...俺は──
──俺は彼女の息子、『マリオ・ドランカー』の遺体を借りて、
ある作戦に駆り出させた。
その作戦とは、上層にいた、人と魔族の混血『リント・ジャンパー』の誘拐である。
多くの仲間を動員し、警備隊共をかいくぐり、なんとか上層へはたどり着いた。
だが結局、対象を逃してしまった...だけでなく、マリオの遺体まで上層で失ってしまったのである。
俺は、彼の母親に...2度目の死別を与えてしまったのだ──
「...私も、息子も、こうなる可能性は了承した上で誓約書を書いたんですよ」
「気に病まないでくださいっ」
彼女は、なおも穏やかな語り口で続ける。
「...」
「それに、悪いのは人間じゃあないですかっ」
「そうです、が...」
「あの子はね...どういうわけか昔っから正義に溢れててね」
「大人しく、家業を継ぐよう言っても...戦士になるって、自分が人間を倒し、魔族の英雄になるって、聞かなかったんです」
「......」
彼女はやはり俺ではなく、俺の座っている『場所』を見ていた。
ここは本来、彼の席...だったのだろう。
自分は安全な下層にいながら...息子を再び戦地に送り、そして本当に帰らぬ者にしてしまった相手が、彼の空間に居座っている。
「...」
どんな...どんな気持ちで、いるだろう...
もはや俺には、彼女の思いを察することさえ叶わない──
「──セラフさん」
「!」
八つの目が...今度は確かに、俺を見据える。
「は、はい」
「どうか息子の願いを、叶えてやってください」
「いつか必ず、人類を滅ぼして...」
「...はい」
「必ず...!」
ザッ...
そうして俺は、ドランカー家の屋敷を後にした。
少し、振り返って見てみると、やはりその屋敷は大きかった。だが、今となっては...むしろ寂しいほどに広々しい。
誰のせいだ?
俺のせいだ。
「...ッ!」
こんな失態は、初めてだった。
俺の魔法の、弱点...操る対象と俺とを、俺自身の魔力で繋げる必要がある。それを断たれると、即座に接続が切れる。
そこで、十分に魔力線を薄くすることで...これまでは戦場の混戦具合も相まって、この繋がりに気づかれることはなかった。
...初めての、ことだった。
そのカラクリを見破り、接続を絶たれたのは。
もう今頃は、解析かなんかにかけられて...俺の魔法のことは、完全に暴かれたことだろう。
「クソが...」
なんなんだよ、あのハダカ野郎...!
これで本当に、第一章終了です!
よければ評価、感想など、たくさん欲しいです!




