ねじれの位置のぼくら
それは意外にも繁華の外れ、窮屈なコンクリートに挟まれた道を抜けた先にあった。
何も知らずに腹を鳴らして、ここに来ることはないだろう。
空いた俺の腹からは、わがままな欲望が顔を覗かせていた。
その視線の先には、分厚い扉。
常人が立ち寄る場所ではない...あるいはだからこそ、ここに店を構えたのだろうか。
俺は欲求のなすがまま、重たい取手を引き、街の暗がりに消えた...
.........
「ぬわあ〜...」
出された料理を見て、そんなお間抜けな声を漏らすのはシラキ。
「うわ〜...」
...そんなシラキに引っ張られて、一緒にお間抜けになってしまう俺。
俺たちの目の前には、どかんと豪快に、ウナギの丼ぶりが並べられていた。
まさに今が旬、脂の乗った、ひげながウナギ!
「食べていいんですか!?」
「いいに決まってるよ!!?」
興奮したシラキに、サヤカがツッコミを入れる。
「「イタダキマスッ!」」
身入りの感じられない慌てた儀式を済ませて、ぐわしぃぃと俺たちは丼を掴んだ。
穏やかな暖黄の照明を受け、より一層照りを放つその身は、丸く滑らかなスプーンでも、スックと容易く切り分けられた。
タレがしっかり絡んだ、色の良いごはんと共に掬ってみると、向かって白く湯気が立ち、あざとく俺を誘惑する。
「──ンッ!!!」
いち早く一口目をいったシラキが、声にならない声を出す。
「えっ...熱かった?」
サヤカは怪訝に、シラキの顔を覗き込む。
「すっっ...ごいおいしい!!」
んぐっと喉に流し込んだ後、火照った顔でそう答える。
「!!」
「あっついですけど...むしろそこが良いっていうか!」
「まずタレがスゴイんですよ!最初に舌に触れたとたんに......」
俺はシラキの弁舌をよそに、自分も一口試してみる。
確かに最初に感じたのは、味の濃ゆいタレの旨みであった。
「...で、このほろけるような身が....」
「うめえ!!!」
「...あっ」
俺は無意識に声をあげ、シラキの言葉を遮ってしまった。
2人がびっくりしてこちらを振り向く。
「...何、そんな美味しかった〜?」
サヤカはニヤニヤしながらそう聞いてきた。
「ンッンン゙!」
俺は恥ずかし紛れに喉を整え、
「うん。めっっちゃウマイ!!」
...とだけ答えて、すぐ二口目に飛びついた。
「ですよねっ!!!」
シラキもモグモグと次の手を動かす。
「よかったっ」
サヤカはそんな2人の反応を見て、満足そうに口角を上げる。
「安心してね、2人は絶対に襲われないように、親たちにキツ〜く言っといたから!」
「へいへい...」
...俺とシラキは、サヤカの家の秘密を...ウーベンワークスだかの犯罪組織の一家だと知ってしまった。
そんな俺たちへの口止め料...もとい、危険な目に合わせてしまったお詫びとして、サヤカは俺たちに飯を奢ってくれると言うのだ。
サヤカがお勧めと言って案内したのが、この路地裏の料理店。
メインはウナギを用いたもので、まるごとウナギやら薬膳ウナギ定食やらも良いのだが、特に人気なのはこの『ひげながウナギの満腹丼』だそうだ。
「ウナギなんて、なかなか食べる機会ないからな〜」
俺はしみじみと、お高い上級の味わいを楽しむ。
意識して噛まないと、そのまま流れ落ちてしまいそうなほど柔らかい身。
ごはんは単なる食べ合わせだけでなく、コイツを喉に留める役割を担っていると思われる。
コトッ
「ごちそうさまでした!」
シラキは元気に言い放つ。
「...えっ、早くね?」
俺はほぼ同時に食べ始めたはずだが、まだ4口分以上は残っている。
「美味しかったので、つい!」
つい、ペロリと平らげてしまったと。
「かわいい〜」
小丼を食べ終えていたサヤカは、シラキを愛で始める。
ちょっと眩しいので、俺は丼と向き合い、少しペースを上げて食べ続ける。
「えへへ〜」
「...あっ!」
シラキが突然、何か思い出したような声を出す。
「?」
むにむに、とシラキの頬を撫でまわしていたサヤカの手が止まる。
「...そういえばヒール先輩」
「ちゃんとリント先輩と、仲直りしたんですかっ?」
「えっ」
いきなりの質問に、俺の食指も止まる。
「あ〜ね、なんかケンカしたんだっけ?」
「『お前は無能だから辞めろ!』みたいな...」
サヤカも合わせて言い出す。
「...なんでそれ...知ってんの?」
俺は確かに以前、戦士になることを諦めないリントに罵声を浴びせた。
しかし、あの会話をした時、周りには誰もいなかったと思うのだが....
「私、リントから聞いたからねっ」
「リントから...」
「...そうか」
「リントは仲直りしたがってたけど、どうなの?」
ギッと、目を鋭くさせてサヤカが問う。
「まあ、仲は別に...もう元通りだよ?」
「ああ、なら良かった!」
サヤカはほっとして、座椅子にもたれかかる。
「つーか、あの蜘蛛の一件で...ケンカ?自体が、うやむやになったかんじ」
俺とリントの関係は、実際もう普通に話し合えるくらいには回復した。
...ただそれでも、妙なしこりが残っていることは否定できない。
「...それって、根本的な部分が解決して無いですよっ」
シラキはこちらの方は向かず、空になったどんぶりを見つめて言う。
ツヤのある丼の底には、彼女自身の顔が映し出されていた。
「もったいないです」
それは先輩への言葉であり、また自分自身への苦言でもあった。
「...何が?」
......そう、ヒール先輩は聞いてくる。
「ボクが思うに──」
そう言いながら、ボクはあの日を...
リント先輩が攫われた日のことを、思い出す。
―――
――
―
夏期講習の終わり、夕方のゆるりとした帰り道。
「...あっ」
そこでボクは、リント&サヤカ先輩たちが、2人で下校しているのを目撃した。
そういえばヒール先輩が、2人は最近仲が良いと言っていた。
なんか結婚させるとか、変なこと言ってたけれど...実際、2人はどんな感じなんだろう?
調べてみることにした!
ボクはこっそりと、2人の後をつけた......
「──で、──」
...リント先輩の話によると、どうやらヒール先輩にヒドイことを言われたらしい。
あの人がリント先輩を大事に思ってて、戦士になってほしくないのは知っている。
ボク自身、その協力を求められたから。
でも、正直に白状してしまうと、ボクはリント先輩の方を応援している。
魔法が使えないのは、ボクだって同じだからね......
「─親心ねっ!」
「...親心!?」
ボクが、初めてリント先輩とお話したときに知ったこと...
リント&ヒール先輩には、どちらも親がいない。
親心...ヒール先輩が、親代わりのようなものだと。
リント先輩を、我が子のように大切に思っている...だから戦士になんてさせられない。
...ボクは?
ボクの母さんは、ボクが戦士になるのを止めようとはしていない。
しかし親というのは、子の夢を普通は応援するものだから...それ自体が、おかしなものだとは思わなかった。
でも、この先輩方を見ていると──
──なんだか、羨ましいんだ。
母さんは、昔はもっと優しくて、それから歳の割に若々しく見えた。
けれど父さんが戦士として中層へ行き...そして帰ってこなくなってからは、その面影は消え、ボクが戦士になるよう厳しく指導しだした。
それからただの一度だって、ボクに戦士をやめろなんて.....いや、言ってた...か?
分からない。戦士になることは、ボクの夢だったような気もするし...母さんの願いだったような気もする......
「──あと、親への反発」
「...うぇっ?」
...え?
曰く...サヤカ先輩が戦士を目指す理由は、親への反発に、親からの逃走。
びっくりした。そういう考えもあるんだ。
確かに中層には、ボクらが見たこともないような壮大な景色がひろがっていると聞く。
家のしがらみ、社会のしがらみ。
それらを振り解き、戦士としてその景色を目にした時...ボクらはきっと、言い様のない開放感に包まれるだろう。
ボクはただ、中層に消えた父さんを追うばかりで...そこはただ血と焦げの、戦場でしかないと、そう考えていた。
ボクの脳内に広がる、赤く黒い大地に...一筋の光が差し込んだような、そんな気がした。
もっと、この2人の話が聞きたくなった。
...このまま尾行を続ければ、門限を過ぎてしまうだろうが..
家に帰れる、気分じゃなかった......
「ん、それじゃね〜」
「うん、じゃあねっ」
2人はとうとう、サヤカ先輩のお屋敷につき、別れの挨拶をした。
夏真っ盛りといえども、辺りはすっかり暗くなっていた。
門限はとうに過ぎ...そしてここからじゃボクの自宅までは、かなり遠い道のりだ。
点在する街灯が闇を照らし、その道は無限の闇ではなく、だが果てしない有限の道であると、そう厳しく伝えてくれた。
明かりに群がり惑う、羽虫たち...
それはつらい現実から逃れ、先輩方という光につられた末に途方に暮れた、ボク自身に重なって見えた。
はあ、とため息をついたとき──
ブォンンン...
──と、サヤカ先輩の広い庭から、一台の車が向かってきた。
その後部座席には、リント先輩が...
「...え?」
ボクは、見てしまった...
リント先輩が、車のなかで縛られるのを...
運転手の腕に、ウーベンワークスのタトゥーを...
「...ど.....」
...どうすれば、いいんだ?
アレは本当に、リント先輩がさらわれたって...ことなのか?
いきなりの事態に戸惑っていると──
「何してるの?」
「──あっ...」
目の前に、別の2人の男性が現れ、ボクの退路を塞いだ。
「見た?」「見えたよね、多分...」
「えっあの...」
心が、これほど跳ねる経験は、初めてだった。
「馬鹿が...タトゥーなんざつけっから...」
チッ...と男の1人が舌打ちをすると、
「一応、運んでおこう」
その大きな手で、ボクの腕を掴んだ。
「ひっ...!」
即座に口も塞がれ、ボクは悲鳴を上げることも許されなかった。
「フッ...んんっ...!!」
ボクは、口封じに...殺されてしまうのか?
全く抵抗もできない自分の非力を嘆き、情けなさに涙が滲み出る──
「──アンタっ!!!」
空を裂くような怒号が、闇の向こうから聞こえた。
「...!?」
微かな輪郭を帯びたまま、こちらにズンズンと向かうそれは...やがて街灯の光を浴び、一意の形を見いだす。
「...ママ!?」
「アンタ!!!」
「今何時だと思ってんの!!?」
「もう門限とっくに過ぎてるよねええええ!!?」
母さんは凄まじい剣幕で、ボクの肩を掴む。
「いや、その...」
「なんでママとの約束が守れないワケ!!?」
「アンタ、家に帰ったら...分かってるよね!!!!??」
「ええ...」「おい...」
男性2人はドン引いて、コソコソと屋敷に帰っていった。
母さんはそれを見届けた後に、
「...帰るよ」
と、ボクの手を握って、早歩きをした。
「う、うん...」
シワの刻まれたその手のひらは、なんだか少し湿っていた。
.......
カチャ...カチャ...
「いただきます...」
そっと手を合わせて、ボクは母さんの作った晩ごはんをいただく。
帰宅の遅れたボクのために、わさわざ温め直してくれた。
粒の大きい白飯に、赤い魚と、温かい味噌汁。
もぐ...もぐ...
「...おいしい」
ボクはぽそりと、そう呟く。
「そっ」
母さんはそっけなく返し、洗濯物を畳む。
「...ママ」
「なに?」
「ありがとう...その、助けてくれて」
ボクがそう言うと、母さんの手が止まる。
「シラキ...アンタ、あれ見たよね」
「あれ...うん」
「ウーベンワークス...だっけ?」
「じゃあ...ママが言いたいこと分かるよね?」
母さんは疲れた目をして、ボクを見つめる。
「うん...」
「関わるのはやめなさい」
「あの攫われた子が...アンタの知り合いでもね」
「...ッ!!」
ボクはやや強めに、箸を皿に置く。
「だめだよ...あの人は、ボクの先輩なんだから!」
「...そっ」
母さんはそれだけ言うと、深くため息をついた。
「ボクは今からでも...やれるだけのことはやるつもりだよ!」
...結局そう言って唯一成功したことは、ヒール先輩に伝えることだけだったけど。
「ハア...」
「やっぱ、そういうとこは...パパに似たのかな」
「パパ?」
「そう」
「あの人はほんっと...正義感ばかり一人前だから」
母さんはそう言って、過去に想いを馳せるように窓の外を見やる。
星のよく見える空だった。
きっとはるか昔の人も、同じように星空を見上げて死者を想ったものだろう。
「ママね」
「...おかしくなってるよね?」
「え...?」
突然の言葉に、それしか言えなくなる。
「...ママもね、パパに会いたいの」
「でもホントはね、シラキにはどこにも行って欲しくない」
「ここでママと、ゆっくり暮らして欲しいの...」
今度はすがるような目で、こちらへと振り向く。
「ママ...」
「でも、パパも恋しいの...!」
「ママなんかじゃ、パパを迎えには行けないから」
「分かってるのに、シラキを...」
「ごめんね...?」
その目には、涙が浮かんでいた。
「うん...」
「シラキ...」
「...愛してる」
「!」
ボクは、ようやく思い出した。
母さんが、僕を厳しく指導するようになったのは...ボクが父さんを見つけ出すと、母さんの静止を振り切ってからだ。
母さんは、こんな複雑な思いで...それでも僕を想い続けていた。
そんなことに、ようやく気づいた時...胸の内が、熱く溶けるような感覚で満たされた。
...でも。
「ごめん、ママ」
「...」
「ボクは行くよ」
「先輩を助けにっ」
「...そう」
それを聞くと母さんはうなだれて、畳んだタオルに腕をつく。
「ママ」
「ボクも、ママのこと...大好きだから」
「!」
「シラキっ...」
ボクらは、何年かぶりに暖かいハグをして...
「いってきます」
そうして、夜の街に飛び出した。
―――
――
―
「──ボクが思うに」
「先輩は、もっと正直になるべきです」
「...えぇ?」
ヒール先輩はどんぶりを置き、ボクの目を見つめる。
「もったいないです」
「お互いに、お互いのことを想っているのに...」
「まわりくどいことばかりして、素直にならないなんて」
「もったいない...!」
「...ああ」
先輩は、何か思う所があるようで、ぷいとそっぽを向いてしまった。
──でも、先輩。
それって、普通のことですよ。
ボクたちはきっと、素直になれないだけなんです。
それでもなんとか、向き合ったとき。そのとき初めて気づくんです。
ボクらがどれだけ、お互いを大好きかって!!
――――
―――
――
―
ザー...ザザーン...
「わーい!!」
パシャアン!と、リントは波打ち際ではしゃいでいる。
「おい〜ちゃんと準備体操しろ〜?」
俺は少し離れから、そう呼びかける。
「あっはは!」
「ねえ、ヒール」
「意外と久しぶりじゃない?僕がここに泊まるの」
「あー、確かにな」
...あの蜘蛛型の魔族の、上層への侵入を許してから、境界警備隊はより一層警備を強めて、このような事は二度と起こさないと誓っていた。
しかし念のため、しばらくリントには俺の島で寝泊まりしてもらうことにした。
故郷が滅んで以降、上層で家を持ち落ち着くまでは、2人でずっと暮らしていた。
【先輩は、もっと正直になるべきです】
「......」
「なあ、リント」
「ん?」
リントは首を軽くかしげて、パシャパシャとこちらへ歩いてくる。
「俺さ...」
「お前が魔法を使えるとか、使えないとかじゃなく...」
「...」
「お前のことが大事だから、戦士になって欲しくないんだ」
「!」
とうとう俺は白状するが...
「...そっかー」
リントはそう言って、スタスタと近づく。
そうして肩を並べたところで、
「うれしいっ」
と、にこっと微笑む。
「でも、ごめん」
「...!」
「やっぱり、僕らの故郷を滅ぼした魔族が許せないよ」
「僕は戦士になる...!」
...やはり、リントの覚悟は崩せなかった。
いい加減、俺も覚悟を決めるべきかな。
リントの夢と、心中する覚悟を...
「あ、じゃあさ」
「僕からも、いい?」
「...ん?」
「やっぱり、ヒールも戦士になってよ」
「...えっ!?」
リントからのお願いに、思わずたじろぐ。
これまでは、俺自らリントについて行っただけであって...
リントは今まで一度だって、俺が戦士になることを強要しなかった。
「僕はこの一件で、つくづく思ったんだ」
「僕1人じゃあ、なんにもできないんだなあって」
リントはサヤカ家にさらわれ、縛られて無力になっていたのを思い出しているのだろう。
「でもね...なんだかね」
「ヒールと一緒なら、僕はなんだってできるって...」
「そんな気がするんだ!!」
「...!!」
「だからさ、ヒール!」
「...お願い、一緒に戦士になろうよっ」
リントはそう言うと、パッと右手を開いて、こちらに差し出す。
そうして不安そうな目で、じっと見つめてくる...
「...ッ」
「はははっ!!」
ガシッ...と、俺も右手で、その手を握る。
ったくよー...
なんってわがままなヤローだっ!!!
「いいぜ...付き合ってやるよ!」
「!...うんっ」
「ありがとう!!」
にぱあっと、リントは不安を晴らし、満面の笑みを浮かべる。
シラキの言う通り...
最初っから、こうするべきだったんだ。
無駄に絡み合い、複雑に陥る俺たちの関係。
楽観、緩慢...怠惰に油断。
心の糸を、緩めているから絡むんだ。
意思を意識を、ピンと張り、真っ直ぐ2人で向き合えば...
きっと、すぐに分かり合える。
そんな簡単なことは...この空を見れば、すぐに分かる。
空には何もない。
ただ青がどこまでも、澄み渡るだけ。
俺たちを縛る糸なんて、すべてまやかしにすぎないんだ。
自分の未来を決めるのは、結局は自分の意思なんだから──
気に入っていただけたら幸いです!
宜しければ、評価、感想など、たくさん欲しいです!




