無能→有能→ヒーロー
「んっ...」
ひゅいっ...と、分かたれた一房のミカンが、ひとりでに白いテーブルから浮き上がる。
「ほいっ」
それはサヤカの軽い掛け声と共に、俺の口目掛けて飛んでくる...!
スポポポポポポッ!
「むぐ...ッ!」
俺はなす術なく、全ての甘粒を受け入れる。
甘粒...そう、俺はこの味を分かっていた。
ノーム北の、トレミタ産の採れたてミカン!
栄養たっぷりで、病状でも受け入れられる優しい果肉の甘みに、繊維のややもった苦味がアクセントを加える。
俺のお気に入りだ。
だがな...!
「おいサヤカ...もう少しケガ人に気を遣えないのか...?」
「え〜?このミカン、好物なんでしょ〜?」
「ああ!大好きさっ!!」
「だからさぁ!一気に食べたらもったいないだろ!!?」
「ヒール...ここ病院だから大声は...」
「あ、ヤベ」
リントに注意された。
「そうだぞ〜ヒール。食わせてもらってんだから感謝しろっ」
ダイキも便乗して突っかかる。
「はー...」
俺はミカン風味のため息をつくと、ベットに深く身を預け、ボンヤリと窓の外を眺める。
水色のガラスを介したと錯覚してしまうほど、窓の向こうでは澄んだ青空が、俺の分まで伸び伸びと羽を伸ばしていた。
「まぁ...でも、今日で退院でしょ?お疲れ様っ」
窓の反射から、サヤカの微笑みが見られた。
「おめでとー」
ぱちぱちぱち、とリントは周りに配慮した、控えめな拍手をする。
「おつ」
...雑だなお前は。
俺が気を失い、病室に運ばれて...まだ数日しか経っていないが、もう退院だ。
だが、その数日間だけで、ずいぶん色んなことが起きたのだと。
俺がこいつらから聞いた限りでは...
―――
――
―
タタタタッ
「──君たちっ!大丈夫か!!?」
「!?」
あの蜘蛛型の魔族を無力化し、俺が倒れて少し後...
大勢の武装した大人が、リントたち3人の元に駆けつけた。
「これは...死んでいるのか...?」
その中の1人が、警戒しながらサヤカに尋ねた。
「はい...多分」
「そうか...」
「...ひとまず避難だっ!」
「着いてきてくれ」
彼らの正体は、中層と上層を隔てる大いなる崖...その付近を守る『境界警備隊』の人たちだった。
戦士の役職の一つで、そのうち最も人員が割かれている。
彼らが言うには...いきなり複数の魔族が境界に突撃してきて、そのうち一体の上層への侵入を許してしまったらしい。
ひとまず目下の戦闘を片付けた上で、大急ぎでこちらへ駆けつけたそうな。
つまり、あの魔族が決着を急いでいたのは、必死にリントを求めていた...だけではなく、警備隊の追手を恐れていたからだろう。
そのまま皆は避難、俺は病院へと直行し...今に至る。
ジョンさんは死んだわけではなく、糸で呼吸器を塞がれ意識を失っていただけであった。
...それはそれで、危ない状態ではあったのだが...幸い俺と同様に、何の後遺症もなく回復した──
―――
――
―
「──まあ、ひとまずは落ち着いたよな」
俺は今度は、自分の手でミカンをもぎっていただく。
たったの一粒でも、10回以上は咀嚼しても新たな甘味が都度生じる。
これだよこれ。こう味わって食うモンだよっ。
「なー...」
「...ったく、流石のオレでも、疲れたぜ〜〜」
くたびれた中年男性のような雰囲気を作るダイキ。
ダイキにとってもあの日は、これまでの人生の中でも有数の激務日だったろう。
「ダイキもありがとねー、僕のために...」
「オイオイ...それ言うの何回目だぁ?リント」
「礼ならもうたっぷりごちそうさまでしたが!?」
リントは既に、皆んなにごはんを奢ったらしい。
そしてここにあるミカンは、リントが俺のために買ってきてくれたものだ。
「そーよ。それにあの魔族に勝てたのも、リントの一撃ありきでしょっ」
「そうそう、あれはスカッとしたよ」
俺はシュッと、拳で空を切ってみせる。
「そんな...」
「アレといやーよ、オレはアッチの方もビックリだぜ」
「あんな魔法アリかよ...?」
...あんな魔法......
実は、あの魔族の死体が検死にかけられたとき、衝撃の事実が発覚した。
──あの魔族は、元から死んでいた。
腐敗の進み出した肉に、一部欠損した内臓...死体の状態から、明らかにそうであると分かった。
それと俺たちの証言も合わせて、国はある結論を出した。
魔族の中に、『死体を操る魔法』を扱う者がいる。
死んだと思われていた魔族が再び戦地に現れる事例が、以前から幾度か確認されていた。
それが実際に死体だと断定できたのは、今回が初めてだ。
本来上層では生きられないはずの魔族。
それがあの森まで来れたのは、もう生きていなかったから。
たとえ死体であったとしても、魔族が上層まで上がってこれてしまった。
安全なはずの、上層が...ついに危険に晒された。
この事実は境界付近の人々に、大きな衝撃を与えた──
「──俺のテレポが効かなかったのも、アイツが死んでたからだな」
「俺が転移させられるのは、『生物』だけだから...」
「あー、なんだ」
「オレはてっきり、オマエが自分の魔力も分からねえバカなのかと...!」
ダイキは悪そうにニヤケながら言う。
「ん〜、なんかアクセルとブレーキ間違えたバカもいた気がするな〜?」
わざとらしく疑問符を打つサヤカ。
「なっ!」
「あれは...しょうがねぇだろ!初めてなんだからッ!!」
ダイキはジョンさんの車を大破させたことが、結構なショックだったようだ。
「つーかサヤカ、オマエ...そんな言ってくるキャラだっけ...」
ダイキはボソッと疑念をこぼす...
「ん、なんか言った?」
「......!!」
(待て...これはつまり、距離が縮まったってことじゃねぇか!!?)
...とすぐにスッと顔を上げ、
「イヤ...なんでもねえ」
「オマエはバカじゃねえよ、ヒール」
「天才だ天才...世紀の大天才だッ!!」
バシバシッと、俺の背中を叩いてくる...
「...いや何!?キモイよっ!!?」
バシ!バシ!
「いてぇよバカッ!!!!」
こっちは病み上がりだぞ!少しは気遣えっ!!
―――
――
―
...はい、そんなワケで、俺は無事に退院し、再び学校に通えるようになったのだが。
あの事件以降、変わったことが一つある。
「よーっ!『有能』のリントっ!!」
「脳みそ見えてるよっ!」
「よおー!」
リントはクラスメイトのふざけた挨拶に対し、ビッとあいさつを返す。
「おっヒール!久しぶりっ!!」
「四天王揃ったなw」
「ああ...」
「...四天王?」
「おう、ヒールとリントとダイキとサヤカ、4人っ!!」
「...あと、ジョンって人もいるんだよな?」
「じゃあ五天王じゃねえかw」
「なんだよそれっ...」
...ともあれ、俺たちはクラスのヒーローになった。
戦士科のクラスであるこの3年1組は、当然魔族に勝つために日々訓練している。
そんな彼らの目標を、俺たちは1番にやり遂げてしまったのだ。
「やっぱなー、おれにもリントのパンチ力が欲しいわ」
「魔族絶対破壊超超滅亡パンチ!」
「いや〜、そんな大それたものじゃあ...」
リントは照れくさそうに謙遜してみせる。
おいおい。今話してる相手、今まで散々お前をバカにしてきた奴らだぜ?
むしろ今こそその魔族絶対破壊超超滅亡パンチするべきだろ...
「それにっ僕はヒールの指示に従っただけだから!」
「ねえ、ヒール!」
「...ん?」
いきなりリントが、俺に話を振ってきた。
「あ、そうだよな!」
「蜘蛛カスの弱点に気づいた四天王の一角、裸の王様!」
「それ煽ってるよな!!?」
「ハハハ...」
パッ
「...っああああ!!!」
「うわあああ!!!」
「ヒールぅま〜たやりやがったあああ!!!」
教室は俺の魔の手により、再び悲鳴に染まる。
パ
パ
パ
パ
パパッ...!
「「「あああああ!!!」」」
「俺はなあ!!バカには見えねえ服を着させてやってんだよ!!!」
俺は次々と、かつてリントを侮辱した輩を衣替えさせる。
「うおおお!王がご乱心だああああ!!!」
「謀反だ!!謀反を起こせえええ!!」
ダイキがノリにノッて騒ぎ立てる。
「「ッハハハ!!!」」
リントとサヤカが、仲良く笑い転ぶ。
「いけえええ!!!」
男子たちは、もはや恥部を隠す気もなく両手を掲げて俺に飛びかかる。
「無礼者!!控えろっ!!!」
俺はすかさず王の権威を発動し、クーデターを鎮める。
「そして聞け!!この魔族討伐の真の功労者を!!」
「な、なにぃ!?」
「だ、誰だ!?」
俺はフリに応じて、即座にその名を挙げる。
「その名は──」
―――
――
―
「──ねえ?」
「...サンタ先生っ」
俺はこの一件におけるもう1人のヒーローと向き合い、にこやかに語りかける。
「イヤぁ...ねえって言われてもねぇ...」
パキッ...
言いながらサンタTは、おやつのチョコレートをかじる。
「先生のお力なのに、皆んな全然わかってくれないんですよっ!!」
俺は先にサンタの名を挙げた時の、『?????』な皆の視線を思い出す。
「ひどいでしょう!!?」
「...マァ〜あのー、ちょっとよくわかんないんスけど...」
「とりあえず、職員室はおしゃべりする所ではないので...」
「あっ!ごめんなさい...」
俺はすぐに、自身の非礼を詫びる。
「...だから、ね?」
「廊下でなら...」
「...!」
スタスタ...
カラカラカラ...
「───あ〜、ハイハイハイ...」
「ワタシ〜の授業をね?ヒントにして...魔族の撃破に繋げたと」
「ハイ、その通りです!」
「...それは〜アナタの応用力が凄いだけじゃない?」
「ワタシあん〜ま関係ないと思うんだけど...」
サンタTは、控えめな応対をする。
大学で深く物理を研究した、俺たちとは比較にならないほどの知者であるにもかかわらず、授業の外では謙虚な姿勢を貫く。
「いえいえ!先生の授業のおかげですよ!!」
「先生の授業は!」
「ユーモアがあって」
「緩急があって」
「分かりやすく」
「そして深い!」
俺はピシッと、ベタな褒め言葉を並べる。
「めっっっちゃ褒めるね...」
「...大丈夫〜?頭打ったんでしょ〜?」
「大丈夫です!」
「それにこれは、前から思ってたことです!」
嘘ではない。
サンタTの授業は、そもそも生徒からの人気が高いのだ。
俺の頭がおかしくなったわけではない。
ただ俺たちを...そして何より、リントを救ってくれた影の立役者に、感謝を述べずにいられないだけだ。
「マーそっかぁ...無事ならいいのよ」
「...これでおしまい?」
サンタTはそんな寂しいことを言う。
「いや、ついでに少し、物理の問題で分かんないとこがあって...」
俺はぬるっと、参考書を取り出す。
「あ〜そうそう!そーいうのを待ってた〜」
「よしこいっ」
サンタTは、そんな俺のワガママに気前よく食いついてくれ...
...そのまましばらく、物理談義を交わした。
そしていい時間になった辺りで俺は、次の予定を済ませに...
...シラキとサヤカの元に向かった。
次回、第一章最終回(その後にエピローグ入れるけど)!
やる気に繋がるので、評価や感想など、たくさん欲しいです!




