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放たれた獣

『リント・ジャンパー』

 それが、僕の名前だ。


 南国ノーム生まれの、ノーム育ち。

 今年で17歳を迎える、平凡極まる1人っ娘。


 そんな僕の本日はしかし、非凡な彼との異常な出会いがあった、特別な一日だったんだ───






「──ぴよぴよ、ぴよぴょ」

 ...小さく甲高いさえずりを上げて、鳥がバタバタと走り回る。


「うおおー!!」

 その鳥を、僕は後ろから追いかける。



「ぴよぴよ、ぴーぴょ」


「待てー!」

 広〜い野原を駆け回る。日差しはまさに、能天気!



「あと少し...」

 最高速度は僕のが速いみたいで、距離はだんだんと詰められる──


「──はっ!」

 僕はサッと地面を蹴り飛び掛かったが、それはあっさりヒラリと躱される。



「ぴよぴい、ぴーぴ!」

 しゅたたーっ。



「ああ、待って!」

 僕はすぐに体勢を立て直し、再びそのお尻を追いかける。



 ...こんなやり取りを、もう何回も繰り返している。

 この鳥の魔物『ピョンコドリ』は身のこなしがすばやく、地形の扱いも巧みである。


 水たまりをピョイッと飛び越えて、木の周りをめくるめく回って。咄嗟の技術の差で、速度で勝るはずの僕は圧倒されていた──



「ぴよぴよ、ぴい」


「まっ...てよ...」


 ──追いかけ始めて15分。



「ぴよぴい、ぴっ」


「...もう、だめ....」

 限界である。僕は頼りなく足を止め、バタリと野原に崩れ落ちた。



「ぴよぴー、ぴー?」

 するとピョンコドリも足を止め、倒れる僕の顔を覗き込む。



「...何さ」


「ぴぴぴぴぴぴぴぴ!!」


「──バカにされてる気がする!」


 そういえばピョンコドリのオスは、逃げるのが上手いほどモテるらしい。


 ...ひょっとして、僕はこいつの男磨きのファンデーションにされてるんじゃないのか!?



「ぴぴぴぴぴぴ!!!」


「むぐぐ...!」

 僕は悔しさをバネにして、がむしゃらにソイツに飛びついたが──



「──ぴーぴぴ、ぴぴぴ!!!」

 ヤツはそれもまたヒョイと躱すと、僕に背を向けて走り出した。



「...ちくしょー」

 悔しいが、このまま一日中やったって追いつけそうにない。


 僕は力無く座り込み、その背を見送るのみである。



「諦めた?」


「はい。力及ばず...」

「...?」

 突然背後から語りかけられ、何とはなく返事をしたが...

 

 ...誰だ?


 僕は1人でここへ来たんだけど。



「なら、もらうぞ」


 僕は、その声のする方向に目を向けた...しかしそこには誰もいなかっ───




  ドゴオッッ!!!




「...ええっ!?」

 まさに、一瞬の出来事だった。




 突如としてピョンコドリの前に出現した()が、頭に目掛けて拳を振り抜いた!



「──ッ!!」

 ピョンコドリは声のない悲鳴を上げて、走る勢いそのままに地面にすっ転んだ。




 そして、二度と立ち上がることはなかった。



「...」

 男は、倒れ伏すピョンコドリの首を掴んで...


 ...ところで僕は、一目で彼が男だと分かった。





 彼は、一切の服を纏っていなかったのだ──



「──なんで!!?」

 僕はびっくり仰天して、彼の元へと駆け寄った。



「...あ?」

 寄る僕に対して、彼の鋭い目つきが送られる。



「な、なんで服着てないのさ!!」


「どうでもいいだろ」


「よくないと思う!」



「...んなことより、コイツは貰っていくからな」

 んなことでは済まないことを差し置いて彼は、ピョンコドリの首根っこを持って見せつけた。



「ああ、どうぞどうぞ!もちろんあなたのモノですっ」

 僕はササッと両手を引く仕草を取った。




「そうか」

「...」

「......」


 彼は「そうか」とだけ言って、その場でしばらく立ち尽くしていた。



 彼の背丈は、僕より少し高いくらいだった。年齢も近いのだろうか。





「しまった、殺しちまった」

 そして、彼はそう呟いた。



 何かあったのだろうか。僕はそんな彼の目を覗き込む。


 彼はそう、これから休みを満喫しようと思っていた矢先に課題を増やされた学生のような...マジ凄まじき表情であった。



「...」

 それから彼は鳥を掴んだ方の腕をぐいっと伸ばして、こちらにずずいと寄せて見せる。獣と血の匂いがセットで鼻にくる。



「やるよ、全部」


「ええっ!?」

 ...なんと彼は自分が仕留めたピョンコドリを、くれると言うのだ。


 しかも丸ごと!



「それは、とっても嬉しいですけど...どうして?」

 僕は不思議で彼に問いかけた。


 さっきまでは、彼がもらっていくという流れだったはずだ。

 気変わりにしたって、丸ごとは気前が良すぎるんじゃないか?



「気絶させるつもりが、殺しちまったんだ」

「だから運べない」



「...あなたの目的が、ピョンコドリの生け捕りだったって事ですか?」


「いや、生死は問題じゃない」


「じゃあ、問題ないと思うのですが...??」

 僕はますます不思議に問いかける。




「...」

 すると彼はスルリと右手を動かして、付近を飛び回っていたチョウチョを優しくつまんだ──



  パッ



「!」

 パッという間に、彼もチョウチョも、僕の視界から消えてしまった!



「──後ろ」


「うわっ!」

 声がして、後ろを振り返ると...彼はさっきまでと同じ体勢でチョウチョと共に立っていた。




 驚く僕をよそに、彼はそっとチョウチョを野原に手放した。



「...こんな風に、俺が転移させられるのは()()だけだ」

「だから死んじまったそいつは、転移させられない」


「な、なるほど」



「ここから町まで走って運んでも腐っちまうからな」



「手ぶらで転移してここまで来たから、クーラーボックスとか(あと服とか)を持っていないと?」


「そう」

 彼は残念そうに肯定した。

「だから、こいつは要らない」



「そうですか、ではありがたく」

 彼が差し出す死したピョンコドリを、僕はおずおずと受け取った。


「わあ...」

 ずしりとした重みが腕に伝わる。


 ピョンコドリは高値で取引されるんだ。これはとんでもない頂き物!



「...」

 彼は鳥をぶん殴った己の左手を、恨めしげにしばし見つめて。


「...じゃ」

 と言い残し、今にも消え去ろうとする姿勢──



「ああ、待って!」

 ──嬉しい重みに酔いしれていた僕は、慌てて彼を呼び止める。



「何さ」


「これから別のピョンコドリを探すんでしょう?」

「僕も手伝いますよ!」


 彼なりの事情があったとはいえ...労せず獲物を譲られちゃって、それで終わりじゃあ僕の気は済まない──



「いや、帰る」


「──帰るの!?」



「...この鳥さ、探すだけでもすげー苦労してさ、魔力もほとんど使い切ってんだ」


「逃げるだけじゃなく隠れるのも得意ですもんね、この子」


「ようやく見つけたと思ったら、既に誰かが追いかけてたし」

「それも結局殺しちまったし」

「...疲れた」



「うーん...」

 どうやら彼は相当に参っているようだった。むき出しの背中から悲壮が伝わる。服着てほしいなあ...



「...あの」

 しょぼくれた彼の顔を伺うように声を掛ける。


「それならこの子、僕があなたの通うギルドまで運びますよ!」

「一緒に換金して、分け合いましょう!」


「...は?」

 裸族の男は驚いた顔で僕を見つめた。



「やっぱりタダでこんな獲物いただくなんて申し訳ないですから、それぐらいのお返しはさせてください!」



「お前...」

「お前は、運ぶ道具を持っているのか?」


「もちろんっしばしお待ちを!」


 そう言って僕は離れの木陰へ走り、そこの荷物を持ってすぐ戻った。



「ほら、クーラーボックス。大きさも十分でしょう」


 99%!密閉!断熱!断臭!それだけにお高い代物だ。


「...それなら足りるな」

「足りるけど──」


「──じゃあ箱に詰め込んじゃいますねっ」


「...」

 鮮度は大事なので、ぼくは急いで鳥を畳み始める。



「...」

「...報酬金は折半でいいか?」


「折半だなんて、そんな!」

 僕は切れ込む手を止め、彼を見る。


「僕なんて、ただの荷運びなんですから」

「ほんの一割だけでももらえたら...」



「それだけで良いのか?」

 彼の右の眉尻が傾く。



「...」

「欲を言えば、2割...」

「その、僕もお金が必要でして」



「...2割?」


「よろしいでしょうか?」


「いいけど...」


「わあ、ありがとうございます!!」

 僕は深〜く感謝して、箱にピョンコドリを詰め込んだ──




「──ふう」

 ピョンコドリを冷箱に封じ入れ、さらには荷物も整えた。


「お待たせしちゃって、すみません」


「別に」


 ...僕らはこれから、2人で彼のギルドへ向かう。


 彼が魔物の換金のため通っているギルドは、僕が通っている所と違っていた。彼のギルドに僕だけが向かったところで、換金してはもらえない。


 さらに彼の通うギルドは、僕が全く知らない所だったので...彼に案内してもらおうという話になった──



「じゃあ、行きましょう!」


「...」


 ──そうして僕たちは、野原から町へと向かって駆け出した。


 

 草の香りが肌を撫でる。

 快晴が淡く彩った緑を、僕らは踏みしめて進んでいく。



 (...ちなみに彼には、僕が予備に持って来ていた服を着てもらっているよ)



 ザッ

  ザッザッ...


 ──ねえ、普段からあんな風に狩りをしているの──


  ザッ...


 ──いつも1人だよ...俺について来れるヤツはいない──



 ──16歳!同い年だ!──

  ──そんな喜ぶことか?──


  ザッザッ...


 ──僕の魔法かあ...ほんとに大したものじゃないよ、ええっとね──



  テクテクテク......



 ......野原の果てを出て道路に着く。しばらく待つとタクシーが来たので乗る。後部座席に隣り合って座る形だ。


 僕は七咲西高校の生徒なので、相乗りの彼も含めて格安で国内のタクシーを利用できる。


「テマリ町まで」


「...!」

 僕の要求に対して、運転手は低い声で答える。

「...テマリ町の、少し手前までで良いかな?」



「はい!」


「了解〜」

 キュルキュルと車輪が回り出し、おもむろに車が動き始めた。



 ...テマリ町は、ちょっと...いや、かなり治安が悪いことで有名だ。そしてそんな町に、彼の通うギルドがあるのだと言う。



 僕はちらりと隣の彼を覗く。


「...」

 彼は背中を背もたれから浮かせ、足を小刻みに揺らしている。総じてソワソワした様子。



「どうしたの?」

 僕は怪訝になって話しかける。



 そういえばここに至るまでの間に、僕と彼が同い年(16)であることが判明した。



「...落ち着かない」

「車とか普通乗らねえし」



「そっか、普段は移動するならテレポートでいいもんねっ」

「...でも荷物抱えたまま遠くまで出かけることだって、結構あるでしょう?」



「だいたいは近場で済ませる」

「そもそも、車が嫌いなんだ」



「車キライなの?」


「自分で運転するならまだしも...バスとか電車とかさ、知らない奴に命を委ねてる訳だろ?」

「...信頼できるものか」

 彼はそう言って、また足をもぞつかせる。



「運転手はプロだから、大丈夫だよ!」


「ははは、任せてくださいよ」

 運転席のお人がビッと親指を立てる。



「どうだか...」


「不安なら、じゃあ、色々話して気を紛らわそうっ」

「例えば──」

 そこまで言って、僕は大切な事を思い出す。




「──そういえば、まだお互い名前も知らないねっ」

 僕はぎゅっとシートベルトを掴む。



「...」


「僕はリント・ジャンパー。君は?」


「言いたくない」

 彼はそっぽを向いたままそう答えた。



「ええっ」

「な、なぜに...」

 たじろぐ僕に対して彼は、横目で運転席の方を見つつ小声で話す。



「(他人に聞かれているだろう)」


「(...運転手のこと?)」

 僕も一応小声で返す。


「(ここで話した内容が、どこかへ漏らされるかもしれないだろう)」


「(だから、プロだから...人の名前言いふらしたりなんかしないよ)」



「俺は人間を信用していない」


「ええ〜...」

 そう、引いた反応をしてしまったが。




 ...つまり、彼は僕のことを、他の人よりは信用してくれているのだろうか。



「じゃ、後でまた聞くからっ」


「ご自由に」

 彼はそう呟くと、ちらりと車窓に顔を向け外を見た。



 緑一面な野原からはもうすっかり離れ、タクシーはビル群をかき分けている...



 ...かき分けていくビルが、建物が、段々とくすんでいくのが分かる。整備の質が落ちていく。


 ...テマリ町に近づいているのだ。




 ───車が停まる。


  お金を渡して、外へ出る。

  車は煙を吹いて去る。



「──で、君の名前は?」


「いきなりかよ」


「へっへへ」

 テマリ町へ着いて早速のことである。



 彼は渋々口を開いて答えた。

「...ヒール」



「へえ、ヒールっていうんだ。了解!」

「僕、リントね」



「さっき聞いた」


「あはは」

「...それにしても、凄いところだね」

 僕は辺りを見回して言う。



 埃色の空気がそこらを揺蕩う。霞んだ信号は歪んで見える。

 大通りを微かに見渡してみれば、人よりカラスの方が多いじゃないか!


「ヒール」


「何?」


「君の行き付けのギルドって、ホントにこの辺りにあるの?」


「こっち」

 彼はそれだけ言うと、足早に通りを進んでいった。 


 従って僕も、ずんずん進む。



 ...正直言うと、ちょっと怖い。すれ違う人たちが、怖い目つきで僕らを眺め倒している。


 ヒールは慣れっこなんだろか。彼は物怖じせず歩くから、合わせてこちらの歩みも勇ましくなる。


 


 しばらく真っ直ぐ進んだところで、キュイっと彼が左に曲がる。


 真似した僕の目に飛び込んできたのは、一際明るい建物だった。


 色のない建物が続いていた中で、だけどここからは人の脈を感じる。



「ここだ」

 彼はそう言って、赤い扉に手をかける。



  ギ ギッ...


 床と擦れて軋む音と共に、隙間から中の光が漏れ出す。


「...」

 僕はひとつの息を呑んで、彼の後に続いて入る──



「ひっ」

 ──僕らを出迎えたのは、多勢の輩の視線だった。



 ...僕のことなんて簡単に捻り潰してしまえそうな屈強な方々が、行儀悪くあっちらこちらに居座っている。


 だがよく見ると、その視線の多くは僕でなくヒールの方に...


「おい、ヒールが服着てるぞ!!」


「おお激レアだ!」


「「ガハハハ!!」」


「?????」 

 屈強な大人たちが、揃って彼を見て笑っている。



 ...ヒールが服を着ているのは、すごく珍しい事のようでした。

 なんだか少し、緊張が緩んだ。

 


「...」

 彼はそんなのは意に介さず、直線にカウンターに向かって歩き出す。


 カウンターの方では既に、彼とは別の男が会計をしていた。


「──マシマクサ」


「かしこまりました」

 カウンター越しで客に応対するのは、1人の綺麗なお姉さん。


「マシマクサ140.2 gで、こちらですね」

 彼女はマシマクサを持って来た男に、それに相当した金を渡す。


「うひょひょひょひょ」

 男はそう言って踵を返し、僕らとすれ違って外へ出た。



 続けてヒールがカウンターへたどり着く。


「ピョンコドリ」

 彼は先の男と同じように言った。


「かしこまりました」



 僕はクーラーボックスをそっとカウンターへ置き、中のブツを彼女へ見せる。


「...」

(...冷凍...既に死んでいる...?)


 彼女はその中身を見て、少し表情の動きを止める。 それはすぐ平常に切り替わった。


「...ピョンコドリ一匹、確かに」

 彼女はハキハキとした言葉の後に箱を持ち上げ、奥の部屋へと入って行った。



 少し待ち時間ができたので、ゆっくり辺りに目を向ける。


 厚い壁の張り紙には、魔物や草、鉱物なんかの換金額が書かれている。当然ピョンコドリのもある。


 おおっ、やっぱりピョンコドリは高いなあ。このうちの2割いただくだけでも、他の魔物よりかなり美味しいんだ。

 これはなるほど、うひょひょだなあ。



「ナニ、これヒールの彼女?」


「違う」


「でもいい服じゃん、デートじゃないのっ」


「ちげえって(俺の服じゃねえし)」


「...じゃあナニ、売るの?」


「黙れ」


 ...ヒールは変な人たちに絡まれているようだ。



「──お待たせしました」

 そうこうしているうちに、受付の女性が空になった箱を持って戻ってきた。



「では、ピョンコドリ一匹ですので...」

「こちらになります」

 そう言って彼女はヒールにお金を渡す。


 ひい、

      ふう、

    みい...


 ...ふーむ、見たところ...アルバイト10時間したくらいの金額だなあ──



「──安くない!!?」

 ヒールがお金を受け取ると同時に、僕は思わず声を上げる。


「...」


「どうかしましたか?」


「あの張り紙に書かれてる値段と、全然違うじゃないですか!!」


「特別割引です」


「買う側が割り引いちゃダメでしょ!」


「いいって...」

 食い下がる僕とは逆に、ヒールは何故かこの金を受け入れている。


「ちょちょちょヒールっ」

「流石におかしいよお、これ」




「いつものことだ」



「...え?」

 彼はあっさりと、そう言って流した。



「いつもって、なにさ──」


「──ヒールさん」

「なんですか、この人は?」

 受付の女の人が、ピシャリとヒールに言葉を投げかける。



「さっき会ったばかりの他人だ、気にするな」


「うえっ」


「承知しました」

 

「...いやいや、さっきのマシマクサは張り紙と同じ価格だったでしょう!」

「ヒールだって、なんで受け入れてるのさ!」



「お客様」



 彼女が冷淡な目でこちらを見つめて言う。

「取引は、もう成立しました」


 しつこいクレーマーに向ける目線だ。事実、今の僕はそうなのかもしれない。



「...彼はお渡しした金額に、不満を唱えませんでした」

「何かご不満がございましたら、声を上げるか...別のギルドを当てにすれば良いでしょう」



「...そう」

 そう...なんだけど...


 なら、ヒールはどうしてこんな不公平を認めているんだ



「当てにできれば、ですけれど」


「...どういうことですか?」

 そう問えば、見上げる僕に向けて彼女は語る──



「──当然ながら、雇用契約には身分証明書が必要です」

「しかし彼には、証明する身分()()()()がありません」



「んなっ」

 僕は首を振り、ヒールの方を見る。



 彼はそんな僕の視線に睨みを返す。


 ...その目つきはしかし、悲壮を覆い隠すためのようにも見えた。



「無戸籍児で身寄りもない彼を、受け入れるギルドはないでしょう」

「我々の他には、ですが」

 彼女がヒールに微笑みかける。



「...この通りだ」

 ヒールがため息を吐くように言う。



 その目は出会った時の鋭さを失い、諦念の情を醸していた。


 彼は、足元を見られているのだ。

 ムッとした。



 僕は去ろうとする彼を目線で引き留め、再び彼女へ食い下がる。



「彼がなんだってば、こんなやり方はダメでしょっ」

「そう...公的な取引機関として、多分きっと、何かの法律に──」



「──触れるでしょうね」

 受付の女性は、容易く罪を認めた?!



「...でしょ!?」



「公的でしたらね」



「...?!」

「まさか、ここ」



「はい」

「政府非公認のギルドです」


「──!」

 許可無しのギルド運営!



  めちゃくちゃ犯罪じゃないか!



「我々はお客様の出自・犯罪歴に関わらず対応しております」

「危険な商売ですから、やはり、稼げるところで稼いでいかないと」


 めちゃくちゃ舐められてるじゃないか!!



「ヒールっ!」

 僕はそれはもうムッとして、ヒールの方を向く...


「...あれ?」

 気づけば彼はもうカウンターから去っていた。



 そして彼は壁側の席でなぜか、

  

   キュッキュキュ  キュッキュッキュッキュと


 机を布巾で拭いている。



 「...」

 僕は木目の床を軽く軋ませて、足早に彼と隣り合う。



「(ねえっ)」

 そして耳元で小さく囁いた。

「(...君がこんな扱いを受けているだなんて、知らなかったよ)」



「(だろうな)」

 彼はこちらには目もくれず、油類の汚れを激しくこすり取る。



「(...今の状態に、満足してるの?)」



「...」

 彼の手が慣性を殺して止まる。


 それから、じろりと僕を見つめ返して。

「(なわけ)」



「(じゃあ、抜けちゃいなよ。こんなとこ)」

 ギルドの中でそんな話をする。

「(他のギルドへ行こうっ)」



「...お前、ちゃんと聞いていたか」

 店の騒がしさを確かめて、彼が声を平常まで上げる。


「戸籍がなきゃ、無理なんだって」

 

「で、ヒールは戸籍が無いんでしょ」


「わかってるじゃねえか」


「じゃあもらえばいいでしょ」

「...孤児とかそういう理由なら、市役所ならなんとかなるはず」


 そう言った僕に対し、彼はしかし険しい態度だった。



「...ここに来るまでで十分に分かったと思うが」

「この町はマトモに機能していない」

「...市役所なんか、無いんだよ」



「うそっ!?」

 治安が悪いとは噂に聞いていたけど、そこまで酷いとは知らなんだ。



「...ああ、その」

「......悪かったな、お前の期待していた金額と違って」

 驚く僕から目線を逸らし、彼は懐に入れた金を取り出そうとする。



「ううん、それはいいんだ」

 身振りで彼の手を静止する。



 僕にとってもう金はどうでもよくって、ただ彼の境遇が気がかりだった。



「それより、さっきの話の続きっ」


「続き?」


「うん」

「役所すら無いんだったら、確かに...この町では無理かもしれないけれど」

 


「ここじゃ無理でも、他のトコ...例えば僕の住む町に来れば、ヒールも戸籍がもらえるよ」

 


「!」

 彼の目が鋭く開かれた。



「あの受付の人の言う通り、君に戸籍も身寄りも無いのなら...むしろどこにでも行けるんだっ」



「...それぐらい、分かっている」


「じゃあ、テマリ町に思い入れがあるの?」


「あるわけないだろう」

 彼は即答した。むしろ予想外なほどの速さで。



「...ならどうして、この町に残るの?」



「...」

 しかし、彼からその答えは返って来なかった。


  

   スッ


「──失礼」

 

「...!?」

 彼の回答を待っていると、僕らの間に1人の女性が割って入った。



 ──裕福さを示す豪華な服。存在感を醸す強めの香水。キワモノ立つこの店内においても、彼女が特別な存在である事が分かる。



「...お前」

 そのヒールの反応で思い出したが、そう...ピョンコドリの換金を待つまでの間に、彼にウザ絡みをしていた女性だ。



 その彼女が艶やかな唇を開く。


「...この町の外から来たお嬢さんには、分からないのも無理はないさ」


 彼女は子供でもあやすみたいに、ヒールの頭をゆっくりと撫で始める。彼は嫌そうな顔を示すが動かない。



「...この町の人間は、この町でしか生きていけないからここにいるのさ」

 彼女は空いている手で店内を回し指す。



「何かしら犯罪を犯していたり、そういう奴らとの繋がりがあったり...表じゃ生きられない人間」

「そんな社会に引け目のある子たちは、自然とこの町に引き寄せられるんだ」



「...ヒールは、何かしたの...?」


「....別に」

 しばらく黙って撫でられていたヒールが、ようやく彼女の手を払う。



「俺も」

「気づけばこの町にいた」


 これが、彼の言い分だった。


「俺は...人間を信用できない」

「だから、人の社会では生きられない」


 橙色の電灯が、彼の額に影を落とす。



「人間不信ねえ。この町の奴らなんざ、大体がそうだろうさ」

 彼女は無理やりに彼の頭をパットする。



「...じゃあ、僕は?」

 僕はヒールに語りかける。



「僕のことも信用できない?」

 

「......当然だ。さっき出会ったばかりなら、なおさら──」


「──時間は重要じゃないんだ」


「んな事ないでしょ〜」「あのね、ヒール」

 茶々を入れる彼女を無視して続ける。



「...僕は、君を、僕の町まで連れて行ける」

「そして一緒に、君が身分を得るのを手伝うよ」



「...なあ」

 彼が言葉を返す。


「お前が欲しいのは、本来の相場での金じゃないのか」

「それならもう、俺の貯金から出すから──」



「──お金は、ごめん!本当にいいんだ」

「僕はただ君が、心配で...」



「...へえ」

 豪華な女性が目を細めて、そう呟く。



「.....」

「...なんで?」

 溜めて溢れた彼の疑問には、多くの意味が込められている気がした。

 

「...いや、そうじゃない」

「俺はここじゃなきゃ無理なんだって...!」



「僕が協力する」


「...は?」


「君が社会で生きて行けるように、人を信じて生きて行けるように、僕が協力する」


「...」


「だからまずは、僕を信じて欲しい」


「...!」

 彼の瞳に揺らぎが見えた。



「....」

 先までチャラけていた女性は、今や静かに、不思議なものでも見るような目を向ける。


「...」


 しばらくの間、沈黙があった。



「....」

 僕はその間、ヒールの機微を見つめていた。



「...」

 周りの喧騒が、少し静かになったような気がする。

 

 

「.....」



 そして、ヒールの口が微かに震える。

「...じゃあ───」



「───ヒールさん」


「「!?」」


 彼を遮ったのは、受付に立っているはずの女性。

 それがカウンターを空にして、わざわざ彼に近づいていたのだ。



  ズイッ


「おっと」

 彼女がさらに身を寄せると、豪華なる女性は身を躱して退いた。



 女性は強い香りを残して席を去る。



「...何か」

 ヒールは強気に受付嬢と相対する──




「ここを おやめになる つもりですか」




「──!」

 しかし、一語一句 噛み締めるような彼女の語気に当てられると...彼の顔から闘気が失せて見えた。



「俺は...」

「こいつの言う事を試してみようと思う」



「!」

 僕の言葉は、どうやら彼に響いたようだった。



「...」


「少し試してみて、やっぱり合わなかったら...また戻ってくるよ...」

 彼は自信のない声でそう答えた。




 それに対して、彼女の反応は


「...ずいぶん都合がいいですね」

「一度我々のギルドを捨てて、それで貴方の勝手に、また戻ってこようと?」

「それは失礼じゃありませんか?」


 実に冷淡なものだった。



「...だよな」

 悲しげに口元をキュッとさせる。



 僕も擁護に口を挟む。

「その、勝手な話だとは分かっているのですが──」



「──雇用契約にある我々としては」

 しかしそれは彼女に遮られる。


「曖昧な状態は避けたいのです」

「辞めるか、辞めないかは、ハッキリしていただかないと」



「む...」

 それは確かに正論だった。



「...」

 僕もヒールも押し黙っていると──




「──しかし、そうなると困ったものです」

 突如として受付嬢が、芝居がかった口調でそう切り出す。



「...?」


「例えばヒールさんが()()()()と仰り契約を続けながら...その裏ではこっそりこの方と共に、別の町での暮らしも試していたとしても...我々はそれに気づく事ができません」

「ええ、困ったものです」



「...別に、俺はそんな事──」


「──そこで、こうしましょう」

 彼女が1の指を立てて言う。



 それから彼女の口が、軽薄な悪意に歪みだすのが見えた。



「貴方がこの方に着いて行くつもりなら、2人揃ってここから退出してください」

「もしそうなさった場合、あなたとのギルド契約は解除...今後ヒールさんとの取引は致しません」



「......まあ、だよな──」



「──そして」

 僕らが相槌打つより早く、彼女が2の指を立てる。


「ヒールさんがこれからも我々との取引を望むなら」




  ぎんっ




「へっ...?」

 彼女は、突如として僕を見た。



 それは人に向けるべき眼ではなく

  狩りの獲物を見つめるものだった




「──こちらの方を、()()しましょう」


「は?」


「...え?」

 僕もヒールも、そんなリアクションしかとれなかった。



 ...なんだって?僕を換金?

 だって、そんなの、ありえないじゃないか──



「あちらの壁に、人間の依頼が貼り出されているでしょう?」


「...!」

 バッと目を壁紙に走らせる──


  だがその間にも彼女の話は続く──



「──もっとも人の価格設定は複雑ですから、値段の方は書かれていませんが」

「これほど良質な人間であれば...」

 そう言って彼女はカウンターへと渡り、その下から金を取り出す...


   


 重い、金属の音がした。カウンターに金貨が置かれた音だ。


「これくらいになりますね」


「...!」

 僕もヒールも、思わずカウンターへ駆けつけた。




 今まで見た事もないくらいの、大量の金を見せつけられた。



 ヒールも、目を丸くしてそれを見ていた...



「というわけで」

 女性は不敵な笑みを浮かべて、話をまとめる──



──ヒールさんが我々よりこの方を取るのなら、お二人で退出。我々との契約は解除──



──そうでないなら、この方を我々に引き渡し...代わりにこの金は、全てあなたのものです。そしてこれからも取引を続けましょう──


「──ねっ」

 


 ...ねっ...じゃねえよ。


 ...理解が追いつかない。

 いや、理解を脳が拒んでいる。



 彼女は最初の時と変わらない、丁寧でハッキリとした口調だった。

 それだけに、不気味でしょうがなかった。



   ...冗談じゃない!


 僕は歯を力ませ声を張る!

「何てこと言うんだ!こんなの──」



「──()()()


「!」


「今一度 ご自身のいる場所を お確かめください」

 

 言われて、周囲を見渡した。



「分かっていないようですから」


   そして 感じる無数の視線



「ああっ...」


  僕の ことなんて 


  簡単に 捻り潰してしまえるような




「...で、どうしますか?ヒールさん」

 彼女は今度はヒールに顔を向ける。



「...お前は、何がしたいんだ」


「私も同じ気持ちです、ヒールさん」

「部外者をギルドに連れ込んで、迷惑をかけた自覚はあるでしょう?」



「...」


「その迷惑料は、彼女自身に払ってもらいましょう?」


「んなっ!」


「彼女は、先ほど出会っただけの他人だと仰いましたよね」

「そんな方を信じて着いていくより...今、この金を受け取ったほうが...あなたの生活は()()に豊かになるのではないでしょうか?」

 


「...!」

 ヒールは一瞬、僕を見て...それからすぐ、目を逸らした。




 ...この人は、なんと意地悪なんだろうか。


 ヒールは、きっと1人で生きてきて...まだ他の生き方を知らないんだ。

 

 そのただ1つの生き方を、こんな風にして揺さぶるなんて!



「ヒール...」 

 僕は彼の方を向き──




「──おい」


「!」

 ...彼は真っ直ぐに、受付嬢の方を見据えていた。



「おや、決まりましたか」

「...どちらになさいますか?」

 彼女もまた、ヒールをしっかりと見返している。



「...」

「契約は終わりだ」

 


「!」

 彼の回答を聞き、彼女の目が見開く。



「ヒール...!」

 彼と僕の目が合った。



「...そうですか」

「そうですか、そうですか」

 彼女は、無機質に言葉を繰り返す。



「上質な人間を得られると思ったのですが、仕方ありませんね」


「ふざけるな。()()()()悪ふざけだろうが」


「...解約の手続きは、こちらでしておきます」

 彼女はヒールの罵声には触れる事なく、名簿のようなものを取り出して。



「ウフフ...」

 ──────っと...彼に見せつけるように線を引き、ヒールの名前を取り消した。

 

 ボールペンで引いた線だ。もう消えない。



「...まじ性格悪いな、あんた」

 

「ええ、ええ」

「ストレスの溜まりやすい業務ですから」

 キュキュッと彼女は、書類に文字を書き足していく。



「発散できるところで発散していかないと」

「本日もクレーム対応で大変でした」


「...ちっ」


「まあまあ、ヒールっ」

 僕は舌を打ち始めたヒールの袖に触れなだめる。



 今の彼には、きっとものすごいストレスが掛かっていることだろう。

 彼女にとっては気楽な悪ふざけでも、彼にとっては大問題なんだから。



「君に売られなくて助かったよっ」

「ありがとう」



「あんな提案に、乗るわけないだろう...」

 

「あはは...」

 僕は軽く笑い、ヒールの肩を取って帰ろうとした。



「...?」

 しかし、彼の肩は硬く動かなかった。



「.....そうか、これで終わりなのか」

 彼はそんな事をふと呟くと、受付嬢へと見定めた。



「...どうかしましたか?」

 彼女はニヒルな口を浮かべる。



「あんた 散々俺の足元を見て、散々な事をさせてくれたよな」


「んん、何の事でしょうか?」


「あっただろいくらでも」

「舐め腐った金額での取引に、お前がやるべき事務作業」


 事務作業させてたの?!



「水汲みに酒注ぎ、食事運びに、机拭きに」

「客に店回さしてんじゃねえぞ」



「ええと...ヒール?」

 彼がやたらと饒舌になっている。



 まずいぞ。怒りのボルテージが上がってきているのが分かる。



「客の武器磨きまで手伝わされたりさ」


 契約からの解放が、抑圧された彼の感情を呼び覚ますのだ。



「...ああ、裸で掃除もさせられたっけ」


「ああ、ありましたね」

「あなたは転移で汚れを落とせますから、汚れ仕事にうってつけですもの」



「俺にはここしかないと知っていて...!」

 彼の左手がわなわなと震える。



「ヒール...」

 僕には到底推し量れない、彼の怒りが全身から伝わってくる。



「まあ...社会不適合者のあなたにとっては、無機質なギルドでの取引が唯一の稼ぎどころですものね」


 彼女はヒールの怒りなど意に介さぬように、彼と談笑しているかのような雰囲気でいる。



「...なあ、おい」

「それだけのことをしておいて、何事もなく契約は終わりなんて」

「それこそ都合が良すぎるんじゃないか?」

 


「...では、どうするおつもりですか?」


「長い付き合いだ。劇的な別れにしようぜ」 


 彼の左手が力強く握り込まれていく


  あっ



「──シッ!」


 瞬間 彼は床を踏み鳴らし、カウンターに右足を乗り上げる。


 ジャラリと下品な音を立てて 金がカウンターの上を滑る。

  彼は勢いそのままに左拳を彼女に向かって──



「──だめ!!」

 僕は咄嗟に彼の腕にしがみつく。



「クソが...2年間だぞ...!」

 彼は歯列を歪み軋らせ、受付の女を睨む。



 彼は2年もの間、こんな扱いを受け続けていたというのか...



「でも...」

 そう言って、僕は彼を促すように後方へ目を流す。




 皆が こちらを見ていた

  いつのまにか 空間は静まりかえっていた



「...」

「...なるほどな」

 彼は振り上げた拳の力を抜いて、一歩後ろに引き下がった。



「ウフフ...」

「酷いですね、暴力に訴えようとするとは...!」

 彼女はヒヤリした様子だったが、カウンターから足を下ろすヒールを見て余裕を取り戻す。



「賢明な付き添いの方がいて良かったですね」

「そうやって手を繋いでもらったまま帰ってみてはいかがですか?」



(ダメだよヒール、怒っちゃ──)

(...?)


 ──そこで僕は、ヒールの服が宙に浮いているのを見た。



「フフフフ...」


  パッ



「...え?」

 次の瞬間、互いに一糸纏わぬヒールと受付嬢が部屋の中央に出現。



 そしてヒールだけがすぐに消え、彼の服と共に元の位置へ戻り...



 彼女だけが 裸で 衆前に取り残された。




「きゃあああ!!」


「「──うおおお!!!!」」「「やったあああ!!」」


 そしてすぐさま受付嬢の悲鳴と、屈強な男女の喜声が部屋全体を包んだ!!!?



「...ええ?」

 僕は呆然と立ち尽くした。



「「へい!へい!へい!」」「「ひゅー!」」


 瞬間のお祭りムーブの中、ヒールが僕へ語りかける。

「これなら、いいだろう?」



「「へい!へい!へい!」」


「...」

「うん、いいんじゃないかなっ」


 そう答えると、彼は満足そうに微笑んで...それから出口へ歩き出した。


 僕も隣に揃って進んでいく。



「ちょっと...ヒール!待ちなさい!」

 怒声を上げて、受付嬢がヒールに駆け寄ろうとするが──



「「へい!へい!へい!」」

「「ディーフェンス!ディーフェンス!」」

 ...屈強な男衆による鬼のディフェンスに止められる。



「ちょっ...邪魔!」


「はははは!!」

 それを見て彼は高らかに笑う。



「...じゃあな」

 それから静かにそう呟いた...



 ...そうして赤い扉まで差し掛かり、さて開けようかといったところで...扉近くの椅子に居た女がヒールを呼び止める。


「...ヒールちゃん、マジにもうここには戻らないカンジ?」


「...戻れないだろう、ここまでやっちまったんだし」


「えーショック〜」

「キミのこと好きだったのに〜」

 女は右手に持ったグラスをカラカラと回す。



 彼女の服は部屋の者の中でも際立って豪華で、艶美な香水と合わせて、己の豊かさをこれでもかと表していた。


「嘘つけ」


「ホントだよ〜」


「お前は、俺がコキ使われるのを黙って見ていただけじゃないか」


「ああナニ、助けて欲しかった?」


「...」


「そこは勘違いしちゃだめだよっ」

「好きでもアタイらは、あくまでも他人。別に助ける理由はないでしょっ」


 カラリンっと軽い音を立てて、彼女はグラスをヒールに向けて振る。



「...ああ、そうだな」

「こいつが、おかしいんだよな?」



「そうそう!」


「うえっ」

 2人が合わせて僕を見る。



「普通じゃないよ、お前は」

「だがお前には、その...」



「......よろしく頼むよ」

 彼が弱気な口端を湛えた。



「もちろんっ任せて!」

 ヒールは僕を信用してくれた。だったら、それに応えないと!


「まずは戸籍を手に入れるところからだねっ」



 そして、ようやく僕たちは、赤色の扉を押し開く。


 2人は外の世界へと飛び出す。

  太陽はまだ高く跳んでいた。


 気分は快晴、実際快晴。まるで新たな冒険の始まり。




 開かれた赤い扉は、やがて音を立てて閉まろうする。




 扉から光が締め切られるまで、最後まで彼ら2人を見ていたのは、豪華な服に身を包んだ女。


 カラリと音を立てて、彼女は右手に持ったグラスを置く。


 その手の甲にはタトゥーが刻まれている。奇怪な網目の紋様に、『7』という数字が彫られていた。



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