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04 あいさつ

 天使がくれた魔法の矢を使うことで一緒に登校することができた通学路から、そのまま校舎の廊下も並んで歩き、目的地である一年の教室に入ると、今まで黙っていた布井さんがようやく口を開いた。


「じゃあ、私の席はあっちだから」


 セイ、グッバイ。

 ここまでためにためて、ようやく出てきたセリフが何かと思えば別れの言葉だ。

 悲しい。

 とはいえ、まさか彼女の席までついていくわけにもいかないので、こちらからの返事は「あ、そっか」で決まり。未練がましく追いすがっても沈黙の時間が長続きするだけに違いないので、おとなしく俺も自分の席へと向かうことにする。

 結局のところ、楽しい雑談はちっともできずに終わってしまった。

 だけど焦る必要はない。今日のところはこれでいい。

 覚えてるか? なにしろ俺と彼女は友達になれたのだ。

 そう、まさかの友達である。友達。単なるクラスメイトとは違い、これといった理由が用事がなくても一緒にいていい関係。

 ……となれば、ほら、これからいくらでも仲良くなれるチャンスがあるではないか。


「まさかとは思うけどさ、もしかして今ので満足してる?」


(うるさいぞ天使)


 不気味な独り言になってしまうので声を出さないように気を付けながらパクパクと唇の動きだけで文句を言いつつも、周囲から見て機嫌がいいように思われるためにも笑顔は忘れない。

 いつも以上の素敵スマイルだ。


「あっ」


 ちらりと前歯を出した瞬間、少し離れた席に座っていた女子と目が合った。……が、理由もなく不自然に笑顔を作ってしまっていたせいか、目をそらされた。

 おお、なんということだろう。

 いとも鮮やかで、スムーズな無視。

 ガチで嫌われているんじゃないかと覚悟するしかない反応。いつもなら完全に落ち込んでうつむいているところ、慌てて矢を放つ。



<A>

 見なかったことにしよう。


<B>

 さすがに目をそらすのはやりすぎか。次に目があったら頭下げるくらいはしてやるか。


<C>

 いっそこっちも笑顔でおはよう、って言ってみるのもいいけどさ。



 という三択。

 あっさりと無視されたので傷ついたけれど、冷たいようで、意外と優しい。頭を下げたり、声をかけたりする選択肢があるということは、少なくとも嫌われているわけではないらしい。

 なら脈はある。

 となれば、このまま無視されて終わるAはない。

 少しずつ友達になれる距離感を得られるであろう、やや控えめな選択肢であるBとちょっと悩むが、やはりここは目標までの進展スピードを重視してCだ。

 笑顔でおはよう、と言ってもらうぞ!


「おはよう」


 はい、完璧。

 つい今しがた無視したのは何かの間違いだったかのように顔ごと視線が戻って、ちゃんと目を合わせただけでなく、ぺこりと挨拶をしてくれた彼女。

 にっこり、というには控えめだけれども、本当に笑顔だ。

 かわいい。

 す、好き……になるのは待て。ちょっと落ち着こうか、自分。

 そりゃ好きになっちまうくらい可愛いのは否定しないけれども、たかが挨拶をしただけじゃないか。

 あまりにも単純に彼女を好きになりかけた気持ちに一応はブレーキをかけておいて、こちらもさわやかさを意識しながら返事をする。


「あ、うん。お、おはよう」


「うんうん、おはようおはよう」


 にへらっと、だらしない顔をして笑っちゃうね。自分の席に向かう途中だったはずなのに、そんなことは忘れちゃって足も止まったまま動き出せません。

 でも会話は続きません!

 矢か! 魔法の矢の出番か! 彼女にも即座の二発目か!

 とか二人で見つめあいながら悩んでいたら、優しげに微笑んだまま満足そうにうなずく彼女の近くにいた別の女子が驚いてこっちを見た。

 自分が所属するクラス内の交友関係に疎いので確証は持てないが、座っている距離の近さから考えれば彼女の友達かもしれない。

 でも俺には声をかけず、すぐ隣にいた彼女に視線を戻して首をかしげる。


「え、何? 知り合い?」


 いや知り合いだろ。同じクラスなんだから。

 休日の街角で出会った知らない男子とかならわかるけど、平日の教室だぞ、ここ。

 まあ、冷静に考えれば「友達?」という意味で尋ねたんだろうが。


「いやぁ……」


 別にそんなんじゃないけどね、なんて首をかしげる彼女。それもそのはず、普通だったら俺に挨拶なんてしてくれません。

 だったら、どうして急に声かけたりなんてしたの?

 なんて、どこの誰だって疑問に思うのは当然か。

 ……ううむ。このままじゃあ、さすがにちょっとまずいかもしれない。相手の性格や彼女たちの関係性にもよるけれど、俺と彼女の間のことで勝手にあれこれと詮索されて、何かよくない展開になりそうだ。

 たとえば……付き合ってるとか、片思いしてるとか。

 そりゃまあ、悪い気はしないが、俺の目的を考えると誰か特定の相手と仲を深めすぎるのはよくないのである。いろんな女子との新しい関係性を築けなくなってしまうため、付き合ってようが付き合ってなかろうが、女子の誰かと恋仲にあるなんていう既成事実や噂が広まってしまうのもよくない。

 というわけで、ここは先手を打てるなら打つべき。

 俺を無視して普通に会話が始まりつつある二人の間に割って入って「ちょっと待って!」と言葉をかける代わりに、慌てて矢を射る。

 つい先ほど挨拶をしてくれた同じ人物相手ではなく、今度のターゲットは疑問に思っている女子のほうだ。



<A>

 じゃあなんで挨拶してんだ。おもしれーから追求しとく?


<B>

 ま、いっか。どーでもいーから話を流す?


<C>

 私もやっとく?



 最後に出てきたCの選択肢を見て「私もやっとくって、何をやるんだ?」と一瞬くらい悩んだが、この状況でなら挨拶のことだろう。まさかチョップやキックをしてくるわけでもあるまい。

 たかがあいさつくらいでここまで悩まれても困るが、仲良くなるための第一歩である。

 うむ、ここはCだ!

 選択が済んだ瞬間、時間が動き始めるとともに、やや警戒していたような彼女がこちらに顔を向けて微笑む。


「まー、そっか。おんなじクラスだもんね。じゃー私もおはよー」


「あっ、おはよう」


「うんうん、おはよーおはよー」


 あっ、すごい。

 今まで一度としてまともな交流のなかったクラスの女子二人におはようと言ってもらえて気分は最高です。しかも二人とも笑顔なので、本心はともかく社交辞令っぽさをまるで感じません。

 友達じゃん、これ。

 俺の友達にさせちゃったじゃん、これ。

 独裁政治を始めた皇帝として、支配下に置いた世界を思いのままに牛耳れた気分にさえなってくる。

 まっ、所詮は挨拶させただけだけどな!


「あのさー、この程度のことで満足そうな顔しないでよ。まだ一歩目くらいなんでしょ?」


(何度も言わせるな、うるさい)


「いやいや、僕だけじゃないって。ほら、周りの人を見てよ」


(え? 周り?)


 いったい何を言ってるんだと思えば、少し離れた席に座っている女子がこちらを不思議そうに見ていた。

 なんでこいつ急にクラスの女子と仲良さそうにしゃべってんだ? みたいな目である。

 なるほど。昨日まで目立たなかった凡人の俺が急に女子とコミュニケーションをとって満足そうな顔をしていると、確かに変だ。矢の効力を完全に理解できているわけでもないので、今は楽しく話しかけてくれている目の前の女子二人も時間が経ったら「友達でもないのに、なんであいつに挨拶しちゃったんだ?」みたいな雰囲気になるかもしれない。

 とにもかくにも小さな違和感を放っておくと悪い噂が立つかもしれないので、ここは俺たちに怪訝そうな視線を送っている彼女にも矢を放つ。

 で、結果としては特筆すべき選択肢は出てこなかったため、同じように挨拶をさせる。

 不思議そうに見ていたのは不思議だっただけで、特に他意はなかったらしい。


「あのさ、おはよう!」


「あ、うん」


 ふーむ、なるほど。

 普通に挨拶をしてもらえる選択肢を選んだものの、意外にも声が大きく響いた。

 これが普通か。この子は元気がいい。

 ネガティブな感情とは無関係にテンション高く挨拶してくれてうれしいというか、正直に言えば彼女も可愛いけど、変に注目を集めてしまったので困る。

 布井さんと一緒に入ってきて、三人の女子が馴れ馴れしく挨拶をした俺という存在。矢の力を知らなければ、どう考えても不自然だ。

 いったい何があったのかと、彼女でなくても疑うだろう。

 はっはっは、なにしろ昨日までは友達ゼロ人で一言もしゃべらなかったからな!

 ……ここで止まるか、突き進むか。

 考えるまでもない。次だ。

 俺は進むぜ。

 ビシュッ。(矢を放つ音)


「おはよ……」


 へえ、彼女はダウナーか。

 友達になれれば俺とテンションが合いそうだ。気合の入ってない私服を着た彼女と同じ部屋で過ごしたりなんかして、休日は一緒にだらだらしたい。


「ども」


 続けて矢を放った女子はそっけないけど、それもいい。

 肩ひじ張らずに付き合っていけそうじゃないか。


「誰だっけ」


 えーっと、はい、岸本です。

 そりゃこんな距離感の女子もいるよな。

 ……とまあ、そんなこんなで、朝から教室にいた女子に対して片っ端から矢を放って挨拶をしてもらう俺。所詮は「おはよう」と言ってもらっているだけではあるが、とんでもない大仕事を成し遂げたような気持ちになる。


「あきれた。これが矢を使ってやること?」


 そうだとも、天使。これこそが俺のやることだ。

 たとえこれが普通の人にとっては矢の力を必要とせず普通にやれることだとしても、今までは一歩目さえ踏み出さなかった俺にとっては大事な手順のひとつだ。

 千里の道も一歩より、なんていうじゃないか。どんなに細く曲がりくねった道であったとしても、全ての道はローマに通ず、なのだ。

 だからめげずにやる。この子にも。

 えいっ。



<A>

 ねむ。


<B>

 だる。


<C>

 ひま。



 という選択肢が出てきた。

 ねむ。だる。ひま。

 今までの選択肢と比べるとあまりにも簡素だ。何かの間違いではないかと思えてくる。ゲームでいえばバグ。いるのか知らんが、神様も全知全能ならデバッグくらいちゃんとやれ。


「なんだよ、これ。これが選択肢か?」


「そうだよ。現時点における、この子の行動指針だね。あれをやりたい、これをやりたい、だけじゃなくてさ。いろんな選択肢があるんだよ」


「ふーん。いろんな選択肢、ねえ……」


 また馬鹿にされるだろうから口にはしなかったものの、面倒だな、というのが率直の感想。

 正直な話、選択肢については面白さや意外性なんていらん。

 人生なんてずっとイージーモードが一番楽でいいんだが。


「どれも大差なさそうだからって適当に選ぶのはお勧めしないよ。どれを選んだらどんな行動をするのか、ちゃんと考えてから選ばないと」


「あーはいはい、なるほど。それもそうか。眠い、を選んだら寝るかもしれんが、だるいとか暇とかを選んだ場合、彼女が何をするかはわからんな。……まさしく攻略だ。いよいよギャルゲっぽくなってきたじゃないか」


「あのさ、ギャルゲで例えるのやめない? 僕よくわかんないんだけど。合ってるのか間違ってるのかもさっぱりだからさ、どう反応したらいいのかわかんない」


「安心しろ。実は俺もそんなに詳しくないから」


 ギャルゲの共通ルートが好きだとか言いつつも、有名どころのギャルゲなんて十八禁で成人向けなのが多いから、実はほとんどプレイしたこともない。

 あくまでも知っているのは全年齢向けのやつだけだ。

 あとはアニメ化されたらアニメを見るとかはあるが……。


「ああ、知ったかぶり。人間がよくやるやつか」


 ムカッとしたが否定はできない。何を言ってもどうせのらりくらりとかわされるので、反論したところで意味もなかろう。

 腕押しの相手に暖簾を選ぶようなものである。

 それよりも今は選択肢が出たままの彼女だ。


「ふーむ。どうするべきか……」


 最大の目標は彼女と俺の仲がプラス方向に進展すること。ゲーム風に表現するなら、好感度や親愛度が上昇すること。

 ただし、もちろん最終的な着地点は友達以上恋人未満。

 どうしても好感度があげられそうにない場合の次善策としては、可能な限り好感度が下がらないものを選ぶこと。ありきたりなものでいい。

 せっかく魔法の矢を使ったのに……なんてことは考えない。

 平穏は大事だ。いいことがなくても悪いことがなければ及第点であり、マイナス方向に何事もなければそれでいい。

 さて、そういう観点から見ると、今回の選択肢は意外と難しい。

 直接的に何をやるつもりなのか教えてくれていた今までの選択肢とは違い、どれを選ぶにしても、それなりにリスクがある。

 例えばBやCを選ぶと彼女が何をするのかわからないので、勝算がなければ選ぶのは避けたほうがいいかもしれない。教室に入ってからの俺はちょっと調子に乗っているようにも見えるため、いろんな女子に挨拶をしてもらっている俺に対する好感度が減る可能性もある。

 さすがに彼女がきっかけとなって教室中を巻き込む大事件に発展するような場面ではないだろうが、ここは慎重にAを選んでおこう。

 たぶん、この中では一番無難だ。


「ねむ……」


 とかつぶやいて、腕を枕にして顔を机にうつぶせた。言葉と行動を素直に解釈すれば、これから始業の時間まで眠るつもりらしい。

 本格的に睡眠をとるというよりは、寝たふりをして目をつぶって休むくらいのものだろうが。

 念のために二発目。



<A>

 ねむいねむい。


<B>

 すやすや。


<C>

 あー、しんど。



 さっきと代り映えしない選択肢の内容はともかくとして、まずは普通に矢が刺さって選択肢が出てきてくれたことにほっとする。

 少なくとも彼女には二度目が刺さる。一日一回派閥ではないらしい。

 時と場合と状況――いわゆるTPO――にもよるが、基本は俺との関係性とかで刺さる回数が決まるんだったっけ。ということは彼女との心の距離は近いのか。


「実は俺のことをよく思ってくれてるとか?」


「自覚ある?」


「ない」


 悲しいことを言わせるな。先に尋ねたのは俺だから自業自得だけどな。

 実をいうと、彼女については名前も自信ない。だから固有名詞で呼ばずに”彼女”だ。

 人間関係をわかりやすく表現した相関図を描くなら、同じクラスメイトでも遠いほうにいそうだな。お互い。


「じゃあ違うよ。たとえば周りの人間に対して警戒心がないとか、いろんなことに対する頓着がないとか、それかあんまり意思がつよくないのかもね」


「つまり彼女の性格的な問題か。だったら俺との仲が親しくなればさ、もう際限なくバンバン刺さりそうだな」


「そんな子もいるかもね。……というかさ、そんな子かどうか試してみたら? もうすでに何回でも刺さるウェルカムな感じかもしれないよ」


「いや、やめておこう。一日に何度も魔法の矢が刺さってくれるのはうれしいが、その分だけ選択肢が出てくるってことだろ? どこかで一度でも間違えたら幸先の悪いスタートを切ることになる」


「ほとんど切ってない?」


「う、る、せ、え」


 自覚があるんだから、指摘されちゃうと確信に変わっちまうだろうが。

 落ち込んじゃったら後ろ向きになって計画にも支障が出る。

 まだセーフ。幸先のいいスタートは十分に切れます。

 というわけで、心機一転。


「本格的に攻略するのは後日だ。よほど腕前に自信のあるプレイヤーでもない限り、どんなゲームだって低いほうから難易度順にトライしてクリアしていくものだからな。いろんな選択肢を試すのは彼女の性格や行動パターンをある程度把握してからでもいい」


「彼女の性格や行動パターンって……それさ、矢を使わずに把握できる?」


「痛いところを突くじゃねえか」


 無理とまでは言わずとも難しいだろうな。

 魔法の矢を使わずに普通のコミュニケーションで攻略していけるのなら、すでに俺はハーレム王だ。

 まっ、ハーレムなんてものにはあこがれていないけど。


「そういえば、矢を使ってから選択肢を選ぶまでの間に時間制限ってあるのか? こうやってしゃべってる間もずっと時間は止まってるけど」


「時間制限? さあ? 特にないんじゃない? もしかしたら、ある程度時間が経ったら勝手にランダムで選択肢が選ばれちゃうとかあるかもしれないけど」


「それだけならいいが、最悪、第四の選択肢が出てきてバッドエンドに直行とかあるんじゃないか? 俺は心配性なんだ」


「正直に答えるなら、それもないとは言えないね。確かめたことないからさ。だって僕なんか、使ったらすぐ選んじゃうもん。ちっとも悩まない」


「お前はそう見えるな。俺と違って慎重さも思慮深さもなさそう」


「臆病さ、とかの言い間違い?」


「うるせ」


 ともかく、ここも無難にAを選択しておいて、彼女には「ねむいねむい」しておいてもらう。


「おーい、谷沢ぁ。起きろー」


 先生が教室に入ってきても気づかないくらいに寝入ってしまったのは想定外だったが、俺との関係性にマイナスの影響は出なかったのでよしとしよう。


「先生にも矢をさしておく?」


「だな」


 天使の提案に従ったわけでもないが、先生には矢を刺して、居眠りした彼女をあまり怒らないようにしておいた。

 ちなみに二度目は刺さりませんでしたとさ。

 信頼されている優等生の自覚はないから、きっとほかの先生もそうだろうな……。

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