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真っ白な世界

 モノクロの人生。彼女はそれにどんどん色を添えて行く。もうパレットには収まらない位に黒がついた。この前ついに緑の床、非日常の象徴の場所でレモン色も添えられた。

 僕のモノクロの世界はいつの間にかカラフルな世界に変わりつつあった。最初は透明にしてからって思ってたのに。そのモノクロはいつの間にかパレットのように真っ白になってその上にカラフルな絵の具が乗せられて行くような。

 しかし、カラフルな絵の具でも混ぜればどんどん色は濃くなって行く。乗せる場所を失った絵の具は重ねられ、混ざり、黒が浸食してくる。パレットから絵の具を水彩バケツに取り分けたらその時は絵画のように広がって美しい姿を見せるが、いつかは沈殿して今まで入れた色に混ざって黒に取り込まれてしまう。まるであの金網の扉のように。

 

「今日も休みか?」

「ああ。ここまで寝坊がたたると流石に心配になるな」

「今日も寝坊なのか」

 渡がやれやれと言った顔をしていたが、僕は焦りを感じていた。僕はいつかの占いで春までに何か大事なものを失うと宣告されていたからだ。彼女は今まで大切にしていたモノクロの人生が乳母されるんだと思うよ!と明るい昼白色で僕を照らしたけども、今は常夜灯くらいの明るさになっているような気がしてならなかった。消えてしまう。そんな焦りが僕を支配する。

 

 七時四十五分。この時間が僕たちの一日の始まりの時間だ。非日常の始まりだったはずなのに、今はこれが日常の始まりになりつつあった。しかし、それも一色、また一色、と欠けて行くように彼女が現れない日が増えていった。

 休みの日は決まってメッセージを送ると昼過ぎには返信がある。流石に具合が悪いのではないか。そう思うようになる。水彩バケツに入れた筆がかき混ぜられるような感覚。沈殿した今までのカラフルが侵されていくような感覚。

 そのことを彼女に伝えたら、会える日は金色。水彩バケツで混ぜてもキラキラ輝くでしょう?と。じゃあ、会えない日は?何色?

「白、かな。真っ白な世界。京介の今までの日常ってモノクロだったんでしょ?私の日常は真っ白だったの。でも今はカラフルだよ。どこまでも白い世界にたっくさんの色が散らばってるの。もう数えられないくらいに」

 彼女から来たメッセージの返信。真っ白な世界にモノクロの自分が入り込んだ。白も強い色だ。多く混ぜれば何色でも白になる。彼女の世界はどこまでも続く白い世界。小さなモノクロの僕が入り込めばあっと言う間に白くなる。僕はいつの間にか白にされていたのかも知れない。

 

「ねえ。今日は何色?」

 公園の池の畔にあるベンチ。放課後の僕らの場所。この場所はいつも白い。今日起きた事、今起きた事を塗ってカラフルにして帰るベンチ。

「会えたんだから金色だろ?」

「そかそか。いいぞー。最近は調子良いんだ私」

「そういえば最近は休まなくなったな。寝坊癖が治ったのか?」

「強力な目覚まし時計を買ったのです」

 そう言って彼女は敬礼をしておどけて見せた。しかし、すぐにその勢いは消えて正面を見つめてぽそりと話し始めた。

 

「あの金網の扉。アレってまだ鍵開いてるのかな」

「どうだろうな」

「自分で命をコントロール出来るのってどんな気分なのかな。何色なのかな。なんでも出来ちゃうレインボーなのかな」

「あの金網の扉を超えるやつの気持ちはレインボーだとは思えないけどな」

「そっかぁ。良いなぁレインボー……」

「どうした?なにかあったのか?」

「京介はさ。私がいなくなったらモノクロに戻るの?」

「どうだろうな。散々色を塗られまくったからな簡単には戻らないんじゃないのか?」

「モノクロに戻りたい?」

「今は金色に包まれたい気分だな。キラキラが欲しい気分だ」

 水彩パレットから次々に絵の具が水彩バケツに投入される。そしてかき混ぜられる。今までの金色だけがキラキラしている。

「私ね。京介に金色を届けたいけどもちょっと無理かも知れない。とってもとっても自分勝手な理由なんだけどね。明日からしばらく学校に行けないと思う」

「おばあちゃん、そんなに悪いのか?」

「ううん。違うの」

「じゃあ……」

「そう。私。真っ白な世界に一人だけ。ごめんね。散々色を撒き散らかしたのに」

「その白い世界に僕は行けるのか?」

「来ちゃダメ、かな。でも見届けて欲しいかな。わがままだけど」

「明日の夕方、会いに行くよ」

「うん」

 

 翌日も僕は四十五分にいつもの場所に立っている。彼女が来るんじゃないか。金色がやってくるんじゃないのか。そう思って十五分まで待っている。そんな生活が続く。彼女は一ヶ月に数回だけ僕に金色を届けてくれた。その日はまるで輝くような金色の世界だ。今までの色なんかどこかに吹き飛ぶような。

 

「ねぇ。ここって春になるとどうなるの?」

「人気の場所になるな」

「じゃあ、このベンチも争奪戦だ」

「そうだろうな。その頃にはそこら中一面のピンク色になると思うぞ」

「そうなの?桃色じゃなくて?」

「そうか、ピンク色はいやらしい色だったな。桃色だ。一面の桃色になる。そうだ。学校に向かう途中のあの用水路沿いの路も桃色になるぞ」

「そっかぁ。でも多分だけど、私の実家近くの大きな桜には負けると思うよ。すっごいの。観光客だってたくさん来るんだよ」

「そうか、それは見てみたいな。東北ならこっちよりも咲くのが遅いから、東京の桃色を眺めた後に行けるな」

「ね。春休み中に咲いてくれるのかなぁ」

 

 金色の世界は甘く切ない。桃色の世界が僕の世界に入り込む。しかし、その金色はもう来ない。桃色を待つことなく、彼女は真っ白な世界に旅立っていった。

 

 僕は四十五分にそこにいる。

 カラフルだよ。僕の人生はカラフルになった。


 真っ白なベンチが桃色に染まる。金色と混ざったその場所に僕らはいるに違いない。                

 モノクロの世界なんて僕にはもう戻ってこない。彼女の真っ白な存在に染められて。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

数あまたの作品の中でこの作品に触れて頂けたのは何かのご縁でしょう。

ちなみに、この作品はのだめカンタービレのED曲であるReal Paradisの「風と丘のバラード」を

題材に書いて見たものです。

もしよろしければ、その曲も聴いて頂ければと思います。

それでは。

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