来ない非日常
「ねぇ。なんで今まで友達とか積極的に作らなかったの?」
「浜田さんは向こうで友達多い方だったのか?」
「そんなことないけど……。その前に、その浜田さんってのやめない?千恵でいって。代わりに私は千石君を京介って呼ぶから」
「渡以外から京介って呼ばれるのは初めてだな」
「そうなの?じゃあ、今のは何色?」
「なんでも色に例えるんだな」
「だって京介の人生をカラフルにするんだもん。どんどん塗っていっちゃうぞー」
こんな感じで千恵は僕を引っ張っていった。ちなみに名前で呼ばれる色は淡い水色らしい。
「しかし、京介に本当に彼女が出来るとは思ってなかったよ。しかも転校生ちゃん。意外中の意外だ。それにちょっと血色が良くなった気がするぞ」
「なんだよ。食生活は変えてないぞ」
「うーん。そういう意味じゃなくてだな。なんつーか色味が付いたって感じだ」
渡にも千恵を同じような事を言われた。人生に色が付く。以前の自分ならその異分子を排除して日常を取り戻そうとしたに違いない。だが、今はその非日常的なものが楽しみに変わりつつある。
「今日は何色を探すんだ?」
「今日?なに?今日もデートしたいの?積極的だなー。以前じゃ考えられないんじゃないの?」
実際そうだ。考えられない。人と行動することすらが珍しい。人と関わりがあったのは渡と授業で作られた班のようなもの位だった。
「じゃあ、今日は始めた会ったときのことをもう一回やってみようか」
「走って学校に戻るのか?」
「あ。そうじゃなくて。初めて一緒に帰ったときのこと。京介の家に行ってケーキを食べるの」
「ああ、それか。僕の親に挨拶でもするのか?」
「挨拶かぁ。ね、なんて言われるかな。歓迎されると思う?」
僕は親に友人すら紹介したことがない。それがいきなり彼女を紹介だなんて。びっくりするだろうな。そう思うと少しワクワクするような自分がいたりして。これも非日常な事だ。そう。非日常には色がつく。これは何色だろう。それをそのまま千恵に聞く。
「んん?色?そうだなぁ。びっくりする色かぁ。赤、は殺人現場みたいだし。でもびっくりは赤系統な気がするんだよなぁ。朱色?」
殺人現場って。確かにどす黒い赤だったらそうだろうけども。朱色か。良いかも知れないな。僕が絶対に選ばない色だ。
僕らはサンロードを抜けて左に曲がる。途中、千恵は靴屋を覗いたり、この前青空のキーホルダーを買った店を覗いたりぴょんぴょん跳ね回っていた。なにがそんなに楽しいのかな。店を飛び回ってる千恵をよそに僕はサンロードの真ん中でそんな千恵を見ながら進んでいった。
「初めまして!じゃないですね。昨日ぶりです!初めまして!私、浜田千恵と言います。京介……、千石京介君とお付き合いさせて貰うことになりました!よろしくお願いします!」
おい、初めましてになってるぞ。でもアレか。顔を見ただけで話をしたりするのは初だし初めましてでも良いのかも知れないな。それにしても自分に彼女が出来るとは思わなかった。一緒に買った青空のキーホルダーを見ながら僕は自己紹介をしている彼女を見ていた。
「彼女さん?京介、どうしたの急に」
「急にって。彼女が出来たってだけだろ?」
「びっくりしたわよ。本当に。本人連れてくる前に言ってよね」
事前報告か。友人が出来たときも報告するのか?高校生にもなってそんなことをするなんてしないでしょ、普通は。
「じゃあ、事後報告。彼女、出来ました」
「うん。やっぱり朱色かな。良い感じ」
そんな言葉を僕の母親は不思議そうに聞いていたけども、僕が彼女は物事に色を付けるのがマイブームなんだと言ったらなるほど、と理解を示してくれた。
「ねぇ、今日もケーキ奢ってくれるの?」
「別に良いぞ。なぁ、母さん、構わないか?」
「良いわよ別に。なににするの千恵ちゃん」
意外とすんなり受け入れるものだ。息子に彼女が出来るのは一体何色なんだろう。びっくりさせる色が朱色なら、母さんも同じ色なのだろうか。僕の非日常は続く。
「ちょっと色が違うけども今日はベリーのタルトにしようかな」
「まるで殺人現場だな」
「そんなことないよぉ。美味しそうだし」
さっきどす黒い赤は殺人現場って自分で言ったんじゃないか。本当にコロコロ変わるやつだな。なんて思っていたら、僕の心にも少し色がついたような気がした。
「ふう。ごちそうさま。やっぱりこの店、美味しいよ。お菓子マイスターの私が言うのだから間違いない」
「東北の片田舎にスイーツ店は沢山あるのか?」
「ううん。おじーちゃんの経営する喫茶店のパフェくらいかな」
どこからマイスターの称号を得たのか分からないけども、自分の家の店が美味しいと言われて悪い気分はしない。褒められるのは何色かな。金メダルの金?ウチよりも美味しい店もあるだろうから銀くらいかな?そんなことを千恵にはなしたら間違いなく金だと言って聞かない。どんな店でも自分の彼氏のスイーツには敵わないかららしい。マイスターは随分とえこひいきの輩のようだ。
「今日もこの後は公園に行くのか?」
「んーっと。今何時?」
「五時だな」
「え?もうそんな時間⁉」
千恵は慌てた様子で自分の時計を見る。そしてそそくさと準備をして早く帰らなきゃという仕草をしている。慌てているのは何色かな。緑系の気がするけども。でも今そんなのを聞いたら考えられないよぉ、とか言われそうだな。と言うわけで、勝手に自分で抹茶色に決めた。チャカチャカお茶を混ぜるリズムに見えてならなかったからだ。
「えっと。路は分かるから今日はここで!」
「お、おう。それじゃまた明日な。待ち合わせの時間は四十五分で良いのか?」
「うん。それで大丈夫だから!それじゃあね‼」
本当に急いで帰っていった。なにがあるのか聞きたかったけども、あの急ぎようで聞くのは気が引けたので明日改めて聞けば良いだろう。と思っていたんだが……。
「来ないな」
四十五分になっても千恵は駅の待ち合わせ場所に来ない。スマホを確認したけどもメッセージも来ていない。十五分までに電車に乗らないと遅刻する。今は丁度八時。あと十五分ある。しかし、その日、千恵は学校にも来なかった。欠席。これは間違いなく灰色だろう。一応、大丈夫か、とメッセージを送ったけども既読もつかなかったので余計に心配になる。灰色がどんどん濃くなる。僕の日常に見たことのない灰色が入り込んでくる。モノクロの人生に灰色。浸食するような感覚。
昼休みの時間になって、ようやく既読がついて「ごめん寝てた!」と帰ってきた。具合が悪かったのかと確認したけども、そういうわけじゃなくて単純に起きられなかった、とのことで。寝坊でそのまま休みなんて贅沢の極みだな。お布団の中でサボりを決めるのは間違いなくハッピー。紅白ののれんが揺れてそうだ。そう言えば、色を付けるのは単純に一色なのか、紅白みたいな二色もアリなのかな。なんにしても今日はこれから独りの時間。午後からいつものようなモノクロの時間が過ぎて行く。
「京介、今日は浜田さんどうしたん?」
渡が昼休み終了間際に聞いてくる。僕は聞いたまま寝坊後、そのままお休みにしたらしいと答えたら案の定の羨ましいという反応。そんなカジュアルに学校を休んでも良いものなのか。僕の親に同じ事を言ったらなんて言われるのか。馬鹿なこと言ってないで学校に行きなさいと言われて終わりのような気がする。しかし、このモノクロの時間に彼女が学校にいないという状況は非日常なのか、モノクロの時間が過ぎているのだから日常なのか。そんなことを考えながら午後の授業は過ぎて行った。
「なあ、渡。寝坊のお見舞いって必要だと思うか」
「そりゃ単なる嫌みになるだろ。今日はゆっくりさせてやるのが彼氏の務めってものだ」
彼女持ちの渡がそう言うのならそうなんだろう。僕は鍵の壊れたドアを開けて緑の床に足を踏み出す。屋上は今日も非日常を纏って僕を迎え入れてきた。この世界はモノクロじゃない。そう言えば昨日慌ててる様子は緑系って思ったんだっけな。この屋上も慌てる要素をあるのだろうか。慌てたらあの金網の扉から先に飛び込むような事があるのだろうか。僕は非日常の世界でありもしない事を考えていたつもりなのに、足は金網の扉の方に向かっていった。
今日も鍵が掛かっていない。この扉を開けば……。なんて考えていたら彼女の顔が浮かんで伸ばした手を引っ込めた。この扉に触ってはいけない気がする。この扉は黒い。全てを吸い込む黒。光さえも吸い込む黒。そんな存在に思えてならなかった。
翌日は四十五分の約束の時間に彼女はやってきた。若干息を切らしているので走ってきたのだろう。
「そんなに急がなくても良いのに」
「だって。待たせちゃう」
「構わないさ。で?今の心境は何色なのかな?」
「え?私の?京介の?」
「うーん。千恵の色」
「私は真っ青!」
「真っ青か。遅刻遅刻!って感じだな。今日も寝坊したのか?」
「ん。まぁ、そんなところ。それじゃ行こ!」
僕の非日常。そんな日が繰り返されているうちにどんどん色が増えていった。パレットの準備はオーケー。後は僕のモノクロの人生を透明にするだけだ。
「なぁ、透明にするってどうしたらいいと思う?」
「んー。そうだなぁ……」
公園の池の畔にあるベンチに座って彼女に聞いてみる。
「素直になる。かな」
「素直?」
「そう。こんな風に」
そう言って彼女は僕の頬にキスをした。
「これが素直なのか?」
「そう。私が自分の気持ちに素直に従った感じ?ダメだった?」
「全然ダメじゃないけども、今の色はピンク色だな」
「あー、やーらしー。ピンク色だって」
「ピンク色はいやらしいのか?」
「うーん。なんとなく?」
彼女の基準では今のキスはオレンジ色らしい。あくま爽やかな柑橘系。爽やかならレモン色のような気もしたけども、それは唇へのキスなのかも知れない。
「それで京介の素直って何?」
「僕の?」
「そう」
「そうだな。素直に従うなら僕も千恵のおばあちゃんに挨拶したいかな」
「あー……。それはちょっと無理かな。最近調子悪くて。びっくりさせちゃう」
千恵は酷く困った顔をして僕を見ている。その困り顔は茶色かな。
それからも僕は千恵の家には行くことは叶わず、逆におばあちゃんの体調が気になってくる。
「本当に大丈夫なのか?おばあちゃん」
「うん。安静にしていれば問題ないって」
安静にしていない老人ってどんな老人なのか。電車に乗ってくるハイキング姿の老人を言うのだろうか。そう言えばおばあちゃんは何歳くらいなのかな。千恵が高校生なんだからそれなりの歳だとは思うけども。