日常を捨てよう
「よし。それじゃ明日から私と一緒に学校に行きましょう」
「なんでそうなるんだよ」
「だって、いつもは一人なんでしょ?そこに一人加われば非日常的なものになるでしょ?」
「それはそうだが」
周りの目線が気になるというか。誰が見てるわけでも無いが、気になるものは気になる。しかし、彼女はどんどん話を進めて七時四十五分に改札口で待っていると言ってベンチを立った。
「ここまで来れば家。分かるから。今日はありがとう」
「お、おう」
てっきり家まで送るものだと思っていたから拍子が抜けた。彼女が「それじゃ」と言ってベンチを離れた後も僕はベンチに座って今日のことを考える。モノクロの人生か……。
翌日は一応約束の時間に改札に行くと、彼女が手を振ってこっちこっちと言っている。同じ学校の奴らがなんだ?という顔でこちらを見ている。
「なんか見られてるな」
「そう?」
特に彼女は気にすることもなく改札を抜けて空のホームの方に向かう。
「座っていくのか?三駅だぞ?」
「言うと思った。いつもは立って行ってるでしょ?だから今日は座っていきます。昨日考えたんだ。千石君が普段やってることとは違う事をすればいいんじゃないかって」
「面倒くさい」
「言うと思った。だから私が居るのです。一人でやるよりも退屈しのぎにはなるでしょ?」
「まぁ……。そうかもな」
ホームに電車が入ってきて降車客が抜けたら乗り込んで誰もいない長椅子に座る。必然的に隣に座ってくる彼女。まぁ、端から見たら完全にカップルに見えるのだろう。羨ましそうに見る目、疎ましそうに見る目。色々だ。なんか強引に様々な色をねじ込まれているような感覚になる。
「ここの桜並木って春にはどうなるの?満開の桜のトンネルになるの?」
「ああ。道路だから花見客はいないけど、写真を撮りに来る人は沢山居るらしいな。残念ながらあと数年で道路の拡張工事でなくなるらしいけど」
「えー。残念。反対署名とかしないの?」
「わからん」
仮にやっていたとしても物事への関心事が少ない僕は署名しないだろう。これが僕の日常。
「でも楽しみだなぁ。春になると綺麗なんだろうなぁ……」
その横顔にはカラフルな彼女とは少し違った色が見えた気がした。
「おう。京介。今日はどうしたんだ?」
「なにが」
「なにがって転校生ちゃん。一緒に登校してただろ?」
「見てたのか」
「結構噂になってるぞ?」
面倒な。これだから日常を壊すのは面倒なんだ。でもそんな噂はしばらくすれば消えて無くなる。そう思っていたけども、カラフルな彼女はそんなことを許さなかった。
「なんか噂になっちゃってるね」
「そうみたいだな。明日からは別々に登校した方が良いんじゃないのか。勘違いされるぞ」
「なにに?」
「それは……」
彼氏彼女の関係。自分で言うには恥ずかしい。それに彼女がそう思ってないなら尚更に恥をかく。
「ほれほれ。なにに勘違いされるんだい?」
これは分かって言ってるな。それとも勘違いされたいのか?
「仲の良い友達。みたいな」
「正直じゃないなー。付き合ってるみたい、じゃないの?」
彼女は簡単に言ってのけた。僕の日常にはない空気がそこにはあった。付き合う。男女交際。憧れがないわけではなかったが、それこそ自分の日常に巨大な異物を混入させる行為だ。自分から進んで作ろうとは思わない。彼女のいる渡からはなんで作らないのか毎度聞かれるが。
「そんな付き合ってるみたいな噂が立ってもいいのか?」
「私は構わないよ?あ、そうだ。じゃあ、実際に付き合っちゃう?」
「なんでそうなる」
「だって勘違いされるくらいならそうしても良いか持って。私は嫌いじゃないし。助けて貰ったし」
「助けたお礼に彼女になるとか何のお礼だよ」
「身体を売る訳じゃないから。いきなりそんなことを言われても……」
「言わねーよ」
本当に彼女が近くに居ると僕の日常がかき混ぜさせられる。黒はなにをしても黒のはずなのに。彼女は無理矢理に自分に色を付けてくる。だが、そんな事が嫌いじゃない自分も居たりして、自分自身が何者なのか分からなくなる。
授業中にもモノクロの人生について考える。仮にだ。モノクロと言うよりも黒いインクで埋められた僕の人生が何の波風も立たずに居たら黒いインクは下に沈んで透明になるのだろうか。これが彼女の言う浄化なのだろうか。だとしたらかき混ぜる行為は間違えているのだろうか。
昼休みに再び鍵の壊れた屋上に二人で上がる。ここに来ると不思議と自分が自分ではないような気がして来る。そして授業中に考えたインクのことについて彼女に伝えてみた。
「そうだね。でも水彩バケツはいくつか水を入れる場所があるでしょう?パレットだって何色も乗せられる。だから千石君の人生も絶対にカラフルになるって。そりゃ誰でも黒い部分はあると思うから、黒を全く無くそうなんて思わないけどね。この前は浄化しちゃおうなんて言ったけども」
彼女の意見もコロコロ変わる。一体何色あるのか。
「それじゃ、付き合ってみるか」
どういう心境の変化があったのか、自分でもよく分からないが、彼女の申し出を受けることにした。自分で初めて人生に色を添えたかったのかも知れない。
「ホント?じゃあ、これからよろしく!」
そう言って僕の手を彼女が両手で握ってきた瞬間、一瞬だけだけど何かに色が付いた気がした。
「でも付き合うって何するんだ?」
これが僕には分からない。友人と交際相手。なにが違うのか。色?何かの色が違うのか?
「うーんとね。例えばこう言うのとか。友達同士じゃしないでしょ?」
そう言って彼女は僕の腕に抱きついてきた。確かにしないな。こんなことは。
「……。ねぇ、なんか反応は?」
僕の肩口くらいの身長の彼女が僕を見上げて不服そうな顔をしている
「ああ、そうだな。付き合ってないとこういうことはしないな」
「そうじゃなくて。こうなんというか……。ドキドキしたー、とかびっくりしたー、とか。なんかそういうの。なかった?私は結構えいっ!って感じだったのになー」
「ん、ああ。ドキドキはするな。確かに。少し恥ずかしい」
「ふむ。よろしい。これは何色かなー。やっぱり桃色?いや、レモン?レモンは初キスの色だと思うし……。ねぇ!千石君は何色だと思う?」
「色?」
「そう。こうしてるときの私たちの色」
そうだな。こうしてるときの色か。モノクロの人生で色の事なんて考えた事が無い。強いて言えば、この秋の空。少し雲がかかった青空。まだ純真で突き抜ける前の青。なんて詩人のようなことを考えて言葉にしたのは単純な一言だった。
「この空の色かな」
「青空!いいね!それにしよう。今日それ、買いに行こう!」
青空を買う。そんなことが出来るのか。なんて思っていたらアクセサリーショップに青空を閉じ込めたようなキーホルダーが売っていた。
「これ!これにしよう?一緒に鞄に付けるの」
おそろいってやつか。そしてモノクロの人生の僕に青空という初めての色が付いた。