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モノクロの時間

「あなたが死ぬなら私も死ぬわ」

 あの時、彼女がそう言ってくれなければ僕は学校の屋上から身を投げていたかも知れない。

 

 僕は日常に孤独を感じて生きていることが無駄に思えてならなかった。友人関係が悪いと言うほどでも無かったが、ただただ毎日が退屈だったのだ。同じ事の繰り返し。朝起きて準備をして学校へ。学校に到着したら下駄箱で上履きに履き替えてビニールみたいな廊下を歩いて教室に。今度は木製の床を歩いて自分の席に着く。そして朝礼が始まって授業の開始だ。

 部活とかやれば良いのだろうけど、僕はそんな気力も無く朝と逆の事をして家に帰る。人生に色が無い。そう思えてならなかった。

 キミが僕の前に現れるまでは。

 

 その日も僕はいつもの通学路をいつもの時間に歩いていたら、後ろから話しかけられた。日常から非日常へ。

「あの」

「はい。どうしましたか?」

「久我高に行かれるんですよね?」

「そう、ですが。あなたは?」

 そう話しかけてきた女の子は見知らぬ制服を着た姿で息を切らしている。今にも倒れるんじゃ無いかというくらいに。手を膝に付いてゼイゼイと息を吐いている。

「転入……試験……。間に合わない……。道に迷ったの!連れて行って‼」

 転入試験。僕の通う学校への転入だろうか。とりあえず、急ぎ足で学校へ向かう。なんでも朝イチから転入試験はあるそうで。こんな時間に歩いている生徒は自分だけだったようで、制服を見てわらをもつかむ思いで声を掛けた、ということらしい。

「あ!アレですね!ありがとうございました‼」

 久我高が見えた途端に深くお辞儀をして駆け足で向かった彼女。そう言えば名前を聞いていない。こちらも名乗ってないし良いか、と思いつつ普段のリズムに戻った。

 

 そして数日後。あの日の彼女が転入してきた。試験には無事に合格したようだ。教壇の上で教師が『浜田千恵』と名前を大きく書いている。彼女の名前だ。彼女は列の余っていた一番後ろの席に座るように教師に言われて歩いて来る。途中、僕の事を見つけたらしく軽く手を振ってきたので、軽く会釈をして返答した。

「なんだ。『京介』、知り合いか?」

「転入試験の日に道案内をした、というだけの関係だな」

「なんかパンを咥えた女子高生が転入生、みたいな感じだな」

 こんなアホな事を言ってるのは『東雲渡』。一応一番仲の良い友人だ。僕の事を唯一名前で呼んでくる。

 

 休み時間になって転入生の浜田千恵の周りには軽い人垣が出来ていた。中高一貫の私立高校への転入は珍しい。みんなそれで気になって居るのだろう。僕はそんなことよりもこの退屈な日常を恨めしく思っていた。本当なら、あの転入生の人垣に混ざって転入試験日のことでも話すのだろうが、今の僕にはそれ以上に興味があることがあった。屋上へ上がる階段の先にあるドア。渡が鍵が壊れている事を教えてくれたのだ。僕は非日常を求めて昼休みにそこへ向かった。昼休みに弁当を食べて教室を出る。このこと事態が非日常だ。木の床を通り抜けてビニールみたいな廊下を歩いて屋上への階段を登る。誰もいないし、電灯も付いていないので屋上へのドア窓から差し込む光だけが明るく灯っている。

 ガチャリ

 確かに壊れている。普段は屋上は立ち入り禁止のエリアだ。それを知っている僕はそこから緑の塗料で覆われた屋上に足を踏み出しただけで新しい世界に踏み入れた気がした。屋上には九月の生ぬるい風が吹いていてまだ少し陽がまだ強い。

「あそこは……」

 僕の目に入ったのは屋上のフェンスにあった金網の扉。そこに新世界を歩いて向かうと鍵も掛かっていない扉だった。ここを開ければさらなる非日常がある。そう思って開けようとしたときに彼女、浜田千恵は僕に声を掛けて来た。


「あなたが死ぬなら私も死ぬわ」

 

 突然の出来事に面食らっていたら彼女は言葉を続けてきた。

「あの時のお礼をしようかと思ったらこんなところにいるものだから」

「別になにをしようと言うわけじゃないよ」

 僕は彼女が来なければ、この金網の扉の外に吸い込まれていたかも知れない。そう思ったけども非日常を味わうために自殺をしようとしていたなんて。自分でも馬鹿らしい。

「良かった。てっきり私……あ。私は」

「浜田千恵さん、だっけ?」

「そう。あなたは?」

「千石京介」

 こう自然に会話をするのは渡以外では何年ぶりだろうか。中学に上がってから最初は周りも友人を作ろうとしていたのか話しかけられる事があったけども、それを受け流していたら僕の事を気にとめる人間は居なくなり、静寂が僕を支配していった。人付き合いの悪いやつ、そう思われていたのかも知れない。ただ、その中で渡だけが僕に執着するといった感じで何度も何度も話しかけてきて最後には名前で呼ぶようになってきた。渡が話しかけてくるのが日常となったあたりで自分からも話しかけるようになって友人と呼べる存在が出来た。


「ねぇ、ここって入っても良い場所なの?」

「ダメだな。いつもはあの扉に鍵が掛かってる。渡が……、僕の友人が壊れてるって教えてくれてちょっと来てみた」

「忍び込んじゃったんだ。いけない人だなぁ」

 彼女はそう言って九月特有の雲を眺めながら風でなびいた髪を手で抑えた。

「僕はそろそろ教室に戻るけど」

「じゃあ、私も戻ろうかな。千石君はなにか部活とかやってるの?」

「なんで?」

「参考に」

 同じ部活に入りたい、そうとでも言うように彼女は僕に話しかけて来たけども、生憎、僕は部活に所属していない。そのことを彼女に伝えると「つまらない」といった顔をしていたが、すぐに活発そうな顔に戻ってから一言。

「じゃあ、私もそれで!」

 

 下校時刻。僕は教科書を鞄にまとめて放り込んで木の床を歩いて教室のドアを目指す。ドアの手前には彼女の席。僕が通り過ぎようとしているのに気が付いたのか、大急ぎで帰りの準備を始めて教室を出たところで僕に追いついてきた。

「今から帰り?」

「そう、だけど。何か用事?」

「特に。あ、この前の転入試験のお礼、ちゃんと出来てなかったから。ありがとうございました」

 彼女はそう言ってお辞儀をした。それに応じるように僕も軽く会釈をする。これも非日常の出来事だ。彼女は僕の日常に入り込んできて非日常を作り出してくれる。それが少し楽しくなって彼女の次の言葉を待った。

「ね。この辺で美味しいスイーツのお店とか知らない?」

 スイーツ。僕には縁の無いもの、と言いたいところだが、僕の家はケーキ屋だ。美味しいかどうかは、お店が潰れていないので普通と言うところのようだ。

「美味しいかどうかは分からないけども、僕の家がケーキ屋だな」

「ホント⁉行きたい!」

 彼女は上機嫌で僕の後に続いて下駄箱で並んでローファーを履いて床に靴をトントンさせてから昇降口を出た。

「そう言えば。浜田さんはどこから来たの?」

 いつもなら他人に興味など持たないのに、非日常という空気がそうさせたのかも知れない。

「私?東北の田舎から、かな。場所言ってもよく分からないと思うから。こっちにおばあちゃんが住んでて、今はそこに」

「ご両親は?」

「東北の田舎に引っ込んだまま。私が東京に行きたいって言ったらおばあちゃんのところに行けば?って」

「随分と放任主義の親だな」

 東京に行きたいからって娘を放り投げるものなのだろうか。僕には分からない。仮に僕が逆に東北の田舎に行きたいと言ったら両親はなんというのだろうか。まぁ、多分「なにを馬鹿なことを言ってるのか」と一蹴されて終わりだろう。

 学校から駅までの用水路沿いの青々と茂った桜並木の横を二人並んで歩きながら会話を続ける。

「そ。だから今はおばあちゃんと二人暮らし。おじいちゃんは随分前に亡くなったから。おばあちゃんの様子を見る役もってのが本当のところなんじゃないかな。責任丸投げってやつ」

「それは大変だな。家はここから遠いのか?僕はここから三駅離れたところだけども」

「どっち側?」

「下り側」

 登りと下りがある電車なのかよく分からないが、東京駅から遠ざかる方は下り、だろう。

「あ。同じ駅かも!吉祥寺!」

「同じ駅だな」

 と言うわけで同じ電車で同じ駅を目指す。いつもと同じ作業なのに二人で移動するだけで日常とは離れた気がする。友人がいれば、それが日常になるのかも知れないが、友人関係は面倒だ。数人のうちでそりの合わない相手が居たとする。その人から遠ざかるにはそのグループを抜けるのか、その人を追い出すのか。なんにしても面倒ごとには変わりない。

「ねね、駅のどっち側?北?南?」

「北、かな。正確には北西かな。付いてくるのか?」

「え?だってスイーツ」

 至極当然のように付いてくる。僕の非日常は家まで続くようだ。いつもは店の裏にある玄関から家に入るのだが、彼女が付いてきているのでお店の正面から入る。ショーウィンドウの裏には僕の母が立っていたが、僕が女の子と一緒に帰ってきたので、少しあわあわしているのを見て少しおかしくなってしまった。母にとっても非日常がやってきたのだろう。

「適当に選んで。奢るから」

「え!いいの⁉」

 彼女はショーウィンドウに張り付いてケーキを選んでいる。女性客は男性客と違って選ぶのに時間をかけることが多いが、彼女は人一倍時間をかける性格のようだ。腰を曲げて人差し指を口に当てながら「うーん……」と唸っている。

「じゃあ、これ!オススメのやつ!季節のタルト!」

「それな。持って行くから向こうの席に適当に座ってて」

 僕はそう言うとショーウィンドウの内側に入ってタルトを皿に取り分ける。それをみて母がこっそり話しかけてきた。

「ねぇ。彼女?」

 僕の日常に彼女は居ない。それを否定してから僕はタルトを彼女の席に持って行った。窓際の席に座ってこっち見ながらニコニコして足をプラプラさせている。早く早くと言わんばかりだ。

「はい。これ。飲み物はなににする?」

「じゃあ、このアールグレイで」

「了解」

 僕は休日は店の手伝いもすることはあるけど、平日はそんなこともなく部屋に戻って読書をしたりゴロゴロしたり。時間を持て余している。だからこの時間は非日常的だ。そもそも友人というか他人が僕の家に来ること自体が非日常的なことだ。女の子なら尚更に。

「はい。アールグレイ。他には何かある?」

「座らないの?」

 自分の座っている向かいの席を指さして不思議そうにしている。座ってもいいんだが、タルトを食べる女の子を眺める趣味は無いんだが。手持ち無沙汰になりそうなので、自分もケーキと紅茶を持って来て座ることにした。

「へぇ。チョコブラウニーか。チョコレート好きなの?」

「まぁ。そんなところ。ところでそっちはどこら辺に住んでるの」

 僕が他人に興味を示すのは珍しい。と言うよりも話しかけるネタというかそう言うものが無い。黙っているのもなんなので、仕方なくといった感じだ。彼女は食べる手を止めて人差し指をあっちにこっちに振りながら考えている。

「えーっと。ここの位置からどっちっていうのは分からなくて……ってか、駅からここまで来るのも着いてきたから迷子?みたいな」

 僕は頭を抱えてしまった。これは帰りも送っていかなきゃならないって事だ。僕の非日常はどこまで続くのか。彼女はそう言って再びタルトに手を着けて美味しそうに食べている。フォークでタルトを削る度に楽しそうにしていて作った人が見たらさぞかし喜ぶだろうななんて思ったりもした。

「ふぅ。ごちそうさまでした。ここ、美味しいね。ね、他にもライバル店舗とかあるの?」

「さあ、どうなんだろうな。僕はここしか知らないし、ここの味しか知らないからわからん」

 実際問題、興味が無いと言うのが本当のところか。まぁ、お店が潰れなければそれで良いと思ってる程度の認識しか無い。

「なんか千石君は色が無いなぁ。こう、なんというか灰色……違うな。モノクロだ。そんな感じ」

 モノクロの人生か。確かに僕の人生は抑揚の無い日常を繰り返すモノクロの人生かも知れない。そこにいきなりカラフルなものが迷い込んできたから戸惑っているのかも知れない。

「モノクロの人生か。どうすれば色が付くと思う?」

 自分でも柄にでもない事を聞いたと思う。僕は人生に彩りを求めているのか。なんて考えてしまったが、それを聞いた彼女は満面の笑みを浮かべてこう言った。

「私と友達になろうよ!」

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