二刀使いのおこちゃま光秀
1560年6月
尾張国桶狭間
富永氏繁
(今川義元馬廻り衆。主人公に最初にいじめられる可哀そうな人)
義元様を、早く大高城へお入れせねば。
我ら馬廻り(親衛隊)のすべてを犠牲にしても、義元様さえ無事でいればこの戦い、再興を期せるはず。
まだ兵力差は圧倒的なのだ。
ずが~~~ん!!
左手より轟音。
何事?
1呼吸(5秒)ほど置いて更に1回、2回、3回。
見ると、前を行く馬廻りの者が落馬している。
なんと。
兜に穴が開いて、血と脳漿を右へぶちまけている。
これは……
西国大名たちがしきりと使い始めた種子島か?
織田の子倅も数多くそろえているという報告もある。
「富永さま! 左手に矢盾。草木で隠されております!」
見るとその辺りが白煙で覆われ始めている。
種子島を発射した煙か。
音は4発。
最低4人はいる。
しかしそれに続いて、矢が飛んでくる。これも正確に徒武者達の顔を射貫いている。
儂の顔にも飛んできた!
手にした太刀で払いのけるが、左からの矢は躱し辛い。
次々とお味方の騎馬が倒れる。
「富永さま。残る手勢は3騎。御指示を!」
「弓兵を並べよ。敵の吶喊に備えよ!」
この急行軍だ。
長柄足軽は本陣のしんがりに全ておいてきた。
弓兵も5名のみ。
だが数名の吶喊ならば、射すくめることできよう。
「矢盾より大男が。その後ろにもう一人小兵」
「それだけか?」
おかしい。
後ろで援護をする者がいると思った方が良い。
「徒の者。あの武者が深田から出ようとする足場の悪い時に、敵を仕留めよ」
幸い、あぜ道は2本のみ。
2名は曲がりくねった同じ道をこちらへ駆けて来る。
矢が5本、また5本。
2名の敵兵に飛ぶ。
いいぞ。
大男は兜の錏を傾け矢を防いでおり、前進できないでいる。
「この間に義元様をお逃がしいたせ!」
既に20間ほどまでに義元様の騎馬は近づいてきている。
この伏兵をかわせば、あとは平地。一気に大高城まで駆ける事、できよう。
と、その時
大男の影から、脇をすり抜けるように小兵が現れ、突進してきた。腰の後ろから2本の小刀を抜き放つ。
5人の弓兵はすかさず、そちらへ目標を変えて矢を放つ。
しかし!
そいつは両手の小振りの刀にて、矢を斬り落として何事もないように突き進んでくる。
しかも足元は深田。
なぜ沈まんのだ!
「徒の者は小兵を押さえよ!
弓兵は大男を射すくめよ。
死ぬ気で押さえよ!!」
皆の士気は高い。
伊達に馬廻りに採りたてられているわけではない。
「なに奴?」
「うがぁ」
「ふゅう」
「ごふっ」
兵が倒された気配。何事? 左手を見る。
そこには弓兵が瞬く間に倒されていくのが見えた。
灰色の髪に、緑と茶色のまだら模様の小さな影が、弓兵の背中を飛び越え、股の間を、脇を、舞うようにすり抜け、足軽達の首筋や脇・内ももを切り裂いていく。
新手か。
大男と小兵に気を取られ過ぎた!
別のあぜ道を回り込んだやつに隊列を掻き回される。
見たこともない身なりだが伊賀甲賀の者か?
「うぉりゃぁ! どけぃ。
我は織田家、信長さま(元)馬廻り衆、前田又左衛門利家。
今川治部太夫義元殿が首、頂戴しに参った!
命が惜しいものはすっこんでろ!」
長大な手槍を振り回しつつ接近する大男の武者に、馬廻り衆は吹き飛ばされ突き刺されて、次々と果てていく。
その脇を縫うように、儂に正面から小兵が迫って来た。
速い!
「なに奴!
名を名のれぃ!」
若い。
小兵は十四五か?
「名乗りを上げるのも仕事の内かな~。
めんどくさいけど教えてあげるよ。
美濃明智の住人。
明智十兵衛光秀。
じゃあな。おっさん」
目も止まらぬ速さで馬の左に回り込んで、太刀を振るおうとした儂の右腕を掴み引きずり落とす。落馬の衝撃で息が詰まる。
ぐふっ。
鎧通しで脇腹を抉られたらしき痛みと共に、今度は目の前に血飛沫が見えた。
皆の者。
義元さまを守……
今日は、あと五投します。