第3章~サプライズからの思わぬ波乱~最終章
さて、井沢さんと道場の皆さんが、松坂先輩の結婚披露宴に行ってからはどうなったとお思いでしょうか。
まずは、新郎新婦の入場から始まりました。
披露宴では、主賓に続いて友人代表のご挨拶が終わり、井沢さんにより乾杯の音頭が取られました。
その直後に、新郎新婦によってケーキの入刀が行われました。
その間に、列席者へコース料理が提供されていきました。
ここで、お色直しの為に、新婦、新郎の順で中座しました。
そこで、列席者はお料理を頂きつつ余興を楽しむ流れになるのですが、最初は松坂先輩の妹さんによるピアノ演奏が行われました。
その後は、新郎新婦の子供の頃からの写真を、解説付きでモニターに映し出されました。
定番の流れなら、この後は新郎新婦の再入場とテーブルラウンド(キャンドルサービス)になりますが、その部分を道場の皆さんが余興として受け持つ事になりました。
披露宴会場の外の廊下で、会場係りの方が扉を開けるタイミングを見計らっていると、会場の中にいた係員が少しだけ扉を開けてOKのサインを出しました。
「それでは皆様お待ちかねの~、新郎新婦の再入場でございま~す」
司会者が、ここぞとばかりに声を張り上げると、会場の扉が勢い良く開かれました。
そして、入り口付近にいた新郎新婦と道場の皆さんにピンスポットが当たりました。
舞い上がったドライアイスの煙が落ち着いた頃、井沢さんが陽気にお祝いの言葉を述べると、道場の中でも特に筋骨隆々の坂本さんが難なく新郎を抱き上げました
すると、一斉にカメラのフラッシュがたかれました。
坂本さんは、そのまま司会席の後ろ側に新郎を連れて行くと、今度は仲間をチェンジして2人がかりのリフトに移行しました。
「せいのぅ、よっー!」
松坂先輩を軽々とリフトすると、
「おおっ~」
と、列席者から歓声が上がりました。
更に、新郎の父親と新婦の父親にも、2人がかりのリフトを敢行しました。
すると、再びカメラのフラッシュがたかれました。
ここまでが、4人で考えたプラン通りのサプライズ演出でした。
道場の皆さんにとっては松坂先輩こそ主役だったし、2人がかりのリフトの時は先輩が今までにないほど喜びに浸ってくれたので大成功だと思っていました。
しかし、ピンスポットが当たらない所で、新婦と新婦の母親、新郎の母親がどんな気持ちで見ていたのかまでは想像にも及びませんでした。
それでも、道場の皆さんによるお姫様抱っこと2人がかりでリフトをするセットメニューは、想像以上に盛り上がりました。
写真映えするのは勿論、こんな事には滅多に遭遇しないからでした。
井沢さん達はそこで退場する予定でしたが、予想外に時間が余ってしまったので、苦肉の策として列席者の中からお姫様抱っこかリフトをして欲しい人がいるかどうか聞いて回りました。
ですが、そこは大貫さんの指摘通り男性の列席者だけに声を掛けていきました。
その時に、運が良く道場の皆さんより巨漢な人はいませんでした。
とりあえず、友人代表の男性を引っ張り出す事に成功しました。
そして、彼を軽々とお姫様抱っこしてから、2人がかりでアップダウンをつけたリフトをこれ見よがしに行いました。
そこで、井沢さんは調子に乗って、
「漢祭りだ~!」
と、叫びました。
「漢祭りの漢は男と女の男じゃない!漢字の漢、熱血漢の漢と書いて漢だぁ~」
と言って、更に盛り立てました。
披露宴に列席していた男性陣が、一頻り力自慢の皆さんに持ち上がられると、予想以上に反響がありました。
道場の皆さんは、次々にひょいひょい持ち上げるものの、床に下す時は本当にゆっくりで慎重を期していました。
最後に並んでいた男性が軽々とリフトされると、両脇を支えていた2人は雄叫びをあげました。
道場の皆さんは、出し物が終わると汗だくになっていました。
ですが、構想通りに演出する事が出来たので、井沢さんらの達成感はひとしおでした。
道場の皆さんは、その場で吹き出した汗を拭うと、好評のうちに引き上げようとしていました。
その時です。
新婦の友人女性が、
「私にもお姫様抱っこしてもらえませんか?」
と、言ってきたのです。
井沢さんは、体温が上昇していたものの、その一言で血の気が引きました。
「すいません、それだとセクハラになっちゃうんで男性限定なんですよ」
道場の皆さんは、ここまで盛り上げてきたのにこんなところでしくじれないという思いで、申し訳なさそうな表情をしていました。
ここで、司会の方がいち早く仕切ってくれないかと思い、井沢さんは何度も目で合図をしました。
しかし、それを司会者は見て見ぬふりをして、あろうことか進行表に目を落としたのでした。
そんな事はこっちに振らず、当事者の判断で強引に終わらせろという事なのかと思って、道場の皆さんのうち何人かは無言で席に戻ろうとしました。
しかし、新婦の友人女性以外からも、
「ねえ、私にもやってよ!」
「私にも私にも!」
と、希望する女性が殺到したのです。
井沢さんは、目線を斜め下に落としながら、
「お気持ちは嬉しいんですが、もし何かトラブルになったとしても、うちらお金持ってませんから…」
と、言って、救いを求めて高砂の方に向き直ると、ここで新婦が沈黙を破りました。
「責任なら私が取るわ!」
すると、少なからず会場がザワつきました。
新郎を凝視すると、新婦の言う通りにしてやってくれよ…、と言わんばかりに小刻みに頷いていました。
そこで、道場の皆さんがひそひそと話し合っていると、一部始終を見ていた年配で白髪の式場カメラマンが言いました。
「それでは、こうしたらいかがでしょう」
「お姫様抱っこやリフトは写真撮影って事なら問題ないでしょう」
「まずは、新郎さんと新婦さんをお姫様抱っこしてみてはいかがでしょう」
「その後でしたら、そういう余興って事でクレームを入れてくる人なんていませんよ!」
「それに、新婦さんの手紙の朗読まであと15分以上もあるので…」
「こっちも頑張って写真を撮るので是非とも続けて下さいな」
それを聞いて、道場の皆さんは気合いを入れ直して、次々と女性陣を抱き上げました。
男性陣を持ち上げた後でバテてはいましたが、手汗を拭いてから取り組んでいきました。
その度に、
「カシャーカシャーカシャーカシャー」
というシャッター音が鳴り響きました。
確かに、撮影という名目ならセクハラだと訴える人はまずいないでしょう。
それどころか、カメラマンが位置決めまでしていたので、そんな事を考えている余裕すらありませんでした。
年配のカメラマンの計らいにより、井沢さん達の懸念は消え去りました。
女性陣は、男性陣以上に喜んでくれたので、道場の皆さんの出し物は大成功を収めました。
翌日、職場には大層機嫌がいい井沢さんがいました。
結婚披露宴の出し物が、予想以上に盛り上がったからでした。
それを聞いて、飲み仲間の3人は心から喜びました。
ただ、井沢さん達は予定にないお姫様抱っこやリフトを散々やらされたので、出し物の最後には腕がプルプル震えていたそうです。
井沢さんは、疲れた目をしながら、
「あの爺さんのせいで筋肉痛になった…」
とは言っていましたが、松坂先輩からはとても感謝されたそうです。
「最後にあのカメラマンを2人でリフトしようとしたら、カメラがありますから!と言って逃げられたよ…」
と、切なそうに言っていました。
道場の皆さんは、出し物にお金がかけられなかった分、充分に肉体奉仕が出来た事でしょう。
新郎新婦の御両親からは、
「まさか、この年でお姫様抱っこをしてもらえるなんて思ってもみなかった」
と、言われたそうです。
ですが、一番喜んでいたのは、列席者の若い女性だったようです。
道場の皆さんが、若い女性を軽々とお姫様抱っこやリフトをした時は、燥ぎ方が異様だったと言っていました。
一方、男性の列席者を持ち上げると、皆さんは胴上げをされたかのような感覚で楽しんでいたようです。
後日、井沢さんは出し物に協力してくれた道場の皆さんに、心ばかりの差し入れを持っていったそうです。
日野さんと大貫さんと自分も、多少なりとも力になれて誇らしげでした。
「今回はお前らのお陰だよ」
そう井沢さんが言うと、大貫さんを正面から力強く持ち上げました。
「おいおい、俺は70kgもあるんだぞ」
そう、照れながら大貫さんは足をバタバタさせました。
そこで、井沢さんは、
「実際に持ち上げられるとそういう感想だろ?」
「セクハラされているなんて誰も思っちゃいなかったよ」
と、結婚披露宴で感じ取った思いを吐露しました。
体重が70kgある大貫さんは、傍から見ていると軽々と持ち上げられていました。
「やっぱスゲーな…」
自分はボソッと呟きました。
今回のお話は以上になります。
最後までご拝読頂きまして誠にありがとうございました。
3話に渡ってお送りしたお話はいかがだったでしょうか。
皆様なら、こんな結婚披露宴に参加されていたらどう思われるでしょうか。
列席者の方々に倣って道場の皆さんに持ち上げてもらうでしょうか。
それとも、そんな事には丸っきり理解を示さずに、冷めた目で見て逃げ回るでしょうか。
個人的には、飲み会の時に発案した腕相撲が良かったと思っていましたが、それだと高砂の周辺だけ騒がしくなっただけかも知れません。
道場の皆さんはこの出し物の為に、2日前からお酒は控えて万全を期していたそうです。
それが、結果的には延長戦に突入したので、その備えは良かったんだと思います。
文中にも少しありますが、折角のドレスや衣装を破ったり汚したりする訳にはいかないので、心して持ち上げていったのと、地面に下す時には尚更慎重に慎重を重ねたそうです。
何せ、お祝いの席で怪我人が出たら元も子もありませんから。
大貫さんが懸念していたセクハラ行為として訴えられる事もなく、無事に披露宴を終える事が出来ましたが、道場の皆さんの余興の後に新婦から新婦の御両親への手紙の朗読になった時、かなりギャップが激しくて列席者の涙を誘ったそうです。
ところで、松坂先輩は結婚披露宴についてどう思ったのでしょうか。
それは、年配のカメラマンが夢中でシャッターを切り続けた写真を見た時に、何かを感じているのかも知れませんね。