99.シナリオを作って
彼の言葉を背に、部屋の外へと走って出ていく。
彼が誰とそういう仲になっていても自由だろう。それでも、私は理解したくはなかった。
それに、許せないとも思った。私とちゃんとした夫婦にならない彼は間違っていると、私の心が叫んでいた。
「どうしたの? ママ?」
目の前にはアザエルがいる。
アザエルは、私の部屋で眠っているはずだった。こんな時間に起きてきたのだろうか。
必死に私は取り繕って、アザエルを注意しようとする。
「アザエル、もうこんな時間だから……ね?」
「ふふふ、アザエルは、ママとマスターの娘なんだよ?」
ちくりと、胸が痛む。
私はそうなりたかったが、私ではそうなりきれない。拒絶された痛みが全身へと広がって辛い。
「そう……だね」
かろうじて同意する。それが正しいことかはわからないが、私と彼の関係をアザエルの望むように見せることくらいなら、できると思った。
「あのね、私はママのお腹の中から生まれてきたんだ」
「なに……言って……」
アザエルは人工知能で、彼が起動させたものだ。
生まれたときの記憶があやふやで、勘違いをしているとか、そういうわけではないはずだ。意味がわからない。
「私は、人間で……ママとマスターの子どもとして生まれてきた。病気にかかった私の肉体は、十二歳のとき死んでしまうけれど、それは悲しいことではなかった。なぜなら、グリゴリに取り込まれ、生き方が少し変わるだけなのだから。……それが私のシナリオかな」
そういえば、そうだ。
彼は、アザエルには過去も未来もないと言っていた。これまでではなく、これからの話を彼女はしている。
「じゃあ、アザエル……ママは、あの人と……」
「ママはマスターと一緒になれる」
抱きしめて、アザエルは私に言ってくれる。
「そう、だったら……彼はあの女の人とは別れる……?」
「うん。シナリオの上では……そうなるよ」
「そう……」
それを聞いて、私は確かめたくなった。
グリゴリのシナリオを再現を、映像にうつして見ることができる。簡単な使い方なら、私は彼に教わっていた。
「見ない方がいいよ?」
「それでも、確かめなくちゃだから」
「それじゃ、私はいない方がいいから……」
起動する。『GRIGORI』の文字が画面には表示される。待機画面だ。アザエルがイジったのか、凝ったフォントに変わっていた。
すぐにトップ画面へと切り替わり、シナリオの一覧から、彼女の作ったものを見つけて、閲覧する。
画面が切り替わる。
「やっと来たか? 待ちくたびれたぞ?」
「すまない……」
どこかのホテルの一室だった。プライバシーなんてあったものではないが、他人の運命を操るというのはそういうことだろう。
アザエルの要望で、最初と比べてグラフィックは向上しているからこそ、間違いなく彼と、写真で見た彼女だということがわかる。
「それにしても、相変わらず突然な登場だな? 例のテレポートか?」
「あぁ、お前のところに、歩いて向かうわけにもいかないからな」
仲良く喋っている。それだけで恨めしい想いが込み上がっていく。
「はぁ、気にしなくてもいいことを気にして……」
「そういうわけにはいかない。それで、今日は……」
「今日はこの電子決済カードを返してやるさ。今のお前にはいらないものかもしれないがな……」
「あぁ、ありがとう」
受け取って、彼はそれをしまい込む。
彼女はそんな彼を見ながら、呆れたように笑った。
「全く、本当にお前は……なにも持たずに私のところから出て行ったんだ。あの時は心配したし、気が気じゃなかった」
「すまないことをしたと思っている」
彼は視線を下に向けて、そう言う。
なんとなく、今のやり取りを察することができる。彼が部屋に置いていった私物を彼女が返していたというわけだ。
「もう過ぎた話だ。二人分で予約してある。ディナーに行こう。エスコートしてくれ」
「そうだな。わかった」
彼女の装いは、赤く、綺麗なドレスだった。嫌に胸を強調して、腰の線がはっきりわかるようなデザインだ。
作り物のその顔に、その体に、その衣装はまるで絵画の世界から出てきたかのように美しかった。
そんな彼女を伴って、彼はレストランまで歩いていった。
「相変わらず、酒は飲まないんだな。お前は……」
「あぁ、苦手なんだよ」
そう言って彼は、食前酒の代わりに、炭酸の入ったミネラルウォーターを口に含む。言われてみれば、彼がお酒を飲んでいる姿を見たことがない。
「なかなかいいな、これは……」
彼女は、そんな彼とは違って、一人高級なワインのカクテルを楽しんでいるようだった。
並んでいく料理は、私の作る料理よりも断然、見た目がいい。たぶん、味もいいだろう。
前菜に、スープ、メインディッシュに、すべての料理は高級で、私では決して作れないものだとわかる。
ただ、二人の間に料理に関する会話はあまりなかった。
「なぁ、俺は、こういう高級な料理が……その……俺なんかが食べてももったいないって……」
「雰囲気だけでも楽しめばいいじゃないか? ワタシと食べる料理は嫌か?」
「そういうわけじゃないが、あぁ、雰囲気か……うん、じゃあそうするよ」
彼の顔がわずかながらに明るくなったような気がする。そんな彼の顔を、彼女は微笑んで見つめていた。
最後に、デザートが並ぶ。
「また、二人でディナーに来たいな……」
名残惜しげに彼女は言った。
「そういえば、俺が部屋に残してきたものは、もう最後だろう?」
「いや、違うだろ? まだ一つ、オマエの置いていってしまったものがあるだろう?」
「そうか? たぶん大したものじゃないから、処分してもらってもいいと思うが……」
「ふふ、大切なものさ」
それでも彼は心当たりがないようで、首を傾げる。
「すまない、何か教えてもらっても構わないか?」
「わからないか? じゃあ、部屋に帰ったら、ぞんぶんに教えてやるよ」
デザートを食べ終えて、彼らは食事を終える。
そうして部屋に戻るのだが、彼女はいちいち彼にもたれかかったり、腕を組んだり、歩いている間も人目を気にせずベタベタとしていた。彼もそれを嫌がらずに受け入れている。
私は少し腹が立った。
「少し飲みすぎじゃないか?」
部屋に戻って、彼は彼女にそう尋ねる。彼にしても、彼女の行動は理性ある大人のものとは思えなかったのかもしれない。
「そんなに飲んでない。あぁ、アルコールの感受性の設定がまずかったのかもしれない。それはいいから、服、脱がせてくれよ」
「あぁ、わかった」
そうやって、二人はベッドに――、
そこからは、もう、見ていられないと思った。二人の痴態を見て、私の心は傷ついてしまっていた。
それなのに、体は動かず、画面から目を離せない。
ただただ時間が過ぎていく。
ひたすらに悲しみだけが募っていった。




