93.〝天界の生成者〟
「ウリエル……聞こえている」
「サリエルのやつ。どうしてあんなに荒れているんじゃ?」
「あれだ……えー、その……俺が、うん……」
「はっきりせぬのぅ……。うぐ……、心当たりがあるのなら、早く言ってくれた方が嬉しいのじゃが」
こちらとの会話に、リソースを割いているためか、ウリエルにはまるで余裕がないようだった。
言い淀んでしまっていていいような場面ではない。
「俺が……あぁ、抱けなかったからだ」
「ぶふぅ……っ。く……ふ……っ」
サリエルの『障壁』を捌くウリエルの動きが乱れる。すかさずサリエルが、ウリエルの上半身と下半身を切断にかかるが、とっさに俺が『スピリチュアル・キーパー』でウリエルを動かしフォローを入れることでことなきを得る。
「大丈夫か?」
「く……くふ……。よいよい。要するに前だけやって、肝心要の本丸がなかったということじゃろ?」
「一応、ケアも……できる限り、やろうとはしたんだ」
じゅうぶんであるどころか、彼女を傷つけてしまって、今のありさまだ。
俺は失敗ばかりの人間で、自分が嫌になる。
「なんじゃ……色恋の、思い通りにならなかったゆえの、ただの八つ当たりじゃな? はぁ……もうよい。つまりは、加減をする必要はないというわけじゃ!」
ウリエルは、『焔翼』を大きく開いた。
原子を生成する『光焔』が、サリエルの作る閉じた世界に飛び散っていく。その輝きは、まるで星空が描かれたかのように神秘的で幻想的だ。
「ウリエル。お前の力でサリエルの『結界』を壊してくれ。そうしたら、俺が『スピリチュアル・キーパー』でサリエルに干渉して、どうにか説得する」
「くく、了解じゃ」
すっかりと調子を取り戻したようにウリエルは動き出した。
ウリエルの行うことは単純だ。『アストラル・クリエイター』から吐き出される『光焔』を、原子を象るその現象を、サリエルに向けて全力でぶつけるだけだ。
「……っ」
サリエルがウリエルを襲い出して、初めて彼女たちは拮抗する。
根本的な原理自体はまるで違うが、まるで『氷』と『焔』がぶつかるように、相反するものがぶつかり、互いが互いを消し去っていく。
もしこれが長引けば、新しい宇宙ができあがる引き金になりかねない。
「サリエル……千日手じゃ! 互いに『円環型リアクター』を持っているがゆえ、永遠に決着はつかぬ! わらわたちだけでは……な?」
サリエルの作り出す『結界』は、時空のズレのため、光が屈折し、透き通る氷のように見えている。
ウリエルは、『アストラル・クリエイター』の力により、その『結界』を砕くことができるだろう。
ウリエルを起点として、まるで空間が壊れてしまうかのように、世界がヒビ割れていく。
この監獄の全体を覆う、サリエルの作る『障壁』の中は、もとより一つの『結界』だった。それが崩れていってしまうくらいに、ウリエルは『焔光』を太陽が煌めくほど輝かせる。
いや、太陽なんてレベルではない。
炎、というのはプラズマだ。プラズマとは、電子が単独で、または普通は電子に覆われている原子核が、大きなエネルギーを得ることにより、裸の状態で運動をしているような流体のことだ。
しかし、これはもはやそんな域にはないだろう。
クォーク・グルーオンプラズマ……原子核を構成しているのは陽子や中性子だが、それらをさらに構成する素粒子が、裸の状態で運動をしているような、そんなプラズマだ。
それは、宇宙初期の高エネルギー状態で想定されるような状態だった。溢れる光に、エネルギーは、周りに被害を及ぼさないよう調整されているようだが、『焔光』の熱量だけで原子核が溶け出してしまうようなものだった。
ウリエリでの戦いのとき、俺たちは手加減をされていたのだと、強く実感する。
「それは、ダメ……っ!」
サリエルは『障壁』を伸ばす。だが、『焔光』を発するウリエルには、まるで溶かされるかのように届かない。
しかし、それでよかったのだろう。その『障壁』は、今までのものとは質が違った。
「ぐう……っ!? これは……!?」
「……ウリエルっ!?」
届かないはずの攻撃に、ウリエルの身体の右胸から腕にかけてが弾け飛んだ。
なにが起こったのか、サリエルの行動から推測する。
おそらくは力場の弾き出しだ。
たとえば『結界』を生成する際に、『結界』の中の時空は均一となるわけだが、『結界』が展開されるその空間にもともとあった重力場が消えてなくなるわけではない。
つまり『結界』の中で時空が均一になる代わりに、不必要な重力場が、『結界』の外側へと弾き出されるというわけだ。
サリエルが行ったことは、『障壁』内で正常とされる力場の設定を極端に設定し、『障壁』の外へと、ウリエルへと大きく力場を弾き出したのだ。
これならば、『障壁』の効かないウリエルへ、攻撃が届くだろう。
「なるほど、力場を弾き出したというわけじゃのぅ……よくやる」
どうやら、ウリエルも同じ結論に辿り着いたとわかる。
すぐさま、ウリエルは自身の体の修復を行うが、その分、サリエルの攻撃を捌くリソースが減ることになる。
「サリィの勝ち……」
ウリエルの近くまでサリエルは飛ぶと、ウリエルを消し飛ばそうと、全ての力を注ぎ込んで、『障壁』を作り始める。
サリエルは『氷翼』を監獄を覆い尽くすほどにまで広げていた。光が……風が……エネルギーが迸る。
これほどの前兆だ。その『障壁』ができあがれば、弾き出された力の場により、この監獄が破壊し尽くされてしまうほどのものだろう。
「まぁ、わらわだけでは負けておったやもしれぬな……」
「え……」
繋ぐ。
機械を通じて、サリエルと心と心の繋がりができる。
「サリエル! こっちを見ろ!」
「あ……っ」
ウリエルが、サリエルの『結界』を壊したこと。そして、サリエルがウリエルを倒すことに全ての意識を向けたことにより、ようやく『スピリチュアル・キーパー』での干渉が通る。
彼女の持つ『メカニカル・アナイアレイター』の主導権の奪い合いに、急速に彼女の引き出したエネルギーがしぼんでいく。
「サリエル! お前は……」
続く言葉が出てこない。
俺は失敗をした。失敗をした結果、こうしてサリエルが暴走をしてしまっている。
「サリィは、もう全部壊したい。なにもかもなくなれば、サリィだけを……」
彼女のことがわからなかった。
どんなことにも理屈がある。彼女が、どうしてこんなふうに追い詰められてしまったかも、経緯がある。なにか、そう、取り返しのつかない積み重ねがあったはずだ。
そうだ。俺はサリエルのことを何も知らない。まだ、全てがわかったわけではなかった。
あぁ、だから……俺は、彼女のことを……もっと――、




