89.約束の後には
気がつけば私は意識を失っていた。まだはっきりとしない頭で、周囲の状況を理解しようと努める。
男におぶわれて、私はどこかに運ばれているようだった。
「…………」
「起きたか? すぐに体を治したいだろう? 手も足も片方ずつ……今はないんだ。俺が運んでやる」
「……いい。私は……このままスクラップで……」
気力がなかった。
本当に自由を望んでいた姉がいなくなって、劣っていて、変わらない日々から先を望むことを怠るような私だけが生き残った。
本来ならば死ぬべきは私だったはずだろう。
「言い忘れていた。伝言だ。私の分まで生きてと、お前の姉は言っていた」
「嘘。適当なこと言わないで……あなたは会っていないのだから」
そんな遺言みたいなこと、姉がいなくなった後に来たこの男が知っているわけがない。
「嘘じゃないさ。俺は会ったんだからな……。そうだな……お前たちが生まれたのは、俺の責任でもある……だからこそ、あぁ、お前たちのデータは死の際に、ある場所に転送されることになっているんだ。細工をした。これは本当は秘密なんだが……」
「ウソ……っ」
「そこでお前の姉に会った。だから、俺はここに来た。頼まれて、お前を助けるためにな。スクラップになんかさせやしないさ」
混乱をして、うまく飲み込めなかった。それでも、自分なりに一つずつ噛み砕いて、理解していく。
「データがあるなら……っ、生きてる……? ねぇ、生きてる!?」
「俺がやっていることは、そうだな……死と生の境界線を踏み越えるような危ういことだよ。あぁ、だから、あの子は死んでいると答えることしか俺にはできない」
「そう……なの……」
「ただ、そうだな。次の生がもしあるなら……彼女は、戦いとは縁遠い、使命もなく、自由な生活ができるようなアンドロイドになるだろうな」
「……!?」
それは、救いだった。
本当かどうかを確かめる術は私にはないけれど、そうであると考えれば、私の心は軽くなった。
「会いたいか?」
「きっと、会える」
ここで頷くのは違うと思った。だから、私は会えると、私を信じることに決めた。
「そうか……」
彼は私のそんな答えに優しく頷く。
そんな彼に、私は言わなければいけないことがあるだろう。
「ありがとう」
「いや、俺は……俺がやっていることは、マイナスをゼロに帳尻合わせするようなことだ。礼を言われる筋合いはないさ」
「ありがとう」
それでも私は、繰り返してそう言った。
「うん……。まぁ、そうだな。そういえば、そうだ。どうやら、向こうの戦場も勝ったみたいだ。戦いは終わりだ」
「そうなの?」
「あぁ、そうだ。そして、これから名前が必要になる。お前たちは、そう……名前さえ与えられていなかったんだから」
名前……姉に、妹……私たちサリエルシリーズは、個体を識別する名前はなかった。
今まではそれで困ることはなかったけれど、これから自由になると人間らしい名前が必要になるかもしれない。
「サリエル。サリエルがいい」
「そうか……」
「おかしい?」
ずっと、背負っていきたかった。
姉も、姉妹たちも……私の中の大切にしまっておきたかった。
「いいや、俺はそれでいいと思う。……そういうやつらはよく見てきたからな」
「うん」
たとえばそう、贈られた名を拒絶して、シリーズの名称を名乗るアンドロイドもいなくはない。
そんな知り合いが彼にはいるのだろう。
「自分のことは自分で決められる。それが自由だ」
気の遠くなる話だとも思う。
姉の望む通りに、私は生きていこうと思う。だけれども、どうやって生きればいいかわからない。
「姉の後ろをついていくばかりだった。だから、私は……」
「じゃあ、サリエル。急にで悪いが、俺のところに来ないか? お前の使うその装置に、今の理論と実験で差がありそうなんだ。完全な理論の完成のため、詳しく調べたいと思ってな」
「……特にしたいこともないから、それでいい」
「やりたいことは、ゆっくりと見つけていけばいいさ」
そうして、私たちの生は交わる。
心に暖かさを感じた。失ったぶん、私には手に入れたものがあると、そう信じることに決めた。私は決めた。




