88.〝天行の消滅者〟
「お前、どこから来やがった? 一瞬で……? 時空の歪みはなかったはずだ。どうやってここに……」
抱き上げられるような感覚だった。人の温もりが肌に伝わる。
「いや、間に合うな……これなら……」
「なんだ……? そのエネルギー。核融合じゃ……ないだろう?」
その質問に答えてだろうか。
――この世界は、どうやらそうだな……。
と、彼はこぼす。
「終わりと始まりは同じということらしい」
貫かれて開いてしまった胸の穴に、暖かさが入り込んでくる。
全身に力がみなぎる。
「そうか、わかった……。その顔、思い出した。お前だな? 『対時空歪曲兵器』――『アンチグラビティ・リアクター』なんてふざけたものを作ったのは……っ!! おかげでオレは苦労したさ……っ」
「はぁ、お前がオモチャみたいに遊ぶその『翼』を作ったのも俺だがな……。それは他人を幸せにするためのものなんだが……まぁ、いい」
視力が戻る。
私を抱き上げていたのは、白衣を着た痩身の男だった。私たち姉妹の開発者の一人として、姿だけは記憶されている。
全身に力が行き渡るのを感じる。
これなら私は、きっと、また戦える。
「あぁ、なら、お前ごと殺してやるさ。お前を殺して、オレこそが世界の中心だと、人間どもに……っ」
そう叫ぶ敵を無視して、彼は私に肩を貸し、立ち上がらせてくれる。
「大丈夫か? エネルギーがあっても、すぐに動けるわけじゃない。いったん、退くというのも手だが……」
「戦える」
「そうか、なら、今埋め込んだ『円環型リアクター』から、データを読み取ってくれ。ちょっとした、実験だ」
「ん……」
頷いて、データの読み取りを実行する。
そうすると、私の体の内にある『アンチグラビティ・リアクター』に理を超えた熱源が連結され、挙動が書き換わっていく。
新しい力が私の中に現れる。
「多少、性能を上げたんだろうが、オレの方が演算速度は上だ……! 負けるはずがねぇ!」
また、男は光を薙ぎ払った。
今までの『対時空歪曲結界』ならば、防御に使った『結界』の屈折パターンを完全に読み切られ、私に攻撃が当たってしまっただろう。
「無駄……」
けれども、今度は違う。私の作り出した『障壁』は、光を完全に遮断し、散乱させる。
「効かねぇだと? どうして光までが……『時空歪曲』に対してだけだろ……。電磁気なら……」
「この世界の力とは、もともと一つだった。電磁気力、弱力、色力、そして重力。理論の上で、すべての力が統一される。知っているか?」
――万物の理論。
聞いたことがある。
その力の理論の統一を、科学者たちは一つの終着点として、追い求めてきたという話だ。
「それがどうした――いや、まさか!?」
「『対時空歪曲兵器』は時空の歪みを正すものだ。力が統一されるというのなら、全ての力が重力と同じく時空の歪みと捉えられてもおかしくはないだろう?」
私は腕を伸ばす。切断されて肘から先の存在しない腕を男へと向ける。
新しい動力源から湧き出してくる無限とさえ感じてしまうエネルギーを変換する。
かつてない範囲で、時空の歪みが無効化される。
同時に、男の背から『白翼』が引き剥がされる。時間を加速させた演算も、もうできないだろう。
「なんなんだ……こんなことが許されてたまるものか!!」
「『アンチグラビティ・リアクター』……いや、もうその範疇にはないか……。――『対時空歪曲兵器』の到達点……。そうだな、気分を変えてこう呼ぼうか」
――『メカニカル・アナイアレイター』。
力学を台無しにすると意味を込めて、なのだろう。
あるいは、そう。力学の法則を星の動きになぞらえて、〝天行の消滅者〟と、そんな言葉が頭に浮かんだ。
「おしまい」
縦に腕を振る。振った腕の延長上に、新しい『結界』を作り出す。
その刃のような形に作った『結界』の中では、電磁気力を……原子と原子との間の結合を無効化したゆえ、どんな素材であろうと構わず寸断できる。
「が……っ、オレ……は……」
敵は縦に二つに分解された。恐怖の表情を浮かべたまま、崩れ落ちる。
終わりだった。
私の作った『対時空歪曲結界』で、この施設全てが覆ったから、敵は全て沈黙した。
私たちサリエルシリーズの戦いは、これで終わり。
私たちの姉妹には、自由が約束されている。
「……あぁ……」
無惨な残骸だけが、私の周りには飛び散っている。
もう、この世界には彼女はいない。そう自覚するとともに、体から力が抜ける。
同時にだった。負荷をかけ続けた頭に、処理の限界が来て、ふらつく。
「少し、休んだ方がいいな……」
そうして、私は安心をして――、




