87.釣り出し
「倒す……敵は倒す……」
私は、『氷翼』を開いた。
目の前の男を捉える。この敵が、私の姉になにか手を加えたのかもしれない。
「待って……! 話を聞いて……お願い! あなたも一緒に……!」
「絶対に……」
最初から、『結界』の出力を限界にまで設定する。
出し惜しみをする理由はなかった。この男は絶対に……。
敵を『結界』に捕えるため、私は飛び出す。
「……くだらない」
「あ……っ」
バランスを崩して転がる。
わけがわからない。一瞬だった。私の、右腕がなかった。
「ま、待って……私が説得するって、そういう約束で……」
赤い冷却液が切り口からは滴り落ちる。
左腕で断面を抑える。
「あぁ、同じ顔の女を二人も抱くつもりはないんだ」
「なにを言って……」
ふらつきながらも、私は状況を整理する。
攻撃は……性質からして、おそらく光のようなもの……。男の持つ銃のような武器……それを継続的に照射することで剣のように扱い、私の腕を切断したのだろう。
「……………」
ただ、光ならば、『結界』と現実の時空のズレから光を屈折させ、逸らすこともできるはずだ。
再び計算をして、男を倒すため、もう一度、結界を……、
「……無駄だ」
今度は左足をやられる。
地面に倒れて、補助なしでは立ち上がれない。
完全に光は逸れる計算だった。なのにまた、攻撃をまともに受けてしまっている。
「どうして……?」
最悪の可能性が頭に浮かんだ。
敵は『時空歪曲』によって、『結界』への光の入射角度を調整することにより、私へ攻撃を当てたのだろう。
だが、それには『結界』の時空のズレを観測した後、私の対応ができない速度で計算をし、さらには実行に移さなければならない。
「あぁ、遅いな……。遅すぎる。オレにとっては全てがそうだ」
男の背には、『白い翼』が現れる。
「――『エーテリィ・リアクター』」
人類の持つ『時空歪曲兵器』の完成形。なぜ、この男が持っているのかはわからないが、時を加速するそれにより、男は私を軽く凌駕するような演算速度を手に入れているのだ。
「オレは『ソル』。オレこそが『太陽』で、この世界の中心だ。『十星将』の上に立つ者でもある。死にゆくお前に教えてやる」
なにをしても、私ではもう勝てると思えなかった。抵抗できる術がなかった。
きっと、これで終わりなのだろうと、私は感じる。
戦いの中で死ぬ私は、結局、戦いの後のことを考える必要なんてなかったのだろう。
「待って……! イヤ……ッ! この子は殺さないでッ! ねぇ、そういうルールで私たちはコードを」
「わからないのか? たしかにオレはお前に攻撃ができなくなるよう、制限をつけた。だが、オレの技術は時間の加速によって、百年先だ。その代わりとして、お前がオレに書き込んだコードなど、すでに解析して解除してある」
「そんな……っ!」
姉は悲痛な声をあげる。
姉とこの男の間に、どんな取り決めがあったのか、なんとなく察しがつく。
「邪魔だ。そこを退け」
「イヤだわ!」
私と男の間に、姉は立ちはだかる。縋りついて、男を止めようとしているようだった。
「退け……」
「最低! 嘘つき! 変態っ。乱暴者……っ。自己中……っ! 下手くそ」
「どうやら、お前から死にたいみたいだな」
「あ……っ」
男は腕を振るった。
薙ぎ払われる光の線に、姉は手足を奪われ、首を分たれ、バラバラになってしまう。
赤い液体が飛び散り、私へと降りかかる。
一瞬だった。
あまりにも一瞬の出来事で、理解が追いつかない。
「愚かな女だ。オレを倒せる可能性があったのは、一番に優秀なお前だった。それを棒に振るったばかりか、手遅れになった後にようやくオレに楯突くとはな……」
コロコロと転がって、胴体と離れた姉の首は、這いつくばる私の顔の前で止まる。
――ごめん……なさい……。
そうやって、姉の謝るか細い声が聞こえる。私には、確かに聞こえた。
「まだ、意識があるか」
男はそういうと、グシャリと足で、姉の頭を踏みつけ潰した。
「あ……っ」
姉の存在が、この世から消えてなくなってしまった。
それは、あり得ないことだった。いなくなるなら、不出来な私の方が順番としては先のはずだったから。
「はぁ、興が削がれた。お前はどうする? 従順なら、オレの女にしてやらないこともないぞ? ちょうど今、減った分の補充をしたいと思ったところだ」
「殺す……っ! 殺す、殺す……っ! お前は絶対に殺してやる……っ!!」
私は力を振り絞り、『氷翼』を背に、体を無理に浮き上がらせる。
無理でも動く。たとえ、頭が焼き切れても、この男だけは絶対に殺す。
「お前には無理だっただろう。学習しない」
光の線が伸びる。
光速度に体が反応をしなかった。
胴体を貫かれる。
「く……まだ……」
貫かれようが、私は止まらない。この男を殺さない限り、絶対に……。
「バッテリーを壊した。じきに止まる」
「……が……っ」
体が、手足が、『アンチグラビティ・リアクター』が機能を止める。動かなくなる。
言うことをきかない。目に映る男を殺してくれない。
意識さえも、失われていく。
「面倒だが、後で頭の中を改ざんするか。と……通話……? こんなときに」
暗闇の中、音だけが聞こえてくる。
手放しそうな意識に縋りついて、私は諦めきれなかった。
「――――」
「あぁ、『プルート』か。ついにオレの女になる気になったか?」
「――――」
「はぁ、相変わらず堅いやつだ。それで、要件はなんだ」
「――――」
「意味がわからない。支援を打ち切る? ここまで来て、オレが負ける? どういう理屈だ」
「――キミは自分の技術が百年先だと言うけれど、もしそれが本当だとしたならば、彼は千年先を行っているだろうね」
「なんのことだ?」
「それと、ボクの事業は恵まれないアンドロイドへの人道的な支援だから、キミの活動には一切関与していない。それは忘れてはいけない事実さ。それじゃあね、もう会話することもないだろう」
「おい、待て……詳しく説明を……。ちっ、切りやがったあいつ……」
苛立ちの声だ。男にとって、都合の悪い会話だったと、それだけはわかる。
「――遅かったか?」
声が聞こえる。突然にだった。
今まで聞いたことがない……それでもどこか懐かしい、優しい声だった。




