86.裏切り
「近づかれなければ、どうにでもできる」
敵は私に銃を向けた。銃身が長めのものだ。
今までの『時空歪曲』に頼り切った武器ではなく、実弾を用いた武器のようだった。
鳥の翼でも使えるようにか、改造されてトリガーの位置が普通のものとは違っているように見える。
敵の動作からの弾丸の軌道予測が、即座に頭の中で実行される。
展開した『対時空歪曲結界』の強度を調整することにより、動きを変え、体勢を変える。
「簡単」
一秒間に数十発と放たれるが、その銃弾は私の体を掠めることさえない。
それに、銃を撃つ姿勢を見てわかるが、練度が低い。
「く……っ、戦うことを宿命づけられたお前にはわかるだろう? 私は、人間どもにこんな姿で産み出された……。私は……っ、あのクズどもを悦ばせるためだけに……っ」
見た限り、データにある既存のタイプのアンドロイドではないようだった。おそらくは非正規のものだろう。そんなアンドロイドが、人道に悖る扱い方をされることは、聞く話だ。
「だからといって、社会に損害を与えていいということにはならない」
「その社会は……っ、私を救ってはくれなかった……! だから、壊してやるんだ!! 壊して……っ、作り直す」
「それは不可能。私たちがいるから」
地に足をつけ、『氷翼』を広げる。情報を処理し、軌道を計算する。
繊細な動きができないと、彼女は言ったが、そうではない。それは、私が『アンチグラビティ・リアクター』の全てを引き出せていなかったからだ。
私の姉妹のだれかならば……私の尊敬をする姉ならば、一番初めのただ一手間に捕まえることができただろう。
「く……っ」
私が攻めの姿勢に転じたのを見て、相手は『時空歪曲』を最大出力に、避けようとしていることがわかった。
しかし、遅い。
細かく『対時空歪曲結界』を編む。
その『結界』は、『時空歪曲』を無効化するという原理であるはずだけれど、『結界』一つにつき、その内部に一様に働く力のベクトルを一つ選べるというルールがあった。
すでに設定してあるベクトルからの変更が大きいだけ、消費する電力も大きくなる。力を大きくすればそれだけ、エネルギーが必要になる。
だけれども、ゼロベクトルに、敵へと向けて次元を与える。
「これで……おわり」
「なに……っ!?」
空間への『結界』の生成を繰り返し、渡り、自由な起動を描くことで、ついに敵の体を掴む。
加えて敵を包みこむように展開した『対時空歪曲結界』により、敵ごと私は落ちていく。
敵を蹴り上げ、その反動で、私はさらに下へと落ちる。
「潰れて」
「く……あが……っ」
潜り込んだ下方で、上向の力の『結界』を形成した。
敵は『結界』と『結界』の狭間に、押しつぶされる。
私はかろうじて、『結界』の外へと体が放り出される。下方の『結界』の上向きの力で減速をしたからこそ、地面にぶつかる衝撃は少なかった。
見上げた先では、敵が平らに潰れて、『結界』の消失と共にスクラップの雨として降り注いだ。
「いかなきゃ」
私は起き上がる。少しだけ、お腹が減ったかもしれない。
次の敵の反応に、また、『結界』の設定をニュートラルに戻したあと、飛び立つ。
私の割り振られた区画は、程なくして済んだ。
意表を突いた奇襲ではあったが、もともとの性能が段違いだ。この程度に、私たちサリエルシリーズが負けることはあり得なかった。
こちらにきた分、マザーたちの方は手薄になっているはずだから、あちらも楽に済むだろう。
あとは、姉と合流するだけだった。
先に進むのは、少しだけ気が重い。これが終わったら、本当に私はこれからのことを考えなければならない。
それでも私は、約束通りに核融合炉の制御室へと歩みを進めて――、
「性欲を満たすことこそが、最高の娯楽だ。作り物だというのに、真に迫っている。あぁ、オレたちを作った人間の背負う原初の欲求だからだろう……」
――お前もそうは思わないか……?
影が立ち上がった。ギロリと、鋭い眼がこちらを睨む。
男だった。
私の知らないアンドロイドだ。敵……なのだろう。この部屋にいるということは、私の姉は……、私の姉の姿を探す。
「あぁ、来たの。早かったわね」
姉は床に仰向けに寝そべっていた。
装いが違う。裸に、直接上着を羽織る格好をしていて、髪も大きく乱れている。
「なに……して……」
敵がいるというのに、まるで無防備だった。
目立った損傷はない。
「そうね……」
「…………」
姉は、ゆっくりと起き上がると、敵の男のもとへと歩み寄る。
その男に、抱きついて、頬に口づけを落とす。
「私、裏切ることにしたわ。ほら、このまま人間たちに従っていても、私たちは都合よく使われるだけよ。だったら、こっちについた方がいいと思って」
意味がわからなかった。
私たちは、戦うために作り出された。その本分を真っ当するために日々を重ねていた。
頭がおかしくなりそうだった。




