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83.私の記憶を


「自分の意思に、心もある。私たちは道具じゃないんだよ」


 自我の芽生え。その瞬間といえば、このときだと私は思う。それまでの茫洋とした意識の中、指示に従っていた私という存在が、はっきりとした個としての自意識を持った瞬間だった。


「…………」


「もう、聞いてる!?」


 彼女は私の姉と言うべき存在だった。

 サリエルシリーズ――慣例的に自我の持つ女性型アンドロイドの基本ソフトウェアには天使の名前が付けられることになっているが、その中のシリーズの一つが私たちだ。


 とくに私たちサリエルシリーズは、自我を持ち、汎用的に兵器を制御する存在として作られ、運用されていた。


「聞いてる」


「はぁ、性能にある程度ばらつきがあるとはいえ、あなたは少し良くないわよね。応答も遅いし、訓練では成績も最下位」


「それが全力」


「しかたがない子……」


 私たちサリエルシリーズの中でも優秀だったのが、彼女だった。特に自己判断能力に優れ、窮地にも機転をきかせて対応できると、そういわれている。


「……命令を果たすだけ」


「私たちは、それが使命ですからねー」


 今も作戦の途中だった。

 敵は『時空歪曲兵器』を持った謎の軍勢だ。自己学習、自己進化するマザーAIの予測では、犯罪組織が本来あるべきリミッターを解除して使用していたアンドロイドが暴走し、組織化して侵略してきたという見たてらしいが、私には関係のないことだった。


 敵の機械の反応がある。


「敵は倒す」


 機械を起動し、翼を広げる。

 それは、『対時空歪曲兵器』――『アンチグラビティ・リアクター』。


 その起動の際に、翼のように背中から広がる空間のズレ……重力を受けない空間のため、時間の進む速度が違い、光の進む速度が相対的に変わってみえる。

 まるで氷がそこにあるかのように、光が屈折しているため、開発者はこの翼を『氷翼』と呼んだらしい。


 重力のくびきから解き放たれた私は、一直線に敵のもとへと突撃する。


 そんな私に反応して、流線型のデザインの敵は『時空歪曲兵器』を用いて障壁をつくる。

 けれども無意味。『アンチグラビティ・リアクター』により、それは完全に消滅する。

 それどころか、『時空歪曲』による内部の空間拡張を前提に設計されたその機械は、私の突撃を受けて、内部機器の崩壊が起き、完全に沈黙する。


 周りでは、私の姉妹のサリエルシリーズにより圧倒的な蹂躙がおこなわれていた。


 敵は完全に攻撃、防御を『時空歪曲』に依存する形であったために、技術革新の末に作り出されたこちらの『対時空歪曲兵器』になすすべがない。


 そして、なにより戦闘に出ているAIの質が違う。

 こちらは自我を獲得するまでに至った高度な人工知能たちが、『対時空歪曲兵器』を完全に使いこなしているが、相手は前時代的なAIを積んだ無人機だった。

 これでは、対応力に天と地ほどの差が生まれてしまうというのは明白だろう。


「もう、連携をちゃんとしないとでしょ!」


「倒した」


「はいはい。偉い偉い」


 後から追いついてきた彼女は、私を褒めてくれる。満足する。


「……? あれは……?」


 空間が歪む。『時空歪曲』による空間短縮だろう。

 そこから現れたのは、人型の三階建ての建物はありそうな機械……アンドロイドと言うには無骨な、巨大なロボットだった。


 そんな人型巨大ロボからは、機械音声が鳴り響いた。


「やぁやぁ、我はこそは『ジュピター』。我ら『太陽の守り手』において木星の名をいただく四番目の『十星将』にして、もっとも巨大な敵を屠りし者なり。このニオブの鉱脈は我らがいただく」


「変なのきたわね……」


「うん」


 その機械の大きさ、音の大きさから、戦場でどれだけ目立ちたいのかと、私は首を捻る。戦場で目立つことは死に直結する。


 その証拠に、周りにいたサリエルシリーズたちが、一斉にその人型巨大ロボに群がっていく。


「いかなきゃ……」


 そう『氷翼』を広げて、その巨大ロボへと突撃していこうとする。


「ちょっと……待ちなさい!」


「あう……」


 手を掴まれて止められる。

 せっかく、加勢に行こうとしたのに、なぜか許してはもらえなかった。


「よく見なさい。あの数がいれば、問題ないわ」


 十体ほどのサリエルシリーズが、巨大ロボとすでに戦っている。


 巨大ロボは、その体躯に見合わぬ瞬発力で応戦するも、時間の問題だった。

 巨大ロボが手に持つ剣は、『時空歪曲』により、どんな硬質な装甲も捻り切る強力なものであったが、『アンチグラビティ・リアクター』を前には完全に無意味。武器を無力化されて、手足を振り回して戦っている。

 私の仲間を二人ほど吹き飛ばしたところで限界だったのだろう。


 サリエルシリーズたちがその巨大ロボの四肢に取り憑く。

 こうなってしまえばおしまいだった。巨大なロボが機敏に動けるその理由は、『時空歪曲兵器』を用いた重量のコントロールによるもの。サリエルシリーズが展開する『対時空歪曲結界』の中では、自重によって完全に動きが止まる。


「無念……かくなる上は……!」


「高エネルギー反応……」


 取り憑いていたサリエルたちが離れていく。

 その直後、強力な爆発が起こる。音、風、衝撃波を体に感じる。一瞬だが、眩しいくらいに世界が明るく染められていた。


 仲間の反応を確認すれば、一体がその爆発の犠牲になったとわかる。


「あなたが行っていたら、確実にスクラップだったでしょうね」


「感謝する」


 戦いの末、必要に迫られて死ぬのならともかく、悪あがきに巻き込まれたようなあれでは無駄死にだ。死になんの価値もない。


 あの巨大ロボのあと、敵の増援は現れなかった。

 残った敵を殲滅して、私たちは勝利を収めた。私たち拠点へと撤収していく。

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