80.愛の代償
「ラル兄! 外が……!」
レネに起こされる。サマエルの相手をすると深夜になる。睡眠はじゅうぶんとはいえない。
けれど尋常じゃなく、どこか慌てた様子のレネだ。起きないわけにはいかなかった。
「どうしたんだ?」
「見て! ほら! 外……窓!」
「は……っ? これは……」
窓から見える景色が違う。
雑多に居住施設が並び立つ地下の世界ではなかった。あれはコンピュータの類いだろうか……整然と、ぎっしりと空間を埋め尽くすように直方体の機械が並ぶ光景が見える。
「なんなの……! ここ……」
「ここはサリィの管理する監獄のなか。たとえばほら、あの機械の……差し込まれた一立法センチメートルの容積の箱の中だと……だいたい三千人の罪人たちがデータにされたまま納められて、罰を受けている」
「サリエル……」
いつの間にか、家ごと移動させられている。
昨日は、あのサリエルの気の抜けるような調子に、思わず警戒を怠ってしまっていた。今考えれば、それはあり得ない判断だっただろう。
「ここは、いいところ……」
「俺たちも捕まえて、データにするつもりなのか!?」
「……? あそこは空気が悪いし、病気になる。だから、移動させた」
「は……?」
「それに、データにはサリィにはできない。ただ、見守ってるだけだから……」
生物と機械間でのデータの移動は、ガブリエルの領分だった。冷静になって考えてみれば、サリエルにそんなことはできないと思う。
「じゃあ、どうしてここに……?」
「環境を整えるのは大切だから。それに、ここにはサリィたちのおうちがあるし……。行こう……?」
サリエルは歩き出した。
一人で歩き出して、行ってしまった。
俺はレネの方を向く。
「放っておけばいいんじゃない?」
「あ……あぁ」
部屋から出て行ったサリエルは、そのまま戻ってこなかった。
家ごと場所が移動してしまっている。すぐさまどうこうされるわけではないようではあるが、問題はある。
基本的に俺たちはなにもせずに過ごしているわけではない。たとえば俺だったら、設備の修繕の手伝いだったり、そういう仕事を手伝っていた。
レネはといえばアクセサリを組み立てたりといった、ちょっとした内職をしている。彼女は手先が器用な方ではないため、人よりは時間がかかるが、それでも丁寧に仕事をしていた。
予定が、完全に狂ってしまう。
「ねぇ、それにしてもラル兄。この女のことも、抱いたの……?」
ベッドに腰をかけて、レネは言った。
まるでゴミを見るかのような目でサマエルの寝顔を見ていた。
「そうだな」
「ラル兄……私のこと、大切って言ったよね……?」
「そうだぞ」
「私のこと、一回しか抱いてくれなかったくせに……」
あぁ、そうだ。
一度だ。本当に一度だけ、レネと俺は関係を持った。
初めてレネが仕事に行く前日の夜に、レネは涙ながらに俺に頼み込んでできた。
俺はレネのことを家族だと思っている。妹だと思っている。
けれど、レネは俺のことを家族としてだけではなく好きだったんだ。そんなことはできないと、本当は言いたかったが、状況が状況で、レネの心を汲めばそれはできなかった。
「すまない。あのときのことは忘れてほしい」
「ラル兄の、バカ……ッ!!」
勢いよく頬を張られる。音が響く。痛みはなかった。
「すまない」
レネは感情的になって、手が出てしまったようであったが、それは俺がそれほどのことを言ってしまったからだ。そんなことをさせてしまった自分を悔いる他ない。
「私、頑張ったの! ラル兄と一緒にいられるようにたくさん!! ラル兄の一番になれるように……。でも……でも……! ラル兄は私のこと……私のこと……。あぁ、こんなこと……言うつもりじゃなかった。違う……違うの……」
「レネ……すまない」
わかっていた。
最初から、決定的に俺とレネとは愛情がずれていたんだ。
彼女と最初に関係を持ったときは、本当に嫌悪感が酷くて、体調も崩して……それを察したレネは二度と誘ってくることはなかった。
弱い俺は、全てをなかったことかのように振るまって今まできた。
けれども、ついにレネにも限界がきたのだろう。軽率に俺が複数の女性と関係をもってしまっているからこそ、彼女のストレスは計り知れない。
「ら、ラル兄!」
「やっぱり、俺……。サリエルを追ってみるよ」
そう言って、俺はレネを置いて部屋を出る。レネは俺といない方がいいだろう。
開け放たれドアを通って、俺は、レネから逃げるように、部屋の外へと歩みを進めた。




